「どうしたんだ名雪、その顔は?」 家に帰ると祐一が声をかけてきた。
「ん〜、名誉の負傷?」
「なんで疑問形なんだよ、お前は」
「女の子にはね〜、男の子には分かんない事がいろいろあるんだよぉ」
名雪は教室で祐一が北川に話しかけていた言葉をそのまま流用して、反応を見る。

「なんだそりゃ?」 名雪の期待に反して祐一は自分で言っていた言葉すら既に
失念しているらしく、これといった反応は無い。

(なんだぁ、つまんないの。 これだって私なりのアピールなのにな・・・)

「ね、でもそんなにまだ、ほっぺた赤いかな?」頬を撫でながら訊いてみる。
「あぁイヤイヤ、そんなに気にするほどじゃないぞ、いつも見ている俺だから
 気づくってくらいのレベルだかんな」
髪の毛の毛先という毛先ががそば立つかの様な感覚・・・「もう、祐一ズルいよぉ」

「えぇ? 何がズルいって言うんだよ」 祐一の反論を聞き流し別の意味で頬が赤く
なりそうなのを隠しつつ、名雪は洗面所の鏡の前へと走り去る。

(いつも見ている、いつも見ている、いつも見ている・・・うわぁ、なんて事言ってくれちゃ
うんだよ〜祐一ったらぁ)  そして鏡の中の自分に向かって
「ホント・・・ズルいよね、さらっとあんな事、言うんだもん」とぼやく。

夕飯を食べたりお風呂に入ってしまってからでは眠くなってしまうので、名雪はしばらく
してから居間で祐一と向かい合って座り、香里の事について話してみる事にした。
秋子さんはまだ帰宅していない。 純粋に二人きりなんだから自分の事を優先してみても
いいのだが、名雪は香里の事ついてを優先した。

「祐一は香里が恋しているのに気が付いていたよね?」 
「いきなりだな・・・おまけに単刀直入だ」
「いいから、気が付いていたでしょ?」
「うむ、まさかあんな美人が出会って間もない俺に惚れこんでしまうとは・・・」
バコン!と鈍い音がして、さっきまでお茶を運んできていたハズの名雪の膝の上の
お盆が祐一の頭にヒットする。

「うぉぉぉぉ、何をするんだ名雪ぃ」 手加減はしているので、ダメージの少ない
祐一は思わね攻撃に抗議する。
 
「気が付いてい・た・よ・ね」 グッと身を乗り出して名雪に見据えられる。
見ようによっては名雪が女として迫っているかの様である。
「あ、ああ、確かにな」 気おされてしまう祐一。
「じゃあ、協力して」
「は?」
「協力して」

どんどん気おされて、実際にも名雪に押されている体勢になる祐一。 既に名雪は
テーブルを超えて、祐一にのしかからんばかりだ。

「ただいま〜」と秋子さんがガチャリと扉を開けて入ってくる・・・「了承」
この間1、2秒の事。

「わ、わ、お母さん、誤解だよう」 この日の夕食に急遽、お赤飯が出てきて
しまい、名雪はニコニコ顔の秋子さんを恨めしく見ることになった。