「で? 何で香里はココに来てるんだ?」
祐一の疑問は当然と言えば当然である。 香里はこの日、水瀬家のキッチンに来ているのだ。

「秋子さんの腕前は、そう一朝一夕になるもんじゃないと思うぞ? 究極的にはあのジャムが
美味と感じられなくてはならない・・・一周、いや百周回りきって来るくらいでないとな」
「相沢君、これしか手が無いのよ!  家のお母さんなんて正直、名雪に負けているんだから」
「まぁ、名雪もあのジャムからは逃げ回っているからにして、秋子さんの領域には未だ達して
はいないみたいだがな」
「言いたい事言ってないのぉ、祐一は・・・もう!」

名雪は自主練しようと思っていた部を休んで、一緒に今、ココにいた。

「正直、名雪に教わるのはちょっと違うのは分かっているけど、まさか秋子さんにいきなり
は頼めないし・・・ここはお願い!名雪」

香里は精一杯、頭を下げて頼み込んでいる。  名雪も自信はないものの、ここまで懇願
されて何もしない訳にはいかない。  ただ、昨日の今日ならぬ、さっきの今・・・である。
出来る事には限りがあるというものだった。

「香里・・・明日とかはまだ持って行ってはあげられないよ・・・お弁当」
「ん・・・・・まぁ、それは薄々分かっていたわよ・・・材料とかもあるからね」
「それもあるけど、一般的な概要や下調べって言うのかな、が必要だから」
「む〜、名雪が難しそうな事言っていると、なんか余計に真実味があるわ」
「真面目に聞いてくれないと、やらないよ?」
「わあ〜ん、ゴメン名雪先生、お願いします」

(やっぱり珍しい構図だよな・・・立場が完全逆転しているのは・・・)と祐一は見ながら
思っていたが、とりあえずスグに自分の出来そうな事は無いし部屋へ戻りかける。

「あ、祐一もココにいて」
「なんかあるのか?」
「男の人の眼というか、何と言うか・・・とにかく必要なの」
「よくわからんが、別に暇だし構わないけどな」
「うん、じゃ座って座って」

3人で食卓につく。

「隣同士に座らないの?名雪は」
「もともと座る所は決まっているからね・・・それにお母さんの前でそんな事、恥ずかしくて
出来ないモン」(ホントはしたいけど)と小声でつけ加える名雪。
「じゃ、私がここ〜」と香里は悪戯っぽく、祐一のすぐ横にイスをずらしつつピッタリと座る。
「わあ、ズルいよ〜香里ぃ」
「ど〜かしらぁ〜相沢君、この幸せ者ぉ」
「ダメ、ダメったら〜香里〜〜〜」

ついに名雪は席を立ってテーブルを回り込み、実力で香里を引っぺがしにかかる。

「香里、お前何しに来たのか忘れてないか?」 祐一が確信を突いた言葉を漏らす。
「それにな・・・」と掃き出しの窓から見える庭を指さす。
「?」
「北川がそこに隠れて見ているんだが・・・」
「〜〜〜〜〜!」

名雪の実力行使にはビクともしなかった香里が、すぐさまに窓に向かって走って行った。
その顔は「誤解されてしまう」という不安でいっぱいになっている。

「・・・・・嘘ついたわね?」
「まあな」
「香里・・・カワイイ」