麻枝「挨拶ぐらいはしておこうと思ってな」
「そうか…」
麻枝「お前にはこれを渡しに来た」
俺に手を差し出す。
麻枝「好きだっただろう、これ?」
そこには大きな、大きな、鹿せんべいが握られていた。
「覚えてくれていたんだな…」
麻枝「忘れるわけないだろう?」
そして、無言。
俺達に言葉なんて必要なかった。
遠くから、バス独特の排気音。
バスは目の前に煙を立てて到着し、煩い音と共に扉が開いた。
地面に置いていたバッグを手に持ち、バスに乗り込む。
麻枝「まだまだ続いてゆくんだな、俺たちの旅は」
「ああ。とても長い」
麻枝「長い道のりだ」
「お互いにな」
バスに乗り込むと、静かに扉が閉まった。
バッグを床に置き、振り返る。麻枝の唇が音を刻んでいた。
麻枝「さよなら、久弥」
音としては伝わらなかったけど、お前の気持ちは伝わったから。
けど、ここでさよならはいいたくない。
本当のさよならは、もう、いってしまったんだ。

そして、今も風の中に。