7月19日(水)
【観鈴】「空はね、小さい頃から、ずっと思いを馳せてた」
【往人】「どうして」
【観鈴】「わかんない。ただ…」
【観鈴】「もうひとりのわたしが、そこにいる」
【観鈴】「そんな気がして」
風が吹く。風上に立つ観鈴の匂いを含んで、俺を通り抜けた。
【観鈴】「それってロマンチックだよね」
【観鈴】「本当の自分が空にいるなんて、すごく気持ちがよさそう」
【観鈴】「ずっと風に吹かれて、どこまでも遠くを見渡せて…」
【観鈴】「地上にいることなんて、ぜんぶちっぽけに見えて…」
【観鈴】「きっとすごく、優しい気持ちになれるんだよね」
【観鈴】「………」
俺は目を細めて、逆光の中にいる観鈴を見た。
その姿が、俺の中に取りついたイメージと被る。
【往人】「なら、俺が探してるのは、もうひとりのおまえだ」
俺はそう口に出していた。
【観鈴】「え…?」
【観鈴】「往人さん、ひとを探してるの?」
【往人】「ああ」
【観鈴】「そのひとって…空の上にいるの?」
【往人】「そうだ」
観鈴はもう一度顔をあげる。
この堤防の上からは、少し顎を持ち上げれば、その先は空だった。
…この空の向こうには、翼を持った少女がいる。
…それは、ずっと昔から。
…そして、今、この時も。
…同じ大気の中で、翼を広げて風を受け続けている。
それは俺が幼い頃、母に聞かされた言葉だった。
意味はよくわからない。
詳しいことを教えるより先に、母は死んでしまった。
それ以来、俺は一人で旅を続けてきた。
空にいる少女の話。
古ぼけた人形。
このふたつだけが、俺の道連れだった。
気が付くと、観鈴が俺を真っ直ぐに見ていた。
思わず俺は苦笑いした。
空に憧れる少女。ありふれた存在だった。
【往人】「馬鹿、冗談だ」
【往人】「もしも空が飛べるなら、おまえはここにいないだろ?」
【観鈴】「その子は、飛べるのかな」
【往人】「ああ。飛べる」
【往人】「翼を持っているんだ」
【観鈴】「すごい。わたしも欲しいな」