乳首開発日記【ドライその1】
なにもない。本当になにもない
普通にチクニーして普通に気持ち良かっただけ
って少し贅沢か。今までなら時々駄チクもあったし、あまりにも今が日常で当たり前になってしまってるので
慣れとは恐ろしいものだ
あえて問題提起するなら気持ち良さに比例して、回数が増えたので少し乳首痛いかも?
あとは胸ポケやってなくてもたまにチンコ気持ちいい これは持論になるのだが、愛を込めて可愛いがれば乳首は望んだ形に育ってくれると信じてる
なので、失禁白目あぶく発狂サクランボには到達出来ないんじゃないかなあ
逆に熟練者に聞きたいが、それ必要か? >>417
ん?あれ!?どこの部分を切り取ってそうなった?それともすべてか?ハッタショだからかマジでわからん
でもあんたがそう感じたのならそうなのかもな。レスが返ってくるとは思わんが、どこでそう感じたか是非教えてくれ 俺はリアルでは仕事柄プライドは非常に低いと思ってる。というか本当に低いだろう。低空飛行過ぎて墜落激突するんじゃないかってくらい
だからなのだろうか?大好きな、とても大切な乳首くらいは誰にも文句を言わせないぜ!というような気持ちが溢れんばかりに前面に出ているのか
まあそれならそれで無問題。人間ちょっとくらいそんなとこあってもいいだろ
今日からニップライドの高い人間として生きていこう! 日記
夜朝といつもの半分以下くらいしかチクニー出来なかった
理由は簡単、眠くて眠くて
夜寝落ち、朝二度寝のコンボでチクニーどころじゃなかったw
でもこの夜朝チクニーのルーティンは理に適ってるんですよ?寝落ちでチクニーやり過ぎない
出勤時間でやり過ぎないと、節制できない意思の弱い俺にはピッタリw
ただ昨日は眠すぎたってだけで。いつもならオーガズムで目がさえるのになぁ。まあそんなときもあるさ うむむ?
ここ最近感度良好の日記ばかり書いてきたが、なにか直近の様子がおかしい
もちろん乳首を可愛がれば瞬時にオーガズムに達するし、リンクは普通にするし、そこそこ気持ちいいのだが、酷く平凡になってしまった
頭がおかしくなりそうなこともないし、射精以上なんてこともないし、なんだろう?この凡庸な感じ?
一つ心当たりがあるとすれば、意図的にやめてる胸ポケスマホだ。当然ズキュズキュしないしメキメキもしない。なんなら今日なんかは前立腺はぴくとも感じない
これはやっぱりあれか?日常的に開発してズキュズキュさせとかないと感度マックスチクニー
は楽しめないのか? 一日単位で日記書いてると、発展途上の俺は言うことがコロコロ変わることも多々あるので生暖かい目で見守ってあげましょう
それもまた乳首開発日記というものやんす しかし、かといってすぐ胸ポケ再開というのもアレなんで、もう少し様子を見てみよう
実は乳首の気まぐれで、今日楽しんだら最高チクニーの可能性もあるしね 夜朝チクニー、まあまあだった
そこそこ深いオーガズムを得ることが出来たので及第点といえよう
前回よりはあきらかによかった
朝立チクニーがなにかチンとろに近い感じだったな、懐かしい 金玉少し痛い;
そんなに激しく楽しんでいないのにやめてクレヨン
まあ激しくないから少しだけなのかもしれないが
でもなんかあれだわ。ずっと胸ポケやってたから日常がなにか物足りなく感じるわ、わかる? うむ、二日前が異常に淡白だっただけで、まあまあいい感じである
これくらいのチクニティーなら全く問題ない。しこたま楽しんだよ
新たな感覚が芽生えたので聞いてほしい
まあ経験者でないと口で説明しても結局なにがなんやらわからないだろうし、なんなら同じチクニストでも伸ばした系統が違えばハテナ?となるかもしれない。なので無駄口は叩かない
無感覚と脱力。何度も何度もオーガズムを得た先の話だ なにか射精以上オーガズムもまだ一回だけだし
再現性は高そうだけども
あ、そうそう、無感覚脱力ってのを言葉で表現出来ないか考えてたんだけど
何度も何度も連続で絶頂して、それでもしつこく乳首で刺激を与え続けてたら、なにか麻酔かけられたときみたく感覚がなくなった。
それまで感じてたオーガズムもなにも感じないし、真っ白になった感じでビクビクすることもない。感覚が馬鹿になった感じ
スドーンなわけもなく、気持ちいいわけでもないから悪いことでも起きないか心配になってチクニーやめた 夜朝いい感じチクニーだった
これ以上育たなくていいですよ、ってくらいのちょうど良い塩梅。深く気持ちいい
やっぱこの間のはたまたまコンディションが良くなかっただけだな、さすがにもう切り替えよう
そしていい感じチクニー出来てるからか、朝から前立腺がミキミキミキミキいってる。ほんのり気持ち良い。なんなら集中すればイケるんじゃないかってくらい敏感になってる
もち胸ポケはしてない。胸ポケ開発してなくてもこれだけ余韻を引きずるんだから、これはもうチクニーが生活の一部、いや生活そのものになってるといえよう