>>399
【長義くんとかるた】

「むらさめの───って早っ!」
大広間に、パンっと軽やかな音が響く。

「あー、また取られた。長義さん強いなぁ」
「ふふ、当然かな」
正月二日の本丸には穏やかな空気が流れていた。昨夜どんちゃん飲み明かした刀たちはまだ寝ているし、万屋街の福袋争奪戦に出かけた刀たちもいる。残ったのは歌仙に習って書き初めに挑戦している数名と、この大広間でかるた取りに興じているメンバーのみだ。
最初は初期刀の国広もかるたの輪に加わっていたのだけれど、荷物持ち要員として初売り班に引っ張られて行ってしまった。それで、後を託された私が入れ替えに入ったのだ。
「うわー!抜かされたっ」
すばしっこい短刀や脇差が有利かと思いきや、現在場で一番札を取っているのは山姥切長義だった。一枚差の後藤が悔しげに頭をかきむしる。
「すごいね、山姥切。政府でやったことあるの?」
「まさか、そこまで暇じゃなかったよ」
苦笑する山姥切。すると、読み手をしていた鯰尾が悪気なく言い放つ。
「そうですよ、長義さんは国広さんに負けたくないからって張り切ってただけです」
「こら、鯰尾!」
途端に彼が頬を染め、鯰尾をはたく仕草をしたので、私はまあまあと袖を引っ張った。
「負けん気だけでどうなるものでもないでしょ、何かコツがあるんじゃない?」
「あっ、それはボクも思いました。長義さん、とても反応が早い時とそうでない時がありますね」
「えー、なんだよ!イカサマか?!」
物吉が言うと、後藤が食ってかかる。すると、山姥切は仕方がないな、というように首を振った。
「カルタ取りを実践したことはないけれど、小倉百人一首程度の教養はあるからね。決まり字ってやつさ」
「決まり字?」
私はずっと理系分野ばかり学んできたので、そういう文科的な知識には乏しい。
「そう。百人一首の中には頭文字が他の句と被らないものがむ、す、め、ふ、さ、ほ、せ、と七つあるんだ。これらを覚えておけば最初の一字が読まれた時にすぐ反応できる」
「なるほど、だからさっき『む』らさめ、ですぐ取れたんですね」
私も倣って感心する。
「やっぱりすごいね、山姥切は」
「……っ、いや……まあ、普通だよ」
いつものように「当然かな」と返されると思ったのに、珍しく彼は前髪をいじって向こうを向いた。
「そうと分かれば、決まり字のやつなら取れるってことだな!」
「そうだね、よーし……」
「いやいや、決まり字だけ知っててもだめでしょ、元の句を暗記してなきゃ」
信濃のツッコミに私と後藤は顔を見合わせる。
「……君は時々天然だね」
ふふっと笑われて、今度は私が赤くなる。顔を覆うと、ぽんぽんと背中を軽く叩かれた。
「……そういうところも、本当に可愛い」
「!」
私にだけ聞こえるほんの微かな囁きに、びっくりして目を見開いた。
指の隙間からそっと盗み見た顔はいつもより少し幼く、そして屈託なく笑っていて、とくんと胸が高鳴ってしまう。
「はーい、じゃあ仕切り直し!行きますよっ」
───鯰尾の声に改めて前を向くと、その表情がすっと冴えて真剣になる。
「あひみての……」