後輩ノムさん概念で書いてみた。ただしドッキリじゃなくガチルートでな!


バタン、と扉が閉まる音が寒々しい室内に響いた。
出先から帰って来た燦鳥ノムは自宅に入るも、靴を脱いで上がろうとはせず、そのまま玄関で立ち尽くしていた。
普段は人懐っこい笑顔を浮かべる、整った目鼻立ちを持つ顔からはあらゆる表情が抜け落ちている。
そこにはただ、ショーウィンドウに飾られている人形のように生気を感じられない彼女の姿があった。

『実はばあちゃるくんはですね! この度結婚することになりましてね!』
先ほど行きつけの酒場で告げられた、意中の人の残酷な言葉がまだ耳に残っている。
『大学の時から色々と迷惑かけたりかけなかったりしたノムノムにはいの一番に知らせたいなーって思いまして!』
今まで見たことがない、心底嬉しそうな彼の顔が頭から離れない。
足に力を入れて立っていられなくなり、ついに彼女は扉に背中を預けたままぺたりと座り込んだ。

「どうして……」
一体、何を間違えたのだろう。
大学時代に彼と出会ったことか。
意気投合して話すようになって、彼の人柄に惹かれたことか。
彼の在学中に自分の気持ちをぶつけなかったことか。
やがて自分も卒業し就職してからも、ズルズルと彼への想いを引きずっていたことか。
仕事先で彼と再会し、燻っていた感情が再燃したことか。
そうして自分の過去を思い返していく内に、やがて彼との思い出に浸っていく。
楽しいことばかりではない。悲しい思いをしたこともあったし、辛い目にも遭った。
それでも、彼と共にいた記憶は、時の流れを経ても色褪せずに輝いたままだった。

「どうして……ひぐっ、どうしてぇ……」
瞳から溢れた涙が堪えきれずに頬へと流れ出る。
口から出るのは嗚咽と疑問の声ばかり。
しかし、本当はもう彼女も分かっていた。
彼と今以上の関係になれない未来が怖かった。
もし断られてしまったら。そう思うと、胸を焦がす想いも委縮してしまい、行動に出られなかった。
そう。彼女には勇気がなかったのだ。
自転車を漕ぎ出すような、一歩前に足を進めるような、ほんの小さな勇気。
それが彼女にはなく、彼にはあった。ただそれだけの違いだった。
それだけで、自分は想いを遂げられず、一方で想い人は自らが望む未来へと至った。
そうして、もう彼は彼女の手の届かないところへと行ってしまった。

「私、ひうっ、わたし……ばあちゃるさんと、ひっく、一緒に、いたいですよぉ……」
男との思い出に寄り添いながら生きる女の慟哭が、冷え切った空間に木霊していた。


すまぬ(切腹)