面白くないのは貴族&帝だ。まさか富と名声と力を持つ自分たちが、何の取り得もなさそうなパリピに後れを取ったとあれば、
その噂は宮中に広がり、末代までの恥と言われ後ろ指をさされ続ける未来が待っているのは目に見えている。
だから策を企てた。男が持ち帰って来たのは「本物のような馬の頭の被り物」だった。
これを夜、男が眠っている間に被らせ、そのうえ絶対に外せないように呪いをかけたのだ。二人の仲を引き裂くための工作活動だ。

予想通り、男はかぐや姫を残して一人姿を消した。予想外だったのはかぐや姫の行動だ。
育ての男がいなくなったとあれば、もはや彼女は宮中に身を寄せるしかないと思い込んでいた。翌日、翁の家はもぬけの殻であった。
まさか、かぐや姫がどこへ行ったのかも定かでない男を追って旅に出るとは思いもしなかったのだ。
こうして男、かぐや姫、都からの追手という日本中を巻き込んだ恋の鬼ごっこが始まった。

数年かけて男とかぐや姫はついに出会い、姫は想いを告げ、男はそれを受け入れた。
しかし二人にとって最大の問題が立ちはだかる。言うまでもなく、男の頭に無理やり着けられた馬頭の被り物だ。
流石に愛する男の頭部が馬の頭っていうのはちょっと困る。主に夜の生活──ああ、あと世間体ね、これ大事。
とはいえ、被り物にかけられた呪いは強大で、ちょっとやそっとのことでは解けそうもない。

追手が迫りくる中、最終的に二人は決断を下した。愛し合う二人が共に大地の上で暮らしていくのは不可能だ。ならば大地を離れればいい。
二人はかぐや姫の故郷である月へと行くことを決めた。そこでなら、地上の呪いを解くことも出来るだろうという判断の下でだ。
かぐや姫は勿論、男にも地上への未練はなかった。もはや二人は相手のことしか見えてなかったのだ。若いっていいねえ。

そして、失敗した。かぐや姫の召喚命令で参上した月の使者が男を迎え入れることを拒否したのだ。何故か。
よく考えて欲しい。貴方は出入国管理局の職員です。目の前には馬の頭を模した被り物を被った人間がいて、入国したいと言ってます。通しますか?
うん、無理だよね。止めるわ普通。マニュアルの「こんな時には?」にも載ってないよ。そんなシチュ想定出来るわけがない。
更に追い打ちをかけるように、かぐや姫は月へと強制帰国処分となった。これも単純明快、パスポートの有効期限がもう切れていたからだ。
こうして二人が夢見る夫婦水入らずの生活は、空しくも効率的に運営される官僚主義社会の前に敗れ去った。

月と地上では時間の流れる早さが違う。月に帰国する前に、かぐや姫は月の民用の不死の薬を服用しなければならない。
しかし、かぐや姫と男の場合、これが今生の別れとはならなかった。
かぐや姫が月の使者から受け取った不死の薬を、口移しで馬頭の男に飲ませたからだ。二人が唇を交わすのは、結ばれてからこれが初めてだった。
かぐや姫は涙を流しながら言った。「必ず帰って来るから。貴方の元へ」と。男は微笑みながら言った。「待ってますよ。何時までも」と。
こうしてかぐや姫は、何もできない都の軍勢と馬面の男に見守られながら、満月が煌々と輝く天へと昇っていきました。

さて、都の追手に捕まった男は即刻死罪となりましたが、当然のことですが不死の薬で不死になったので死にません。
ならばと地の底に封印されそうになった男でしたが、辛くも逃げることに成功し、その後二度と表舞台に姿を現すことはありませんでした。
帝はこの一連の出来事を夢だと思うようにし、書に記し後世に残すことを禁じました。
しかし、これに黙っていなかったのが、二人の関係を「てえてえ」と思った当時の関係性オタクたち。
彼ら彼女らは公然と異議を唱え、あるいは水面下で抵抗を続けました。多くの血と涙と墨汁と涎が日本中で流れました。
そしてかぐや姫と男が再会するまでではないものの長い長い時間が経ち、律令制が終焉を迎え新たにやって来た平安時代。
ついに何某かの手によって、一つの書が産声を上げました。その名は『竹取物語』。
時代に翻弄され捻じ曲げられながらも、愛し合う二人の再会を待ち望んで書かれた物語です。
もしかしたら、作者は私たちの遠い遠い先祖なのかもしれませんね。
                                                   〜〜おしり〜〜

追伸:なお、「なんかそのパリピ馬野郎、実は他にも十数人ぐらい片想いしてる少女がいるんじゃない?」という指摘は受け付けないものとします。