【部下35歳♂】年下の女性上司【上司19歳♀】
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています
体験談、妄想を語ってください。
実質Part.2スレ。
↓こんなんどうですが? 大筋は実話に基づいてます。
私は現在48歳。
高校卒業後、定職に着けず商業ビルや公共施設の清掃員、工事現場の整備士、
スポーツジムの裏方のアルバイトなどを経て、今は職業訓練学校に通いながら
『訓練給付金』の支給を受けて生活しています。
私の通う職業訓練学校は、
一般的なそれ(公共職業訓練校とよばれる都道府県が運営するもの)
と少し違い、一部民間企業の出資を受けている学校法人です。
ここは最短では2年間で卒業でき、卒業後にスポンサー企業に職を
得られる制度があり、さらにそのスポンサー企業には一部上場の
超大企業がそろっているので、入校試験も卒業試験も高倍率の難関で、
運良く入学できても、通常卒業まで3-4年かかってしまいます。
私はここの『婦人服飾科』に通い始めて、もうかれこれ5年になります。
この科はまるまる某国内最大手企業(以下S社とします)の寄付により
設立・運営されており、科の目玉として、卒業出来れば無条件でS社に
就職できる制度があります。
ちょうど、単位の認定される大学主催のインターンに似ているかもしれません。
このように卒業→就職の道が100パーセント保障されているというのは珍しく、
私もそこに惹かれて頑張って入校したのですが、今ではその選択が
『少し甘かったかな』と後悔しております。
私のような何の取り柄もない中年男性に、この社会は厳しいのです。 ここの卒業試験(この場合はイコール入社試験になるのですが)の内容は、
2年以上の学科を全うした『卒業候補生』が、S社に約1ヶ月派遣され、
S社プロパーの総合職社員の下に付き、その社員のアシスタント業務を行い、
その社員に認められると、晴れて卒業・就職となるわけです。
S社はその社業柄、女性の社員が多く、会長・社長以下重役はすべて女性、
役職付の総合職社員も100パーセント女性です。
私たち職業訓練学校の卒業候補生の卒業可否を決めるS社の総合職社員も、
自然とほぼ間違いなく女性であり、しかもその年齢のほどは例外なく
28歳を下回ります。
私が卒業して定職に就けるか・しいては私の人生の将来像は、その時々に私の
『教育係』(候補生の卒業を判定する社員はこう呼ばれます)になられた
20代の女性の、まったくの一存で決められてしまうのです。
恥ずかしい事だと思いますが、私はこの卒業試験を、すでに3回経験しています。 1回目の教育係は高松志帆様(仮名)という、入社3年目、24歳、
当時経理・資金グループにいらっしゃった方でした。
(ちなみに教育係の方を様付け・敬語で記述するのは、卒業試験期間中に
私たち卒業候補生に課せられる『日勤報告書』
(教育係の社員様から授かった教育内容を日ごとに纏めて提出するもの)
の記入要領の中に定められていて、いまでは日勤報告書以外の記述も
こちらの方がのほうがしっくりくるのでこの型で今後とも記述します。)
有名私大の法学部をストレートで卒業され、多数の内定の中からS社を選び、
自他ともに認めるエリート社員の風格です。
すでに『勝ち組みコースの最短距離』と言った感で、現に男性一般職の部下が
2人おり(自分は含めません)、
都内の高級マンションから自家用車で通勤していらっしゃいます。
才色兼備という形容がぴったりのキャリアウーマンです。
一方当時私は45歳でしたが、2年弱の職業訓練を受けては来たものの、
それまでまともな仕事といったらビルの掃除夫くらいのものです。
アルバイトだっていわゆる3K(きつい・汚い・危険)を地でいくような仕事しか
経験がなく、このとき初めて足を踏み入れたS社の本社ビルは、当時の私にとって
まさに天上世界・白亜の宮殿でした。
上品そうなスーツで固めた沢山の女性たちが闊歩し、その颯爽とした様はまさに
天上人、というか、少なくとも自分のようなみすぼらしい身分の人間とは
次元の違う世界の住人の姿といえました。 私は与えられた試験票の紙に書かれた案内を見て、何とか、
志帆様のいらっしゃる経理・資金グループにたどり着きました。
それだけで体中汗でびっしょり濡れてしまい、私にとって唯一の
リクルートスーツは台無しでした。
座席表から志帆様のデスクを見つけ、私は緊張でガタガタ震えながら
志帆様の前に出頭し、声を振り絞って挨拶しました。
「中山一男と申します。今年で45歳です。至らぬ点も多々あるかと存じますが、
精一杯、死ぬ気で頑張りますのでご指導ご鞭撻の程宜しくお願い致します!!」
志帆様は椅子に腰掛けて腕組みをされたままうなづかれ、
それから短くご返答されました。
「高松志帆、24歳です。ま、1ヶ月くらいかな?君の教育係って事なので、
色々とよろしくね。」
それを聞いて私はまた深深とお辞儀しました。 「私はこの部署では一番の年少だけど、君にとっては
就職出来る出来ないを決められる会社で唯一の上司なんだから、
私の言う事はどんな事でもちゃんと聞いて、
早く一人前の社会人に成れるよう、頑張るのよ?」
「は、はいっ!!」
志帆様の前で、自分の取り柄は元気のよさと
素直に言う事が聞けることだけだと思っていたので、
私は心がけて大きな声で返事しました。
「うん。いいお返事じゃん。じゃぁ早速だけど、私がいま言ったことを
君の言葉で、繰り返して言ってごらん?」
「私にとって志帆様は、私の卒業出来る出来ないを決められる会社で唯一の
上司でいらっしゃるので、私は志帆様のおっしゃることは、どんな事でも
一字一句必死で聞いて、志帆様のご指導の下で、早く一人前の社会人に
なれるように、必死で、頑張りますっっ!」
「うん、いいわよ。けど、一男君。私の事は別に様付けで呼ばなくてもいいのよ。
毎日書いてもらう日勤報告書は様付けにしなきゃいけないみたいだけど、
普段から様付け、って変じゃない?『志帆さん』で、いいのよ」
この志帆様のお優しさには涙が出るほど嬉しかったのですが、私はきっぱりと申し上げました。
「いえ、志帆様!さん付けなんて畏れ多いです。
様付け呼ばせて下さいお願いします!」
「ふぅっ、ま、君がそうしたいならムリに止めないけどね・・」
志帆様は笑いを噛み殺したような表情でおっしゃいました。
私は「はい!志帆様!」と大声で返事しました。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています