な、直枝…こんなところでなんて…んっ…。
(途端に触れる唇と唇。ついさっきまで喉が枯れるほどの激論を飛ばしあった私たちの唇は熱気を帯びていた。)
(触れ合えば体温以上の温かみが唇に伝わり、そしてあまりにも一瞬のキスは満足な余韻を味わえずに名残惜しく終えられる。まるで熱いヤカンに一瞬指を触れたかのような感覚だ。)

ふふっ、せっかく葉留佳のために頑張ったのに…最初からそんな必要はなかったってわけね。
葉留佳に悪いけど、嬉しいわ…。私のことをそんなに思ってくれて。直枝のおかげで私は自信を持てるようになったもの。
素直になれなくて、意地っ張りで…昔は葉留佳と違った自分が誰よりも嫌いだった。周囲の皆もそんな私を嫌って。でも直枝は違った…。こんな私でも受け入れてくれる。……本当にありがとう、直枝…。
(彼の前に見せた私の笑顔は、二木佳奈多という人間の笑顔だった。笑顔に慣れていない私の、ちょっと頬の筋肉をひきつらせた表情。だが、彼の優しさに触れる後にその筋肉の強張りは解消されていき、)
(彼の素直な優しさを受け入れられた私は、やっとそこで葉留佳にも見せられる女の子らしい表情に変わった。膨らんだ涙袋に、そして目じりが下がった優しい目つき。わずかに見せる白い歯と小さく開いた口から洩れるさえずりの様な笑い声は、
(鈴の音のように彼の耳にのみ響いていた…。ちょうどその時までは)

…とでも言うと思った?直枝。私があんな歯の浮いたような言葉ですべて水に流すとでも思ったの?
もしそうなら…あなたはとても愚かな人間ね。