「さっきこの目で、この体で確かめたよ。あなたユダヤ系だよね?」
 「そうだが」
 「ヨーロッパ中のユダヤ人を集めて皆殺しにすればいいんだ。そうすればあなたも絶対
殺せる。覚えておけ、ぼくは絶対にやってやる」
 まだ涙で濡れた碧い瞳に狂気じみた光を躍らせて、青年は生真面目に宣言した。
 「馬鹿言うな、ただの貧しい絵描きで淫売のくせに。じゃあな、おまえなかなかの上玉
だったよ、アドルフ」
 男はせせら笑って、札を一枚と、身に着けていた高価な紫水晶の首飾りをベッドの上に
投げ出し、部屋を出て行った。
 乱れたベッドの上で、青年はのろのろと体を動かした。裸足のままで床に降りた。
 そっと手を伸ばし、今さっき男が残していった冷たい石を取った。
 寒々とした月光の射しこむ窓辺で、復讐の刃にも、また、今夜粉々に砕け散った彼の心
の破片にも似たそれを握り、未だ名のなき絵描きの青年はいつまでもそこに立ち続けた。

Ende