そういうものが、無意味な一列を作って、ただ雑然と彼の眼底を通りすぎた。
「どうして己は、己の軽蔑している悪評に、こう煩わされるのだろう。」
「己を不快にするのは、第一にあの眇が己に悪意を持っているという事実だ。
人に悪意を持たれるということは、その理由のいかんにかかわらず、それだけで己には不快なのだから、しかたがない。」
実際彼のごとく傍若無人な態度に出る人間が少なかったように、彼のごとく他人の悪意に対して、敏感な人間もまた少なかったのである。
そうして、この行為の上では全く反対に思われる二つの結果が、実は同じ原因――
同じ神経作用から来ているという事実にも、もちろん彼はとうから気がついていた。
「しかし、己を不快にするものは、まだほかにもある。
それは己があの眇と、対抗するような位置に置かれたということだ。
ここまで分析して来た彼の頭は、さらに一歩を進めると同時に、思いもよらない変化を、気分の上に起させた。
それはかたくむすんでいた彼の唇が、この時急にゆるんだのを見ても、知れることであろう。
「最後に、そういう位置へ己を置いた相手が、あの眇だという事実も、確かに己を不快にしている。
もしあれがもう少し高等な相手だったら、己はこの不快を反※するだけの、反抗心を起していたのに相違ない。
何にしても、あの眇が相手では、いくら己でも閉口するはずだ。」
その空からは、朗かな鳶の声が、日の光とともに、雨のごとく落ちて来る。
彼は今まで沈んでいた気分が次第に軽くなって来ることを意識した。
「しかし、眇がどんな悪評を立てようとも、それは精々、己を不快にさせるくらいだ。
いくら鳶が鳴いたからといって、天日の歩みが止まるものではない。
そうしてその時は、日本が古今に比倫のない大伝奇を持つ時だ。」
彼は恢復した自信をいたわりながら、細い小路を静かに家の方へ曲って行った。
うちへ帰ってみると、うす暗い玄関の沓脱ぎの上に、見慣れたばら緒の雪駄が一足のっている。
馬琴はそれを見ると、すぐにその客ののっぺりした顔が、眼に浮んだ。
そうしてまた、時間をつぶされる迷惑を、苦々しく心に思い起した。
こう思いながら、彼が式台へ上がると、あわただしく出迎えた下女の杉が、手をついたまま、下から彼の顔を見上げるようにして、
「和泉屋さんが、お居間でお帰りをお待ちでございます。」
そうしてしかたなく、玄関の隣にある書斎の襖を開けた。
開けてみると、そこには、色の白い、顔のてらてら光っている、どこか妙に取り澄ました男が、細い銀の煙管をくわえながら、端然と座敷のまん中に控えている。
彼の書斎には石刷を貼った屏風と床にかけた紅楓黄菊の双幅とのほかに、装飾らしい装飾は一つもない。
壁に沿うては、五十に余る本箱が、ただ古びた桐の色を、一面に寂しく並べている。
障子の紙も貼ってから、一冬はもう越えたのであろう。
切り貼りの点々とした白い上には、秋の日に照らされた破れ芭蕉の大きな影が、婆娑として斜めに映っている。
それだけにこの客のぞろりとした服装が、いっそうまた周囲と釣り合わない。
10011001Over 1000Thread
このスレッドは1000を超えました。
もう書けないので、新しいスレッドを立ててくださいです。。。
life time: 3171日 9時間 55分 16秒
10021002Over 1000Thread
2ちゃんねるの運営はプレミアム会員の皆さまに支えられています。
運営にご協力お願いいたします。
───────────────────
《プレミアム会員の主な特典》
★ 2ちゃんねる専用ブラウザからの広告除去
★ 2ちゃんねるの過去ログを取得
★ 書き込み規制の緩和
───────────────────
会員登録には個人情報は一切必要ありません。
月300円から匿名でご購入いただけます。
▼ プレミアム会員登録はこちら ▼
http://premium.2ch.net/
▼ 浪人ログインはこちら ▼
https://login.2ch.net/login.php