戦う司書でエロパロ

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0001名無しさん@ピンキー2009/12/07(月) 07:43:25ID:O+i/F4LG
どんどん書いていっちゃいましょう。

0827==第8話==2016/03/23(水) 19:24:57.16ID:CE21pmka
 機関部を潰して艦を足止めすると、ザトウは 艦橋へ乗り込んだ。
船長らしき壮年の男を残して 居合わせた船員を全て片づけると、訊く。
「奪った女は どこだ。んんー?」
「……この手を離せ。私は何も知らん。
仮に知っておっても きさまなどに――― ぐわぁぁあああ!」
 手始めに片耳を引き千切り、
「急いでんだ。とっとと吐けよ、爺ぃ。
それともてめえ、右の耳も落としてほしいのか? いや、片方は残しておかねえとな。じゃあ…」
 そう言って 左瞼に指を押し当てる。
「………お、女ならバード中佐と一緒にいる。白銀の面をつけた…恐ろしい男だ」
「あの野郎か…」
 銀仮面の男が雷を斬った光景が、ザトウの脳裏によみがえる。
緊張と昂揚に ぶるると背すじが震えた。
「で、ユーリとあの野郎はどの船室にいる?
あいつだけじゃねえ、他にも黒いネズミがいるんだろう。やつらは何人いる?
―― とっとと言えよ、くそジジイ…っ」
「……この艦には 180名が乗り込んでいる。
ただの兵ではないぞ、あの御方の造りあげた最強の兵士だ」
「あのお方ぁ? 『黒のラスコール』のことかよ?」
「そうだ。あの御方の生み出した軍団は まさに不死身だよ。
彼らは特別な魔法は使えない。武装司書と違って な。だが、肉体強化に特化して…魔術審議を重ねてきた……。そんな猛者が 180名! 180名も乗っておるのだ…!」
「肉体強化に特化!? ……ち、それでかよ!」
 別荘で出会った黒ずくめの兵士を思い出す。
ザトウの雷撃を食らって なお立ち上がってきた、屈強な男たち。あれが数を頼んで攻めかかってくるとなると――。
(ミンスやガモ級の兵を180か。それに…)
 あの恐るべき斬撃の男がいるのだ。
腹立ちまぎれに船長の首をこきりと折る。
(ち…、震えているのか、俺は……)

0828==第8話==2016/03/23(水) 19:28:39.74ID:CE21pmka
 ユーリの姿をもとめて 『怪物』は艦内を走り抜ける。
ただの水兵は雷撃のひと撫でで即死する。どれだけの数がいようと、ザトウを止められるわけがない。
 だが、そこに、
「生きておったか、怪物…っ」
 6人の敵が その前に立ちふさがる。
黒い面布に黒の軍服――『黒のラスコール』の手下たちだ。
「雷使いが暴れているというから もしやと思ったが…。この死に損ないの狂犬め」
「俺の女はどこだよ、あぁ?
こんな海の果てまで逃げたってなあ、俺は絶対――」
「逃げる…? 捨て犬ふぜいが増長しおって。
我らがここへ来たのは『本』を手に入れるためだ。まあ、きさまごときには思いもつかんことだろうがな。神立バントーラ図書館に乗り込み、封印指定の『本』を奪う……。あの御方の大胆きわまる発想は…!」
 背中の大剣を抜き放って、後ろの兵士が自慢げに胸をそらす。
その熱っぽい言葉に ザトウは嘲笑で応じた。
「く はははは、愉快なこと言うじゃねぇかよ、てめぇら。
武装司書もいねえ、衛獣もいねえ。そんなとこに押し入るなんざ、そこらのコソ泥にだって出来るだろうぜ」
「な…、きさまっ、あの御方の偉業を――」
「―― うぜぇんだよ、クソが…っ」
 ザトウの右腕が閃光を放ち、狭い艦内通路を雷が駆ける。
雷撃を浴びた黒の兵士は、やはり 倒れることはない。半秒ほど足を止めただけで、すぐにザトウに肉迫する。
「その首、とったぞ!」
「死ぬがいい…っ」
 最前の敵が大剣を振り下ろし、それはザトウの肩口から心臓にまで食い込んだ。すぐ後ろから突き込まれた剣が肺をえぐり、残りの兵士の銃弾が 左右の膝を撃ち砕く。
「 ―― ぅぐぁああ…!」
「く ははは、甘ぇんだよ…っ」
 だが、血の混じったうめき声を上げたのは 黒い兵士の方。
身体に通してあった雷気をまともに食らい、敵の動きが再び、止まる。
その隙をザトウは逃がさない。突き込まれた剣を握る手をわし掴んで、さらに強く雷を流す。後方の兵士が銃弾を浴びせるも、焼け焦げた兵士を盾にして防ぎ、
「くくく ははははは―――」
 高笑いつつ、残る敵ににじり寄る。

0829==第8話==2016/03/23(水) 19:32:05.92ID:CE21pmka
 6名の兵士を片づけた すぐあと。
「出やがったな…!」
 狭すぎる階段を降りた先に、ザトウは銀仮面の姿を見つけた。
男が振り向き、細い棒を手に近づいてくる。
「やはり来たか、『怪物』。そうでなくては、な…!」
 す…っ。男が棒を振るう。
目に見えない 速すぎる斬撃。それをザトウは 勘だけでギリギリかわす。不可視の刃が 半瞬前ザトウのいた空間を抜け、分厚い鋼鉄の隔壁を斬り裂いた。
(今…っ!)
 かわすと同時に、雷撃。
あえて先に攻撃させ、その攻撃の直後の わずかな体勢の崩れを狙う。起死回生の一撃だ。
 だが、生命賭けの博打も この雄敵には通じない。
男は凄まじい反応で上体をのけ反らせ、雷はむなしく 背後の隔壁を爆砕する。巻き添えを食って水兵がひとり、全身に破片を浴びて即死した。

(強ぇえ……っ)
 艦内の通路は狭く 真っ直ぐだ。
逃げ場に乏しいここでの戦いなら、雷使いのザトウに有利なはずなのだが。
 背すじを震えが走り、肌が粟立ち、冷たい汗がにじむ。
全身が、逃げろと訴えてくる。
この男は あまりにも強い。
動きの速さはハミュッツを超え、棒を振るうだけで 雷を分かち、ザトウの胴を両断する。まともにやりあって 勝てる相手ではない。
 だが、それでもザトウは 男から目をそらさない。
間合いを保ちつつ、懸命に勝機を探る。
「……ユーリは無事か?」
「案ずるな。あの女は丁重に扱われている。
常笑いの魔女を生む ―― その役目を果たすまでは、な」
「ユキゾナは…?」
「あれも無事だ。今のところは」
 このとき、不意に爆発がつづき、艦は大きく揺らいだ。
爆風が通路を吹き抜け、黒煙が二人を包む。それが静まったとき、男の姿は消えていた。
艦内は あちこちで火災を生じ、総員退艦の命令が繰り返されている。
「決着は……島か」
 ザトウにとって3度目の過去神島。
これが最後の上陸になる。予感を、彼は感じていた――。

                         ==第8話 おわり==

0830名無しさん@ピンキー2016/03/26(土) 05:17:52.27ID:iuGGAHFd
久々の更新乙です
ユーリ腹黒いよユーリwww

0831名無しさん@ピンキー2016/03/26(土) 16:43:43.85ID:28Ufvh6X
SSきてたとは
乙です

0832名無しさん@ピンキー2016/03/27(日) 13:23:06.49ID:VJWILFBo
落ちてたら六花&司書スレ立てようと思ったのにまだあった。しかも新作着てたー
投下乙です。棒の男が鬼強いけどあの人か?

0833名無しさん@ピンキー2016/03/27(日) 22:37:18.74ID:3D9A0wsd
>>832
能力見ると〒さんっぽいよね・・w

六花のSS書いてるなら、ここでもいいんじゃない?
同じ山形作品ですしw

0834名無しさん@ピンキー2016/03/29(火) 21:18:11.62ID:TdScAvF1
レスくださった方、ありがとうございます。
つづき(第9話・第10話)を投下させていただきます。

0835==第9話==2016/03/29(火) 21:21:40.42ID:TdScAvF1
==第9話==

 連れ去られたユーリを追い、過去神島を目指す『怪物』ザトウ。
 火の手は機関部まで達したらしい。
幾度かの爆発の後、輸送艦は艦尾から沈みつつある。
すでに海上は 兵士たちを乗せた揚陸艇やボートでごったがえし、その中に、
「―― あそこか!」
 女を抱きかかえた 銀仮面の姿もあった。
 すかさず、手近のボートを奪って 追いかける。
最速で走るボートが、荒れる海面に弾かれて 暴れる。
叩きつけられた波しぶきが視力と聴力を奪うが、速度を落とす猶予はない。数え切れないほどの人波の向こうで、男の姿は今や ただの点でしかない。その点を、ザトウは懸命に追い続ける。
「武装司書クラスが、180…か」
 過去神島へ向かう小舟の群れ。その一点を睨んで、ザトウがつぶやく。
まともに戦って 勝てる相手ではない。そのうえ、あの銀仮面までいるのだ。
以前のザトウなら、とっくに逃げ出していただろう。
 と、そのとき。
港を目指す船の群れから、
「―― ユーリ!」
 凝視していたボートが離脱した。
付き従うのは、わずか数艘。その小船団だけが、島の反対側へ向かっていく。
やがてボートは、断崖に囲まれた ごく小さな砂浜に乗り上げる。それは、バントーラ図書館―― 現在の歴史保護局本部ビルの、すぐ真下にあたる場所だった。
 奪ったボートをそこへ向けるも、
「―― っ!」
 すでに上陸した兵士が 砲火を浴びせてくる。
たちまち穴だらけになり、粉砕されるボート。ザトウは海へ飛びこんだ。
 小さな砂浜を埋める、黒ずくめの兵の群れ。
その数は およそ30といったところか。
(……どこだ? ユーリは……あの男は……?)
 浜辺を探しても見つからない。
と、その姿を ザトウは 絶壁の上に発見する。
 カモシカでさえ 登れないであろう ほぼ垂直に切り立った断崖を、平地を行くように 駆け上がっていく仮面の男。そのうえ、片腕に 黒い軍服姿のユーリを抱えている。
ザトウですら呆れるほどの、凄まじい身体能力だ。
 男に続いて 他の兵士も次々と崖に取りつき、よじ登っていく。
ザトウがようやく島の岩礁に泳ぎ着いた頃、敵は皆、崖の上に姿を消していた。

0836==第9話==2016/03/29(火) 21:24:20.32ID:TdScAvF1
「待ってろ、ユーリ。今 行くぜ…っ」
 獣のような勢いで、ザトウは断崖を這い登り、
(ふ…ぅ、着い…―― っ!)
 崖上を覗いた瞬間、おびただしい銃弾が嵐をおこし、ザトウの顔の 鼻から上を消し飛ばした。
「この…畜生がぁぁ!」
 お返しに極大の雷撃をお見舞いして、その隙に崖の上へと跳びあがるも、
(――― !?)
 ザトウの目に跳びこんできたのは、全く同じ姿勢で長大な銃を構える30の兵が、整然と半円形に居並ぶ包囲陣。
彼らは 同時にザトウを見上げ、一斉に銃口を向けてきた。
(何だ、こいつら…っ)
「撃て!」
 30の銃口が同時に火を噴いた。
その威力は マットアラストの愛銃テノールに匹敵し、空中に踊った『怪物』の身体を 一瞬で穴だらけにする。
続く斉射で 頭蓋や内臓まで吹き飛ばされ、3射目を食らうより早く、蜂の巣になった身体は 断崖の急斜面を滑り落ちていく。
 真っ白な砂浜が、大量の血を吸って紅く染まった。

「くそったれが…!」
 身体の再生も待たず、再び 絶壁を這い登る。
今度は腕だけを上に突き出し、
「―― 邪魔すんじゃねえっ」
 雷の嵐で崖上をなぎ払った。
(武装司書なみの体だろうと、念入りに灼いてやれば……)
 それでも、敵は微塵も動じない。
「来たぞ。槍を……てェ!」
 号令に合わせ、一糸乱れぬ動きで銃を下ろし、槍を掴む。
そして 同時に投擲。30の長槍が空を覆い、風音が地面さえ揺さぶった。
 空を覆って迫る、槍の雨。
すかさず、雷で迎撃しようとするザトウだったが、
「……んんー?」
 槍は ほとんど彼に当たらない。
むなしく外れて地面に突き刺さり、彼の周囲にまばらな林を作る。ザトウと敵陣との間に 薄く広く生い茂る、鉄で出来た槍の林だ。

「くははは――、どこ狙ってやがる、この下手糞どもが…っ」
 未熟すぎる敵兵を ザトウは嘲笑う。
が、その余裕は 長くはつづかない。雷撃を放った瞬間、
「――― ぐう…っ」
『怪物』はようやく、敵の意図に気づかされた。
ザトウの雷が敵に当たらない。
その手前で 林立する鉄槍に触れ、ことごとく吸収されてしまうのだ。
鉄槍の一本一本が 避雷針の役割を果たしている。ザトウは、いわば避雷原とでも云うべきものに囲まれていた。

0837==第9話==2016/03/29(火) 21:26:52.62ID:TdScAvF1
 立て続けに撃った雷は、ことごとく鋼鉄の林に阻まれ、届かない。
対して、敵の銃弾は 鉄槍の林を擦り抜け、ザトウの身体を穴だらけにしていく。超回復の力をもってしても、斉射される30の銃には敵わない。
(ち、追いつかねえ……)
 再生の速度を上回る、肉体の損壊。
雷撃を封じられ、手脚さえ千切れて、集中する銃火に 身体を削り取られていく。
(こんな罠ごときで、この『怪物』が…っ)
 だが、現在のザトウに 逃れる術は見つからない。
(……くそがぁぁああ!)
 ユーリも取り戻せず、あの男にも借りを返せず。
孤独感と無力感を抱えたまま、名も知らぬ兵士に殺される――。
四肢を失い、周囲に血肉をまき散らしながら、叫びにならない叫びを ザトウはあげた。

(………ユーリ=ハムローか。そんなにあの女を助けたいのか…?)
 そのとき ザトウが聴いたのは、男の声。
仮想臓腑の内に沈む、もうひとりの雷使いの声だ。
(自分の欲望を満たすためだけに戦ってきた貴様が、他の誰かを想って生命を捨てようとは、な。――― ならば 俺の力を 貸してやる…!)
「……!」
 突如、閃光が大地を撃つ。
それは、仮想臓腑の中から外界への、ありえない攻撃。
幾本もの雷が地面を砕き、モウモウと砂塵が舞って一帯を包む。
 無論のこと、目くらまし程度で この激烈な銃火はかわせない。命中精度が いくらか下がるだけのことだ。
 雷撃の狙いは、他にある。

「撃ちつづけろ。『怪物』の体が 完全に再生を止めるまで」
 隊長が重ねて命じた。
立ちこめる砂煙にかすむザトウの影に、休むことのない銃弾の雨が降り注いでいた。
30の銃が全弾を撃ち尽くし、リロードして 再び全弾を叩き込む。
だが、それを何度繰り返しても ザトウの影は揺らがない。少しも欠けることなく、敢然と砂煙の中に立ち続けている。
 おかしい。隊長は思った。
いかに『怪物』と云えど、この斉射を受けて 立っていられるはずがない。
1発当たっただけで血肉がえぐれ、こぶし大の穴が開く強力な銃なのだ。それを数百発も食らって、人の形が残っているはずが無い。
 不意に悪寒が走り、背すじがぞくぞくした。
砂にけぶる視界がその濃さを増し、空気がぴりぴり張り詰め、息苦しい。不安に指先が痺れ、髪の毛が逆立つ。
 隊長は銃撃を停止させた。
そして、部下に標的の状態を確認させる。
砂塵と硝煙が立ちこめる中、近づいた兵士が見たものは、
「――― こ…これは……」
 そこには立っていたのは、岩で出来たサンドバック。
砕かれた岩塊や石がぎっちりと詰まった 大きな布の袋。彼らはこれをザトウと思い、執拗に銃撃していたのだ。
「では、やつは…『怪物』は……どこに………」
 兵士の視線が 太い袋の根本をさまよう。
砕かれた岩盤に半ば埋もれるようにして このサンドバックは立っている。
つまり、怪物が潜んでいるのは、
「地中か…っ」
「―― 遅ぇよ…!」
 岩塊と土砂に埋もれて 身を隠していたザトウが、片腕を上へと突き上げる。
天空からの雷―― 岩のサンドバックを身代わりにして ひたすら練りつづけた雷気の雲が生む、絶大無比の轟雷。
それは、崖上に立つ全ての者を灼き尽くし、瞬時に死に至らしめた。

0838==第9話==2016/03/29(火) 21:29:26.76ID:TdScAvF1
「―― ふぅぅ」
 大きく息を吐いて、ザトウは自分の内に問いかける。
「このくそった……エンリケ、なんで俺に 力を貸した?」
(……大切に思う女を取り戻したいのだろう。
俺にはもう望めぬ願いだが、貴様には それが出来る……)
「けっ。礼なんか言わねえぜ…!」
 そっけない口調で応じつつ、地面の上へと その長身を跳ね上げる。
体中の土埃を払いつつ、辺りを見渡せば、そこには30の死体が転がっていた。ひとつとして動くものはなく、
「おい、エンリケ」
(……何だ?)
「カチュアを殺ったときより、雷の威力が上がってんじゃねえか?」
 ふと感じた疑問を、ザトウはぶつけてみる。
(……それはちがう。使い方を変えただけだ)
「どう変えたってんだ?」
(………雷雲を上空ではなく、地上に発生させただけだ。
辺りに砂塵を舞わせ、その砂粒ひとつひとつを帯電させ、こすりあわせる。
貴様が布を操って 岩を吸い上げつづけていた間に……俺はひたすら、それをやっていた。そこで雷撃を放てば――。
分かるだろう? やつらは死地で戦っていたのだ)
「くそが! だからかよ…っ」
 雷撃を発したザトウの右腕も 一瞬で焼け焦げ、完全に炭化していたのだ。

(魔術審議をして……あとは戦いのことばかり考えていた。
他にやることもなかったからな……。それを貴様のために使うことになるとは、思いもしなかったが……)
「他にやる事ぁねえのかよ、てめえは」
(………まったくだ)
 仮想臓腑の沼の中から、ほろ苦い想いが伝わってくる。
「で、さっきのやつは、俺にも使えるんだな?」
(使える。鍛錬すれば、もちろん。
貴様は…自分の持っている力に無自覚すぎる……。もっと鍛錬しろ。力を知り、使いこなせ…)
「説教はいらねえが―― この際だ、聞いてやるよ。他に何かあるか?」
(……そうだな……魔法権利の強制譲渡……。
あれは……他にやり方があったろう……。もっと簡単に力を引き出す方法が。せっかく そのための道具があるのだから……)
「何のことだ…?」
(……自転人形ユックユックだ。
あれは元々、人間から魔法権利を奪うために 懲罰天使が使っていた道具だそうだ……。あれを活用すれば……。
……今、術者の魂に接触して、共に魔術審議を重ねている……。自転人形を傍らに置いて……その助けを借りる形に……。それが出来たら……キャサリロやオリビアにしたようなことは……もう二度と………)
「ちっ、分かったよ、あとで聞いてやるよ。まったく、てめえは…っ」
 この くそったれの天才め。
 ザトウは 腹の中で毒づいた。

0839==第9話==2016/03/29(火) 21:31:17.43ID:TdScAvF1
 断崖を登った先の丘陵は、かつてのバントーラ図書館 裏手へ続いている。
その途上で ザトウを待つ者がいた。
ユーリ=ハムローと、あの仮面の男である。
「ザトウさま…!」
「来るな。離れてろ」
 駆け寄ろうとするユーリを制し、ゆっくりと男に近づく。
「雑魚は片づけたぜ」
 連戦の後だが、疲労など感じない。奪われた女を、何としてでも取り戻す。
気持ちは激しく高ぶり、
「―― 借りは返す。たっぷり利子をつけて、な」
 ザトウの右腕が 爆ぜる雷気でまぶしく輝いた。
その雷気が光の束となって放たれる、寸前、
「違います、この方は――」
 ザトウの身体にしがみつき、ユーリが叫んだ。
「この方は フォトナ様――。
先の館長代行、フォトナ=バードギャモン様です…!」

「何…だと…!?」
 外された銀の仮面が投げ捨てられると、現れたのは 少年の顔。
真っ白な髪と 獅子のような鋭い目をした、18歳前後の男の顔だった。
(こいつがフォトナ……。くそっ、どうりで…っ)
 年齢は確か、ハミュッツより 10歳は上だったはずだ。
つまり、現在は50を過ぎているはずなのだが……。
 肉体強化の魔法権利を極限まで磨き上げた者は、老化が止まると聞く。
だが、それにしても この若さは……。
この男は どれほどの高みにいるというのか。

「ザトウ、お前は弱い。あの程度の敵に手こずるようでは――。
もっと強くなれ。でなければ到底、この女は守り切れん」
 ザトウを正面から見据え、フォトナは言った。

                         ==第9話 おわり==

0840==第10話==2016/03/29(火) 21:34:44.21ID:TdScAvF1
==第10話==


「守り切るぅ…? てめぇらが言うセリフかよ?」
 腕の雷気を抑えつつ、ザトウが言い返す。
「ユーリは魔女を産む宿命なのだ。
常笑いの魔女―― はるか未来を見通す力を持った魔女を。
予知魔道士がわずかな可能性を指摘し、それを『黒のラスコール』が極限まで高めた。最適の期日を選び、相手の男を替え、魔薬まで使って」
「あぁ? だからそれが何だってんだ」
「魔女を欲しがるのは『黒のラスコール』だけでは無いぞ。
他の犯罪組織や富豪、各国の政府、あるいは現代管理庁さえも……。そのすべてを敵に回す覚悟が、お前にあるのか」
 フォトナの冷徹な瞳が、ザトウを見据えている。
その視線に射抜かれながら、ようやく取り戻した女の肩を ザトウは強く抱いた。
「ごたくはいらねえ。こいつは俺の女だ、渡さねえ」
「……よかろう。今はお前に預けておく。
ユキゾナを奪還して 黒の兵団を片づけ、この島を出るまでは」
「何なんだよ、クソが…! てめぇ、どっちの味方だよ」
「さしあたっては味方だ。
俺は ある男の依頼で『黒のラスコール』の組織に潜りこんでいた。
その目的は――」
 このとき、大きな爆発の音がした。
「む、あれは……」
「図書館のほうですわ」
 振り返れば、丘陵の向こう、歴史保護局のビル群の方から 黒煙が上っている。
「もう戦闘が始まったか。
ユキゾナは地下迷宮の最奥、第2封印書庫にいるはずだ。
詳しくはユーリから訊け。時間がない。急ぐぞ」
 そう言い残し、フォトナは駆け出した。
 ち…っ。
舌打ちする『怪物』に、
「ザトウさま、事情は私が……」
 と、ユーリが寄り添う。
「そうだな。話は途中で聞くか」
 まる2日ぶりに、ザトウはユーリを抱き上げる。
いわゆる お姫様だっこである。
腕の中の女の重みが、欠けていた何かを 急速に満たしていく。
 あたたかい ―― ザトウはそう思った。

0841==第10話==2016/03/29(火) 21:36:58.46ID:TdScAvF1
 先行するフォトナを追って、ザトウは飛ぶように走り出す。
その腕に抱かれながら、耳元でささやくように ユーリは説明を始めた。
「フォトナ様は記憶を消されて、故郷のメリオトで郵便配達夫として暮らしていました。その彼の元を ある男が訪れたのです――」

 2年前、その男は現れた。
「フォトナさん…」
「……? 誰ですか?」
「フォトナさん!」
 呼びかけながら、1枚の写真を手渡す。
それは、8歳か9歳くらいの 若草色の髪をした少年の写真だった。
「――!!」
 その瞬間、彼の内で何かがざわめき出した。
そして聴こえてきたのは、聞き覚えのない不思議な言葉。
(行くものは行かず、来るものは来ない。月は太陽。小鳥は魚。
生者は骸。鋼鉄は朧。全ての現は夢にして、幻想は全ての現なり………)
 頭の中で誰かがつぶやき続けている。
次第に大きく強くなっていくその声は―― それは 自分の声だった。大切の記憶を取り戻そうと、失われた人格が魔術審議を始めたのだ。
 数十秒が過ぎた頃、彼はすべてを思い出していた。
「………フォトナ、そうだ……俺は武装司書、フォトナ=バードギャモン……!」
 涙がひと筋、頬を伝った。

 記憶を取り戻したフォトナに、男は言った。
 『黒のラスコール』と呼ばれる男が、裏の世界で急速に勢力を増している。
私兵を用いて『本』の鉱山や輸送列車を襲撃しているが、その私兵の強さは凄まじく、ほとんど武装司書に匹敵する。
 そんな強力な部隊を どうやって造り上げたのか。
数年がかりで内偵をつづけているが、何度 部下を潜りこませても 誰ひとり戻って来ない。おそらく、スパイ狩りを徹底しているのだろう。
 万策尽きて、彼はフォトナの知恵を頼ったのである。

 求められた助言を、だが、フォトナは拒んだ。
『黒のラスコール』に関して、手がかりがあまりに少なすぎる。
これでは今後も部下を失いかねず、その上、十分な成果も期待できない。
それならば。
「俺が行こう」
 フォトナは 再び、虚構抹殺杯の水を飲んだ。
一切の記憶を抹消し、潜入のための偽りの人格を刷り込ませた。
髭を生やし、体重を増やして、『イスモ軍を不名誉除隊になった、酒びたりでいつも赤ら顔の乱暴者 バード元中佐』として、彼は盗『本』マフィアに潜りこんだのだ。
 潜入から4ヶ月、その腕を買われて『黒のラスコール』の私兵に勧誘された。
この誘いをフォトナは―― バード元中佐は、高い報酬に釣られて大喜びで引き受ける。そして再び、記憶の一部を失った。
『黒のラスコール』もまた、アーガックスを所持していた。
それまで送りこまれたスパイが戻ってこなかったのも、このためだったのだ。
彼は、イスモへの愛国心や家族の記憶を消し去られ、代わりに『黒のラスコール』への忠誠を刷り込まれた。
 私兵団の中でも 彼の戦闘力は群を抜いていた。
周囲からの信頼を勝ち得、すぐにひとつの小隊を任せられる。そうした矢先、依頼主から思考共有が届いて フォトナは本来の記憶を蘇らせた。
 それが、半年前のことである。

0842==第10話==2016/03/29(火) 21:39:31.21ID:TdScAvF1
「その後も フォトナ様は敵の目をあざむき、潜入捜査をつづけました」
『黒のラスコール』は、一向に姿を見せなかった。
私兵団への指令は思考共有で届けられる。そのため、指揮官でさえ『黒のラスコール』の素性を知らないらしい。それは マフィアの幹部も同様だった。これでは 敵の正体は探れない。
 しかし、フォトナは記憶を持っている。
それは、『黒のラスコール』が消したと思っている記憶―― アーガックスの水を飲ませられた隠れ家の場所や、そこに虚構抹殺杯を持ってきた男のことを、フォトナは思い出していたのである。
 わずかな手がかりを元に その後も調査はつづく。
依頼主からの思考共有がある度に 集めた情報を送り、新たな指示を受けた。
『黒のラスコール』が 何か大きな襲撃を企てていることや、『怪物』ザトウとの関わりもつかんでおり、私兵団にユーリ誘拐が命令された際、フォトナはその部隊に同行を申し出たのだった……。

「なるほどな」
 耳元でささやくユーリの声を心地よく感じながらも、
(フォトナのくそったれ…っ)
 ザトウは複雑だった。
あの男の手のひらで踊らされていたような、そんな気がして仕方ないのだ。その上、決死の覚悟で挑んだ勝負に 肩透かしまで食わされている。
(まあ、いいぜ。あの野郎はいつか必ず倒す。それより今は…)
「あの野郎―― フォトナはどこまで知ってやがるんだ?
過去神島くんだりまで来て、『黒のラスコール』は何をするつもりだ……。
お前をさらって とっとと行方をくらましちまってたら、こうはならなかったろうに」
 その疑問にユーリが答える。
「強力な魔法権利ほど、周囲に大きなひずみを作ります。
ですから、強い力の持ち主を探すことは そう難しいことではないのです。
常笑いの魔女シロンも 幼いうちにワイザフに見い出され、モッカニアさんも まだ見習いにもなっていないうちから、神溺教団の強敵になると予知されていました……。わたくしをどこに隠そうと、いづれは見つけられてしまうでしょう。
魔女を他に奪われないだけの力が必要なのです」
「……そういや、『本』を奪うとか言ってやがったな」
「国家機密レベルの『本』であれば、十分に取引材料になりますわ。それに――」
「ルルタの『本』か……」
 ユーリを抱いたまま、飛ぶようにザトウは走る。
丘陵を越え、歴史保護局本部のビル群に着く。そこに、フォトナ=バードギャモンが待っていた。

0843==第10話==2016/03/29(火) 21:40:34.34ID:TdScAvF1
 歴史保護局本部には、いぶかし気な顔をしたフォトナがいた。
「どうした?」
「……先客があったようだ」
 封印迷宮入口と書かれた建物の奥に 大きな扉が見えている。
高さ5メートルを超す巨大な扉―― 大冥門である。その大扉が開け放たれ、地下への長い階段が続いていた。
 大扉の前に黒の兵士が3人、倒れたまま 動かない。
「これは…!」
 彼らは皆、一発の銃弾で頭部を撃ち抜かれ、死んでいた。
階段にも周囲にも 他に倒れている者はいない。この強化された兵士たちを、味方にひとりの犠牲も出さずに 一撃で倒した者がいるのだ。
「島の警備兵にゃあ出来ねえ芸当だな」
「傷は 眉間にひとつあるだけですわ。こんなことが出来るのは――」
「……急ぐぞ」
 彼らは長いだけの階段をひたすらに降り、第6書庫の扉を開ける。
広大な開放書庫は ひっそりと静まり返って、人のいる気配は感じられない。かつて以上に密集した書架の間を走り抜け、突き当たりの巨大な螺旋階段を一息に駆け下りて、第6書庫の最下部へ。
 そこに 人の背丈の3倍ほどの大きさの、赤銅色の扉が立ちはだかっていた。
 ぐ…っ。重い扉を押し開ける。
両開きの扉が 地響きとともにゆっくりと開くと、地下迷宮の冷たい空気とともに かすかな銃撃戦の音が扉の隙間から流れこんできた。
 彼らは 第5封印迷宮に足を踏み入れる。
冷たく乾いた空気と、ぼんやりと周囲を照らす冷青石英の蒼白い光。磨耗して滑らかな石の床を進むうち、あちらこちらに古い染みが見えてくる。それらは皆、歴代の武装司書や見習いたちが流してきた血の跡だ。
「………帰ってきたな」
 フォトナが つぶやいた。

0844==第10話==2016/03/29(火) 21:41:49.91ID:TdScAvF1
 真っ直ぐに伸びる長い回廊。
その真ん中付近で、黒いスーツの男が舞っていた。
回廊の先のT字路に多くの敵がひそみ、銃弾の雨を浴びせかける。
だが、その銃弾はただの一発も当たらない。黒のスーツに傷もつけず、黒い帽子を落とすことも無く、男は激しい銃火をかわしつづける。
 が、それでも、
「ち…っ、堅い…!」
 強化された肉体を持つ敵が相手では、中々 前に進めない。
敵は地の利を生かして待ち伏せをしかけ、しかも圧倒的に数が多いのだ。
負傷覚悟で突破するか? いや、この先も何度 こうした待ち伏せを食うのか、分からない。と言って……。
 逡巡していたマットアラストが、突然、
「―――!!」
 大きく跳びのき、壁に張り付いた。
荒ぶる雷に灼かれる自分の姿――― 脳裏にひらめく2秒後の世界が、彼をそうさせたのだ。
 彼が跳んだのと ほぼ同時に。
まばゆい閃光が回廊を飲みこみ、雷の嵐が荒れ狂う。
壁ぎわに身を隠し、銃だけを突き出して攻撃していた兵たちが、雷気に触れて激しくのけ反り、そこにすかさずフォトナが踏み込み、棒を振るう。
 待ち伏せていた8名の敵が、一瞬で絶命していた。

 フォトナの能力は、夢想侵略と名づけられている。
想念をもって現実を侵略する。フォトナに「斬った」という確信さえあれば、実際に斬っているかを問わず、その対象は「斬れて」いる。そういう力だ。
 棒を振るうのは、「斬った」という確信を得るために過ぎない。
棒が切っているのではない。フォトナの確信が 対象を切断しているのだ。
斬るという行為を経ずに 斬ったという結果をもたらす、因果を超越した攻撃。
いわば、シュラムッフェンと同系統、上位互換の能力と云えるだろう。

「く、ははは。まさかここで会うとはなあ。んん――?」
「手を焼いているようだな、マットアラスト」
 突然 現れた援軍に、
「―― な、何で…! ザトウに、フォトナさん!? これは一体……!」
 さしものマットアラストも意表を突かれ、驚きを隠せない。
「理由なんざ一緒だろ?
やつらをぶっ倒して ユキゾナを取り返す。それ以外にあんのかよ」
「………君がそれを言うのが、何より不思議なんだがね」
 元部下のそんな疑念を気にもかけず、
「マットアラスト、事情は走りながら話す。急ぐぞ」
 フォトナは 封印迷宮を駆け出した。

0845==第10話==2016/03/29(火) 21:43:22.90ID:TdScAvF1
「時間が無い。1分で突破するぞ」
 有無を云わせぬフォトナの指示が、曲者たちを従わせる。
「ザトウ、お前は正面を叩け。俺とマットアラストで 残りを片す。
ユーリはシュラムッフェンで背中を守れ」
 地下迷宮の冷たい静寂を、猛者たちが踏み破っていく。
待ち伏せる敵の銃弾が 先頭を行くザトウに集中する。顔を 胸を、銃弾で穴だらけにされ、全身から血を噴き流しつつも、
「しゃらくせえ、この…雑魚どもが…っ」
 それでも『怪物』は 走る速度さえ落とさない。
雷撃で前だけを薙ぎ払い、銃弾を浴びせられながら、傷を再生しつづける。一本道の長い回廊を走り抜け、伏兵のひそむであろう十字路へ、踏み込もうとする直前。
「ザトウ君、跳べ!」
 背中からの声に反応し、『怪物』が床を蹴る。
跳躍した彼のすぐ下に、後ろからの弾丸が吸いこまれる。爆発。仕掛けられていた地雷を マットアラストが狙撃したのだ。
 爆圧で前方へ叩きつけられるザトウ。
そこに 伏兵が襲いかかる。十字路の右・左、さらに天井からまで 敵が降ってくる。
「もらったぞ、捨て犬っ」
「死ねぇぇぃ!」
 天井から落ちてきた2人が、斬りかかる。
ぶ厚い両刃の剣を、ザトウは手で受ける。掌から肘までを斬り裂かれるが、両腕はくれてやったエサだ。通してあった高圧の雷気が、斬りつけた兵士の体を灼く。
 敵兵が動きを止める一瞬を、ザトウは逃さない。
背中のマントを伸ばして絡め取り、ぎゅるると絞めつけて床に叩きつけると、床に弾んだ敵兵の頭を 力まかせに蹴りあげる。
ぐしゃり。黒の兵士の頭蓋が、スイカのように砕けた。
「―― 逃がさん…っ」
 両腕を半ば切断されたザトウに、さらなる敵が肉迫する。
左から2人、右から3人。『怪物』をぶつ切り肉に変えようと、強烈な斬撃を叩きつける。
 だが、その大剣が落下する速度より、さらに速く、
「………!?」
 ザトウの後ろから 何かが飛び出した!
その影は ふたりの男―― フォトナとマットアラストだ。
 す…っ。フォトナが棒をひと振りする。
それは不可視の弧を描いて 左からの2兵を腰斬し、同時に 乾いた銃声を響かせて マットアラストが残る3名を撃ち倒していた。

 強者たちの饗宴に、
「まあ、まるで仕事がありませんわ」
 蜘蛛の魔刀を振るう機会もなく、ユーリはただ、男たちの戦技を見守っている。
かつてマットアラストに敗れたというフォトナだが、ザトウとの戦いには圧勝している。そのザトウは先日、マットアラストを倒していて――。この男たちに優劣をつけるのは難しいことだろう。
 だが、その3強が今、手を組んで戦っている。
群がる敵はことごとく返り討ちにされ、男たちが走り抜けた跡には 3種類の死体しか、残らない。
まるで無人の野を行くように、彼らは迷宮を駆けていく。

                         ==第10話 おわり==  

0846名無しさん@ピンキー2016/03/30(水) 18:03:20.78ID:oBdE3Fw4
乙です!フォトナさん無双っすなーw

0847名無しさん@ピンキー2016/04/12(火) 18:11:59.65ID:5W2xe9JN
つづき来ない・・

0848名無しさん@ピンキー2016/05/05(木) 14:12:38.61ID:BtvaUrCa
1年ぶりに覗いたらまさか更新されてるとは!面白いので続き待機。
代行とヴォルケンの絡みが好きだからこの二人で書いてみようかと思ったけど、自分では殺伐プレイか 代行の逆レイプしか思いつかんかった…

0849名無しさん@ピンキー2016/05/08(日) 10:43:25.19ID:9Y8GcgY1
>代行の逆レイプ
なにそれすごく見たい・・

0850名無しさん@ピンキー2016/05/09(月) 20:08:36.42ID:W2pKBzSM
〉849
需要があったとは!甘い要素ほぼ無しで、痴女な代行にヴォルケンが鳴かされる話しか想像できなかったんだが…
ここは女×男はありなんかな?

0851名無しさん@ピンキー2016/05/11(水) 12:29:16.90ID:MVmll/KK
女×男でも男×女でも痴女な代行すごい見たいっす!

0852==第11話==2016/06/20(月) 23:22:16.18ID:1qAxgQYQ
==第11話==

「管制室との連絡が途切れました」
 その報告があったのは、30分前のことだった。
電文を読む部下の表情が少し強張って見えたのは、おそらく寒さのせいだろう。
ここは地下封印迷宮第3階層。左右の壁に埋め込まれた冷青石英のレリーフが青白く冷たい光を放ち、回廊は氷点下の気温なのだ。
「増援を送れ。それと 各階層の確認を」
 男は即座に命令した。
管制室は開放書庫の最下部、つまり 地下迷宮の入り口にある。
単なる機器の異常にすぎないのか、それとも 何者かの襲撃を受けたのか。
もし後者であるとしたら、それは普通の敵ではない。
 男は『黒のラスコール』直属の部下である。
預かる兵士は皆、肉体強化の魔法権利を持ち、強力な武器を使いこなす。
武装司書並みの力を持つ黒の兵士が、この島の警備兵ごときに倒されるはずがないのだが。
「例の『怪物』でしょうか?」
「それはなかろう。あの捨て犬はバード中佐が処分したはずだ。
中佐は30名もの兵を連れていたのだぞ? 仕留め損なうわけがない」
「ですが、中佐とはまだ合流できておりません」
「…………」
 男の表情が一瞬、険しくなる。
中佐と連絡がとれないのも、『怪物』のせいだった。ザトウ襲来による混乱の際、迷宮内での連絡のために連れて来た思考共有使いが、行方不明になっていたのである。

「第5階層から電信!」
 兵士が駆け寄り、報告する。
「敵1名と交戦中! 2丁拳銃の男を 47ルート188地点に釘付けにしている、とのこと!」
「――!!」
 2丁拳銃。相手はマットアラスト=バロリーか。
迷宮入り口に置いてきた黒の兵士が倒されていたとしても、それならば説明はつく。
「増援は間に合ったな?」
「はっ。第4階層の兵が既に到着しています。
こちらから出した15名も、あと数分で合流できるでしょう」
 副官の返答に男は静かにうなずき、シガーケースから太い葉巻を出して火をつけると、盛大に煙を吐き出した。
「まったく。今度はマットアラストか」
 過去神島が近づき、上陸準備の最中に『怪物』の強襲を受けたのは計算外だった。
だがそれでも、182名の黒の兵士の内、135名がすでに上陸している。バード中佐以下の31名が到着すれば、前後から侵入者を挟撃する形にもなる。
相手が2秒先を見る男と云えど、負けることなど ありえなかった。
 当初の計画では、半日ですべてを終えるはずだった。
島の警備部隊を殲滅し、『本』を強奪して 半日で離島する――。
ザトウ・マットアラスト両名の介入により、若干の遅れが生じている。が、兵を急がせれば、十分挽回できることだろう。ただ、ひとつ不安があるとすれば……。
「発着場と港は……大丈夫でしょうか?」
 男が懸念していたことを、副官が口にした。
彼はそこに、8名もの黒の兵士を置いてきた。帰りの足を確保すると同時に、外敵の侵入を阻むためでもある。
(抜け目のないあの男のことだ。部隊はおそらく既に……)
 そんなことを、彼らが考えていたとき。
「第5階層と通信できません!」
「入電! 第4電信室から! 被害甚大、至急応援を乞う!
敵は マットアラスト、ザトウ、ユーリ、それに……バード中佐、です!」
 ほとんど絶叫するように、兵士が電文を読み上げた。
「……中佐が…!!」
「バードが裏切った、だと!?」
 黒い軍服の下で、男たちの体が震えていた。

0853==第11話==2016/06/20(月) 23:26:04.52ID:1qAxgQYQ
「至急援軍を――」
「間に合わん!」
 副官を一喝して動揺を静める。
「侵入者はこの階層で潰す! 残った兵は――」
「現在、この第3階層に75名。
それに 第2階層の道士様の下に10名です。呼び戻しますか?」
「いや、最下層の兵は動かせん。あれは重要な任務に当たっている」
 男は図書迷宮の地図を広げると、
「この階層に降りてすぐ、大きな吊り橋があったな?
ここに4名を送れ。やつらの通過を待って、吊り橋を落とせ。それとその先の洞窟も爆破しろ。これでやつらの退路を断てる…。
それと、残った全兵力を ここに集めろ。中央回廊―― この迷宮を抜けるには 必ず通る場所で、しかも出口は すり鉢状の広場だ…。ここで待ち伏せ、包囲して叩く」
 太い指で指し示しつつ、矢継ぎばやに命令する。
 一斉に 黒の兵士が動き出す。
氷点下の空気に白い息を吐きながら、黙々と作業を開始する。
回廊の出口に地雷や爆弾を仕掛け、雷撃封じの鉄槍を突き立てる。
書架を並べて広場にバリケードを築き、その上に『本』を積む。第3封印書庫に収められていた貴重な『本』。これを、兵を守る盾に使うのだ。元武装司書のマットアラストやユーリに対しては、いくらか効果があるだろう……。
 さらなる作戦を立てながら、
「やつが裏切っていたのなら、確かに説明がつく」
 男は心の内で舌打ちをした。
 ロナ国で仕留めたはずの『怪物』が生きていたこと。
 上陸前の混乱の中、帯同した思考共有使いを失ったこと。
 やつが預かっていた30名が合流していないこと。
 そして何より、母体であるユーリ=ハムローを奪われたこと……。
 いかに『怪物』ザトウやマットアラストが強力であろうが、あの裏切り者さえいなければ、ここまでの事態は起こりえなかったのだ。
「あの男、断じて許せん!」
 ろくに風呂にも入らず、ヒゲも剃らず、昼夜の別なく酒を食らっていた男。
強欲で女好き、粗暴で 頻繁に部下を殴る、部隊一の嫌われ者。
剣の技を惜しんで目をつぶってきたのだが、まさか あの素行の悪さも、監視の目をあざむくための芝居だったというのだろうか……。
 国際平和維持軍か、イスモ国家保安局か、どこのスパイかは分からない。
だが、最悪のタイミングで裏切られ、作戦が危機に瀕していることだけは明らかだ。
「ヤツはここで殺す。必ず、必ず!」
 迎撃の態勢を整え、男は裏切り者の到着を待ち受けた。

0854==第11話==2016/06/20(月) 23:27:43.29ID:1qAxgQYQ
 中央回廊を走り抜けたザトウを待っていたのは、周到な罠だった。
降りそそぐ銃弾に前も見えず、そこに伏兵が襲いかかる。
黒の兵士―― 武装司書並みの肉体を持つ精強な男たちが 左右からザトウに組みつく。と 同時に、爆発。軍服の下に大量の爆弾を巻き、自爆したのだ。凄まじい爆圧に四肢を千切られ、『怪物』が地面を這う。
 その窮地を救うべく、フォトナが前に躍り出る。
身に迫る銃弾を斬り防ぎつつ、ザトウの回復の時間を稼ごうとする。
 だが、三方を囲む黒の兵士の数はあまりに多く、その攻撃は苛烈だった。
すべてを防ぎきることは出来ず、砲撃に片脚を飛ばされ、さらに2発の銃弾を顔に食らう。
「逃がすな! 今だ!」
 地面に転がり、のたうつ二人に、黒の部隊は攻撃を集中させた。
圧倒的な銃火の嵐が吹き荒れる。脚を奪われた彼らに、逃れる術はすでに無い。
ようやく銃撃が止んだとき、そこに彼らの姿はなく、黒く焼け焦げた手足や 血まみれの臓物などが、辺りに飛び散らばっていた。
「マットアラストとユーリは……逃げたか」
「追撃を――」
「いや、いい。どの途、この階層からは抜けられん。
それに 我らはユキゾナの身柄を押さえているのだ。兄をこの冷気の中に置き去りにして、逃走をつづけるとは思えんからな……。ユーリはすぐに仕掛けてくる」
「はっ。至急、態勢を整えます」
 副官が下がると、指揮官は軍用コートの襟を立て、つぶやいた。
「裏切り者の始末は済んだが…」
 バード中佐とザトウ、恐るべき敵手を排除できはしたものの、まだ母体を奪われたままなのだ。常笑いの魔女を産むことになるユーリ=ハムロー。その身柄だけは 何としても取り戻さなくては……。
 同時に、『本』の搬出作業も進めなくてはならない。
だが、マットアラストの迎撃に兵の半数を割くとすれば、こちらの作業も計画よりずっと少ない人員で行うことになる。
「……予定よりだいぶ遅れている。だが、仕方あるまい」
 迷宮深層の貴重な『本』。これは 莫大な富を生むだけではない。
彼らの帰路の安全を保証するものでもあるのだ。
このまま計画の遅れを取り戻せず、仮に 洋上で平和維持軍に捕捉されるような事態になったとしても、これらの『本』さえあれば ボンボ=タータマルも手を出せないはずだ……。
 そしてさらに。
最下層の道士が、あれを見つけることが出来たとすれば。
ボンボの鯨でさえ、もはや恐れることはない。
「ルルタの遺産……最強の力を持つ追憶の戦機、か……」
 魔女と戦機と『本』。
もうすぐ、その全てが手に入る。
男は目を閉じ、自身の輝かしい未来を夢想した。

0855==第11話==2016/06/20(月) 23:29:22.98ID:1qAxgQYQ
 短くも激しい中央回廊の戦闘から15分後。
マットアラストとユーリの逆襲を 黒の兵士が厳重に警戒し続ける中、第3階層外縁部を密かに駆ける4つの影があった。
「いい演技だったよ、ザトウ君。
俺がシネマ会社の社長なら、君と長期の専属契約を結ぶところだよ」
「け…っ、面倒くせえことを」
「そういうなよ。うまくいったろう?」
 そう、中央回廊での戦闘は すべて茶番だったのである。

 第3階層に降りた途端、執拗に続いていた待ち伏せが、ぱたりと止んだ。
「兵を退いたか。これは……」
 戦力を結集し、決戦を挑んでくる。
であれば、その場所は――。
敵の策を読んだマットアラストが、ザトウに一芝居 打たせたのだ。
ザトウ単独で罠に踏みこみ、布で操った死体をフォトナに見せかけて、集中砲火を浴びたところで、逃げ出した。
 その間に、残る3人は迷宮を大きく迂回していた。
フォトナの夢想侵略とユーリのシュラムッフェンで、迷宮の壁を斬り裂く。
地図に頼る黒の部隊と異なり、この図書迷宮で永く過ごした彼らには、どの地点の壁がもろく薄いか、よく分かっている。そこで 迷宮の壁を斬り開き、地図にない新たな踏破ルートを作り出したのだ。
 こうして、彼らは最下層に降り立った。
敵の大戦力に待ちぼうけを食わせ、結果的に多くの『本』を守って。

「駆け通しだろ。少し疲れたんじゃねえか?」
 無人の迷宮を走り抜けながら、ザトウが後ろを気遣った。
迷宮を下へ降りるほど、ユーリの表情が硬く つらそうなものになっていく。
先刻からは話しかけてもほとんど無言で、
(何か起きるのか、この先で……)
 良くない未来を知っているのかと不安になったのだ。
「………大丈夫ですわ、ザトウさま」
 愁いを帯びた微笑でそれだけを答え、ユーリはさらに足を速める。
思いつめた様子の彼女に ザトウもそれ以上の言葉をかけられず、ただ黙って走りつづけた。
 そして彼らはついにたどり着いた。
第2封印書庫―― 図書迷宮の最奥にして 最後の部屋。かつて、天国の樹のあった場所である。

 扉の前の見張りを瞬殺して書庫に踏み込めば、
「―― 敵襲!?」
 広い洞窟の中には、黒の兵士がわずかに10名ほど。
不意を打たれて完全に狼狽している兵士に、強者たちは襲い掛かる。仄暗い洞窟に銃火と剣光が閃き、瞬く間に数兵が倒された。
 そしてそのとき、ユーリが書架の向こうに うずくまるユキゾナの姿を見つけた。
「お兄さま――!」
 最愛の兄に駆け寄るユーリ。
さえぎる兵士の首を蜘蛛の魔刀で刎ね飛ばし、冷え切った身体を抱き起こす。
「お兄さま……?」
 感動の再会。にも関わらず、ユキゾナは何の反応も示さない。口を閉ざしたまま、ただ宙を見つめている。
「わたくしですわ、お兄さま………お兄さま…っ!」
 懸命に兄を呼び、その手を握り、しがみつく。
ユキゾナの外套や倒れていた地面に、吐血の跡がいくつも見つかる。
第2封印書庫の 冷たく凍りついた空気に、肺の病が悪化したのか?
そう心配し、すぐさま癒しの魔法権利を発動させるユーリだったが、そうではなかった。この病み衰えた兄に、敵は もっとひどい仕打ちをしたのだ。

0856==第11話==2016/06/20(月) 23:30:12.38ID:1qAxgQYQ
 洞窟の中を、ザトウはふらふらと歩いていた。
根こそぎ強奪するつもりだったのだろう。『本』は 既にコンテナに収められ、書架はほとんど空になっていた。貴重な『本』を流れ弾で失わなかったことは幸いだが、今のザトウには そんなことはどうでもいい。
 女の漏らす低い嗚咽が、背中ごしに聴こえている。
書庫での戦闘が終わって十数分。懸命の治療にも関わらず、ユキゾナには何の変化も見られない。人形のような兄の身体を抱きしめて、それでもユーリは治癒の魔法権利を発動させ、兄の名を呼びつづけている。
 マットアラストも言葉なく、ただ兄妹のそばに立ちつくしている。
 洞窟の隅で男が死んでいるのに、フォトナが気づく。
出港以来、ユキゾナに付き添っていた軍医である。完全に冷え切ったその体は、強い力で喉を潰され、首の骨が折れていた。
 遺体のそばの大きな黒い鞄には、軍医の几帳面な性格を物語るように、医療器具や薬が整然と詰められている。病状の変化や投与した薬についても 細かく手帳に記されていて、それを読み進めるフォトナに、
「どうです、何か手がかりは…?」
 マットアラストが問いかけた。
「いや、ない。ここに着いたところで記録は終わっている。
おそらくその後、軍医が殺されて…、ユキゾナにも何かがなされたのだ……」
 ザトウはその場を離れた。
ふてぶてしさを装いつつ、内心では ひどく動揺していた。
(くそっ、何も出来ねえのかよ……)
 何百冊もの『本』を喰らいながら、女にかける言葉ひとつ、持っていない。
『怪物』である自分に出来るのは、やはり破壊と殺戮だけなのだ。その力をぶつける対象を求めて ふらふらと歩いていく。
 やがてザトウは、洞窟の奥でそれを見つけた。

 広大な洞窟の突き当たり。
1900年に渡って天国の樹のあった場所だが、今はそこに何もない。ただ小さな石碑だけが、訪れた者にその過去を伝えている。
 その石碑の陰に男がひとり、隠れていた。
「まだ残ってやがったのかよ…」
 しゃらり。布を伸ばして引きずり出せば、それはひどく痩せた老人で、
「てめえら、ユキゾナに何しやがった?
どうすりゃ元に戻るんだ、あぁ? 素直に白状すりゃあ 楽になれるぜ、爺ぃ」
 白髪頭を掴んで ぐらぐらと揺さぶった。
 返答は無かった。
次の瞬間、
「手を引け…っ――」
「――!?」
 マットアラストの叫びが洞窟に響いた。
が、油断していたザトウは即応できない。伸ばした布と腕が黒い炎に包まれ、みるみる腐って溶け落ちる。そのとき既に マットアラストは拳銃を抜き撃っていた。壊死した腕が 肩口から吹き飛ばされる。右腕を失い、
「…く、そ…がぁぁ」
 ザトウは眼前の敵を睨みつけた。

0857==第11話==2016/06/20(月) 23:31:16.88ID:1qAxgQYQ
 老人の顔に奇怪な笑みが浮かんでいる。
「悪くはない…。この力も――」
 外套についた土埃を手で払うと、老人はゆっくりと右手をさし出した。
肉の薄い掌から、暗黒色の雲状のものが生まれる。雲は尽きることなく湧き上がり、老人の周りを繭のように包み込んだ。その黒繭に銃弾が打ち込まれるが、それは瞬時に錆びてかき消えた。
「―― 腐壊波動か」
「……そうだ。あの死に損ないも、最後は役に立ってくれたわ」
「くそ爺ぃ…っ」
 激昂したザトウが、腕の回復も待たず、雷を叩きつける。
凄まじい閃光が闇を貫く。だが、それもほんの半秒。光は 腐壊波動の薄繭に阻まれ、消えた。直後に、マットアラストとフォトナも動く。銃弾と夢想侵略が同じ場所を狙うが、やはり黒の薄繭は破れない。
「ならば…!」
 波動の弱い部分を探して、フォトナが黒繭の外周を走る。
マットアラストは壁を蹴り、頭上高くから急所を狙う。しかし、男の手から湧き出す黒雲はさらに勢いを増し、彼らの攻撃にも関わらず、一瞬ごとにその濃度を上げていく。
「ち…、キリがねえ!」
「当然だ。ユキゾナは全てを私に差し出したのだ……。
妹の生命……第2書庫の『本』……耳元でそう言ってやるだけで、な。あやつは何度も血を吐きながら、最後の一滴まで搾り出しておったわ」
「ぶち殺す…!」
 両腕を回復させたザトウが、続けざまに雷を撃ちまくる。
腐壊波動の防御の前に、その攻撃はまるで効いていない。それでもザトウは攻め手を休めず、全身の雷気をぶつけ続ける。
 冷ややかな視線がザトウに投げられた。
「私に怒りをぶつけるのは間違いというものだ……。
悪いのは私ではない。務めを果たせなかったユキゾナだ。
ルルタの遺産……最強の力を持つ追憶の戦機……。ユーリの夢にあった通りに、ユキゾナが戦機を見つけていれば……」
「黙れよ、爺ぃ。その汚ねえ口を閉じろ!」
「ふふ、まあ聞け、怪物よ……。
ユキゾナが連れてこられたのは ユーリの夢のせいなのだよ。
あの方の計画に従い、私は半年も前からユーリを監視していた。触覚糸の力を使い、離れたところから、気づかれぬよう慎重に……」
 手に入れた力の強大さに酔ったのか、饒舌に語りつづける。
「それは母体となるユーリの体調を探るのが目的だった。
だがな、ある夜、寝言が漏れ聴こえて―― 分かったのだ。ユーリがすでに夢を……未来の夢を見ていることを。そして断片的にではあるが、その内容も。
ふふ、夜ごとユーリがどんな夢を見ていたか――。聞きたいか?」
 しわ深い顔に 好色そうな笑みが浮かぶ。
「キサマが種馬に選ばれたのも、私の報告あればこそ。
あの女の具合はどうであった? くふふ、せいぜい感謝してほしいものだぞ?」
「この…変態爺ぃが…っ」
「くくく、それでな、その夢の中のひとつにあったのだ。
連れ去られたユキゾナがこの第2書庫で、ルルタの遺産―― 最強の力を持つ戦機を見つける、という夢が…! 最強の戦機……、ふふ、大冥棍グモルグであろうなあ。これを見過ごすことなど出来るわけもない。それでこの私が密命を受けたのだ……。
だのに、あの役立たずが、死に損ないめが――」
 言い終えたとき、男の形相が変わっていた。
漆黒の繭の中で老人が右腕を振るう。波動が放たれた。
それは暗黒色の蛇の形を取り、空を走る。暗黒の蛇をかわす武装司書たち。だが、黒蛇が襲ったのは目の前の敵だけでなく、そのはるか後方でうずくまるハムロー兄妹や『本』のコンテナにも向かっていて、
「―― 守れ!」
 雷撃の嵐が、銃弾の雨が、不可視の斬撃が、これを迎え撃つ。
強大な魔力同士がさらに激しくぶつかり、魔力の飛沫が飛び散った。洞窟中に―― 第1封印迷宮につながる扉にも。
 そのとき、それは現れた――。

                         ==第11話 おわり==

0858==第12話==2016/06/20(月) 23:32:56.32ID:1qAxgQYQ
「――!」
「………!?」
 何が起きたのか、分からない。
ぞわ…と 毛穴が開くのを、彼らは感じた。
彼らほどの歴戦の猛者が、思わず動きを止めるほどの威圧感。それは彼らに、かつてこの場所にあった一本の樹を思い出させた。
 最初に襲われたのは敵の方だった。
その身を包んでいた腐壊波動の繭が消えたかと思うと、突然、老人は宙をかきむしり、ばたりと倒れる。まるで、空気の中で溺れたかのようなもがき方だ。
「何か、居るぞ…っ」
「―― フォトナさん、前…っ」
 警句と同時に、跳ぶ。が、避けきれず、何かに触れる。
薄く軽い やわらかな物に包まれる感覚―― だが それは目には見えず、音も熱も感じない。棒を振るうフォトナだったが、
「む…っ」
 斬ったという手ごたえが まるで無い。
それどころか、身体から気力も魔力も抜けうせて、気がつくと 地面に座り込んでいた。

 2秒後予知の力を駆使し、視界に生じる変化を探る。
「そこだ…!」
 見えた未来に従い、2丁拳銃の全弾を叩き込んだ。
12発の弾丸が何かに当たって、宙に停まる。そこへすかさず、極大の雷撃をぶちこむザトウ。銃火と雷火が、見えないものの姿をあぶり出す。
 帯電し、かすかな金色に光ってみえるそれは、一匹の蝶。
体長1メートルほどの 透明な翅と胴を持つ蝶が、彼らの頭上に浮かんでいた。
 ひらひら ふわり。
必殺の攻撃を何度も食らいながら、悠然と宙を舞っている。
その蝶は少しも傷つかず、ただ 雷気による輝きだけが増していく。金色に光る後ろ翅の外縁に、ツタのような模様が浮かんで見えた。
「どうすりゃいい。教えろ、マットアラスト!」
「俺にも分からんよ…っ」
 ひらひらと飛ぶ金色の蝶には、銃弾も雷も効いていない。 
ただ、攻撃を受けるごとに ツタの模様がその濃さを増していく。
(………ザトウ)
「クソ忙しんだよ、後にしろ!」
 狼狽して雷撃を連発する男に、もうひとりの雷使いが呼びかける。
(……ザトウ、あの蝶だが)
「何か知ってんのか、あぁ?」
(………あの翅の模様には 覚えがあるだろう……。
あの絡みつくツタの文様……、あの日、お前も見ただろう。巨大な針の上にいた男……ルルタ=クーザンクーナの肩に、あれと同じツタの刺青を……)
「あぁん? ツタの文様…? ルルタの刺青……??
何 ワケの分からねえこと言ってやがる……。この役立たずのくそガキが! 黙ってろ…っ」
 毒づいた言葉が、マットアラストの記憶を刺激した。

「そうか、ルルタの…! では あれが ウユララ――!?」
「――うゆらら? 何だよ、そりゃ」
 首をかしげつつ、無駄な雷撃を放つザトウに マットアラストが補足する。
 追憶の7戦機のひとつ、韻律結界ウユララ。
無敵にして絶対の防御能力を持つこの戦機は、ルルタの肩に ツタの文様の刺青として刻まれていた。そう、マットアラストが見た あの日のルルタにも。
 ルルタの死後、あの戦機はどうなったのか?
魂の結晶である『本』の中に、戦機が取り込まれることはありえない。
と、いうことは――。
 持ち主を失った戦機は 封印迷宮をさまよっていたのだろうか。
 あの日からずっとこの場所で、支配者の帰還を待ちつづけるかのように。

0859==第12話==2016/06/21(火) 00:26:03.68ID:l3dj9gsR
「―― で、どうすりゃ倒せんだよ、こいつは!」
「楽園時代の話だぞ。知らんよ、そんなこと」
「ち…、使えねぇな。……んっ、マズい、そっち行ったぞ、ユーリ!」
 ゆらふわと空を遊んでいた蝶が、不意にユキゾナの方へ向かう。
「――― 穢れよ、シュラムッフェン…!」
 ユーリが叫び、蜘蛛の魔刀が残虐な笑い声をあげた。
無数の不可視の刃が 蝶のただよう空間を切り刻む。が、蝶は傷つかない。シュラムッフェンの因果抹消の攻撃を、ウユララの因果抹消の守りが上回ったのだ。
「これが韻律結界…!? でも…っ」
 戦慄に美貌をこわばらせるユーリ。
思慮浅い残虐な戦機に向け、蝶はまっすぐに空を滑る。
金色に輝く翅をいっぱいに広げ、持ち主ごと戦機を包みこむ。その瞬間――。
 背後から強く腕を引かれ、ユーリは倒れた。
代わりに、金色の翅に包まれていたのは、
「お兄さま…っ!」
 最愛の妹の声も届かず、無反応だったユキゾナ=ハムロー。
妹の身代わりとなって みるみる生気を吸われ、ユキゾナは地面にへたりこんだ。

0860==第12話==2016/06/21(火) 00:27:53.70ID:l3dj9gsR
「………ユーリ」
 見えているのか、いないのか。焦点の定まらない目を見開いたまま、力の入らない手で ユキゾナが巨大な蝶を手繰り寄せ、その胴にしがみつく。
翅に帯びた雷気が皮膚を焼くが、それでも蝶を離さない。強く、強く。
病み 衰えた身体で、
「………守ってみせる。お前だけは……!」
 ユキゾナは懸命に蝶を抱きしめる。
そのとき、彼の心に伝わる声があった。
(――― 私を呼んだのはお前だったか……。
誰かを守ろうとする強い意志。それを私は待っていた………)
(これは、なんだ……?)
(――― お前と交わり、ひとつになる。
この世界を守ろうとする 強い意志と魔力の衆合。それが 私、韻律結界ウユララ………)
(そうか……お前が…ウユララ…)
 なおも蝶にしがみつきながら、ユキゾナが問う。
(それで俺は…… どうなる?)
(――― お前の意志も魔力も、私の中で溶けて混じり合い、ひとつになる。
人の姿を失い、いづれ意識も薄れゆく。この世界に お前は何も遺せない。亡き骸も…『本』さえも……。やがて現れる救い主を待ちながら、世界にあふれる破壊や苦痛や絶望を この身に受けつづける。私とともに……永遠に……。それを望むか……?)
(永遠に…世界を…… …)
 安らかな笑みを浮かべ、ユキゾナがうなずく。
その途端、痛みも苦しみも 何もかもが消えた。身体の表面をツタの文様が覆い尽くし、ユキゾナのすべてが吸収される。
 ユーリが身を起こしたとき、兄の姿は蝶と同様、ほとんど透明になっていた。
「お兄さま……?」
 兄の身体に触れようとするも、
「―――!!」
 差し出した手は むなしく空をおよぐ。
そこにはもう、何者も存在していなかった。
(……ユーリ…)
「お兄さま……?」
 腕の中からではない。どこか高いところから、それは聴こえた。
(……愛しいユーリ……どうか…幸せ…に… ‥)
「ぉ兄さま……うぅっ、お兄さまぁぁーー!!」
 凍てついた第2書庫に、ユーリの嗚咽と慟哭が響いた。

0861==第12話==2016/06/21(火) 00:31:19.87ID:l3dj9gsR
 ユキゾナ救出という所期の目的を果たせず、彼らは最下層を後にする。
失意と疲労に足取りも重い。そんな元武装司書たちを、
「絶対に生かして帰さん…!」
 待ち呆けを食わされた黒の兵士の大部隊が、第3迷宮で待っていた。
長い階段を抜け、扉を開けた途端に浴びせられる集中砲火。ザトウは穴だらけになり、フォトナでさえ防ぎきれず傷を負う。反撃しようにも、
「……く、何だよ、ありゃあ…!?」
「撃つな、ザトウ。雷で銃が暴発する――」
 扉の前には、『本』と書架で築かれたバリケード。これでは うかつに手が出せない。やむなく 階段へ戻ろうとすれば、
「ユーリ=ハムローを差し出せ。さもなくば『本』を破壊する」
 との要求が投げつけられる。
 無論のこと、ユーリは渡せない。だが……。
彼らが対応に窮したとき、ふわりゆらり、蝶の舞う気配がした。

「そこにいらっしゃるのですね、お兄さま」
 ユーリがつぶやき、
「始めるぞ」
 フォトナの号令の下、4人は動いた。
再び 飛び出した彼らを銃火が襲うが、見えない何かに遮られ、それは彼らに届かない。銃弾の雨も地雷の直撃も何の効果もなく、それどころか、狼狽した兵士が『本』を撃とうとしても それさえ防がれる。
「容赦するな。但し、『本』は壊すなよ」
 彼らは瞬く間に距離を詰め、バリケードを跳び越えて黒の兵士を駆逐する。短いが熾烈な戦闘ののち、半数の兵士が死に、残りは散り散りになって逃げ出した。それを追う余力は彼らにも無かった。
 迷宮での戦いを終え、元武装司書たちは地上へと帰る。
彼らに別れを告げるように、ツタの文様を持つ蝶がゆらふわと宙を舞う。高く低く 回廊を舞い、それから再び 迷宮最下層へと降りて行く。
「これまでありがとうございました。お兄さま……」
 見送るユーリの眼に、その羽ばたきはにじんで見えた。

0862==第12話==2016/06/21(火) 00:33:18.75ID:l3dj9gsR
 最後の長い階段を登りきり、赤銅色の重厚な扉を押し開けると、
「おう、戻ってきたか…!」
「手間をかけたね、皆」
 第6書庫の最下部、巨大な螺旋階段の一番下で 2人の男が彼らを待っていた。
ミンス=チェザイン、ボンボ=タータマルの両名である。
さっそく話し込む元武装司書たちをその場に残し、ザトウとユーリは長い階段を上る。
その途中にいたのは、ボンボが連れて来た平和維持軍の部下だろうか。身ごなしだけでそれと分かる強兵が十数名、手擦りにもたれて彼らの方を伺っていた。
 広大な開放書庫の中をゆっくりと歩いていると、
「待たせたの」
 ミンスが追いついてきた。
「フォトナ様とマットアラストさんは――?」
「『ちょっと後片づけを手伝ってくる』そうじゃ。
まあ、ボンボのやつは迷宮の中じゃあ使い物にならんからのう」
「そうですか。もう一度きちんと御礼を言いたかったのですが……」
「わしから伝えちゃる。気にせんでええわ」
 並んで話していた二人に、ザトウが急に割り入った。
「その…まあ…、何だ、……色々とありがとよ。助かったぜ」
 そう言って、珍しく素直に頭を下げる。
「本当ですわ。ありがとうございます、ミンスさん」
「まあ、無事で何よりじゃ。ところで、その…ユキゾナのことじゃが……」
「………お兄さまは――」
 ユーリが短く話すと、そのたくましい肩を落としてミンスは、
「そうじゃったか」
 とだけ 言った。

0863==第12話==2016/06/21(火) 00:34:05.77ID:l3dj9gsR
「で、これからどうするんじゃ?」
「これから、ですか……?」
「そうじゃ。未来視の魔法は 誰もが欲しがる強力な力だ。
それは 盗『本』マフィアに限らん。どこの組織も狙ってくるじゃろう。
正直、現代管理庁や4大国とて信用できん」 
「――そう ですわね……」
 ユーリは、傍らに立つ男に 何かを期待するような視線を向けた。
一瞬の迷いもなく、ザトウが応える。
「あぁ? バカ言ってんじゃねえよ、ミンス=チェザイン。
ユーリも 娘も、この『怪物』が守ってやる。邪魔するヤツは 全部ぶっつぶす。マフィアだとうと国だろうと……。だから俺と来い、ユーリ」
「ザトウさま…!」
 輝く笑顔を向けるユーリを、ザトウは抱きしめる。
見つめあうふたりを、ミンスはまぶしそうに眺めた。
「そうか。なら、好きにせい。あとの始末は わしらがつけちゃる」
 未来視の魔女のことは、厳重に隠さねばならない。
そこで、一連の事件は こう発表されることになる。
 アロー湾での爆発事件に合わせて、数名の元武装司書が襲撃を受けた。
ユキゾナ=ハムローもその中に含まれるが、大きな被害はなく、現在は妹のユーリとともに 静かに暮らしている。なお、彼らの新しい療養先は、事件の再発を避けるために伏せられる。
 一連の襲撃は、盗『本』マフィアによるものだった。
神溺教団の名前で世界を騒がせ、その間に歴史保護局を襲って『本』を奪うという計画だったが、ボンボ=タータマル率いる平和維持軍の精鋭が、これを撃退。大きな被害は出なかった。
 首謀者については なお不明だが、平和維持軍は 各国政府と協力し、全容の解明と組織の殲滅に当たっていく。
 公式発表はこんな内容になるだろう。
それが、沖合いを漂流中に助けられ、過去神島に上陸するまでの間に ミンスとボンボが決めたことだった。

「じゃあな、つくづく世話になったな」
 別れを告げ、ユーリを抱いて ザトウは歩き出した。
ボンボが用意していた水上飛行機で、『怪物』は 過去神島を後にする。
この島を訪れるのも、おそらくこれが最後になる。もう一度だけ、ザトウは図書館の方を振り返り、これまでのことを思い出していた。自分が戦ってきた強敵たちと、自分に力を与えてくれた『本』たちのことを。
(『本』喰いの怪物、か……)
 これから先も、厳しい戦いがザトウを待っているのだろう。
ユーリを狙う様々な組織。『黒のラスコール』、マフィアや反政府組織、各国の軍や警察、そして現代管理庁……。
今は秘密にしようとも、出産が迫るにつれ、その誕生を予知する魔道士は他にも現れる。未来視の魔女とは、それほどに強大な存在なのだ。
 どのようにして、追っ手の目を逃れるか。
ミンスやマットアラストとどう関わり、支援を受けるか。あるいは、一切の接触を断ってしまった方が ユーリの安全につながるのか。
課題はまだまだ山積みで、道のりはひどく困難だ。
(だが、必ず出来る。この俺、最強の『怪物』の力なら……)
 腕の中に感じるユーリの暖かさが、ザトウにそう思わせていた――。

                         ==第12話 おわり==

0864名無しさん@ピンキー2016/06/21(火) 00:45:17.04ID:l3dj9gsR
今回も間が空いてしまい、申し訳ございません。
それから、レスくださった方、本当にありがとうございます!

以上で、ザトウの凌辱の旅(?)も終わりです。
もう少しだけ、お話はつづきます。
今度は4年後、原作10巻断章「図書館の消えた跡にて」と同じ、1937年が舞台になります。 あと数話ですが、お付き合いいただければ――。

0865=第13話=2016/06/21(火) 00:47:00.09ID:l3dj9gsR
 階段の途中で振り返り、
「ここまで逃げれば、きっと大丈夫だわ」
 ミレポック=ファインデルは つぶやいた。
 大広間の喧騒から少し離れた、吹き抜けの玄関ホール。
その階段を踊り場まで上がって、彼女はその景色を眺めている。
壁には大きな絵画がいくつも飾られ、アーチ構造の天井も精緻なレリーフで覆われていた。高い窓は色鮮やかなステンドグラス。彼女のいる この階段の手擦りにさえ、舞い踊る妖精たちが彫刻されている。
「まるで美術館のようね」
 ふっ と、ミレポックは微笑んだ。
先刻、一杯だけ飲んだシェリーのせいだろうか、なめらかな頬は薔薇色に上気している。
スレンダーな肢体を夜会用のドレスに包み、ものうげな表情で手擦りにもたれるミレポックを、階下を行き交う人々が ため息とともに見上げている。が、彼女はそんな視線に気づかない。
 そのとき、
「ミレポー、どこにいんのよー」
 キャサリロ=トトナの陽気な声が、彼女を現実に引き戻した。
階下に目を向ければ、幾人もの若い紳士を引き連れた彼女が、ふらふらと玄関ホールをさまよっている。
「あんたと踊りたいって男が たくさんいんのよ。ねえ、ミレポー」
 慌てて、ミレポックは階段を駆けあがる。

0866=第13話=2016/06/21(火) 00:47:42.40ID:l3dj9gsR
 1月12日は「ルルタの日」である。
世界が救われたことを祝福し、また、犠牲になった人々を追悼し 感謝する日として、すべての国がこの日を祝日に指定していた。
 中でも、今年、1937年の1月12日は 10周年の節目の日となる。
1000日も前から始められたカウントダウンに祝賀ムードは日々煽り立てられ、それが残り20日を切った頃には、世界中が狂熱に浮かされていた。
 華やかに飾りつけられた街では、さまざまな催事がつづいている。
現代管理庁や各国主催の記念式典やパレード。連夜の晩餐会。展覧会に写真展、コンサート。ルルタの生涯を描いたオペラの観劇会。スポーツの記念試合や競技会……。
 一連の行事には、元武装司書たちも招待されていた。
その中でも、一番の人気はミレポックだった。歴史保護局理事長であり、世界を救った英雄のひとりでもある。彼女は日々、分刻みのスケジュールに追いかけられた。休憩はおろか、食事さえ 移動中の車内で済ませる有り様だった。

 そして、「ルルタの日」当日。
ミレポックは、イスモ共和国の首都 モールアール市にいた。
この街には各国の大使館が集中しているが、その中でも別格とされるのが、グインベクス帝国大使館である。大統領官邸や議事堂にも近い一等地に広大な敷地を構えて、そこでは日夜、華やかな社交としたたかな外交が繰り広げられていた。
 そのグインベクス大使館で今夜、大舞踏会が催されていた。
戦勝記念の大舞踏会。現代管理庁や武装司書からの解放を国是としてきた帝国にとって、1月12日は「ルルタの日」などではない。永きに及んだ、人類解放闘争の勝利を祝う日なのである。
 そのため、舞踏会は盛大を極めた。
現代管理代行官やイスモ大統領をはじめとする、各国の政府要人。貴族や富豪、スポーツ選手に流行作家、シネマの人気女優など、世界中の著名人が顔を揃えた。
 もちろん、ミレポックも招待されていた。
だが、いつ終わるともなくつづく、
「ミレポック=ファインデル嬢、どうか一曲、お相手を」
 のダンスの申し込みに嫌気をさし、大広間を逃げ出したのだった。

0867=第13話=2016/06/21(火) 00:48:57.21ID:l3dj9gsR
 2階の貴賓室には 先客がいた。
大きなテーブルには、たくさんの料理がひしめきあっている。
グレイヴィーソースのたっぷりかかったローストビーフと、木の実を詰めたガチョウの丸焼き。茹でたての白や黒のソーセージ、テリーヌの冷製に、キャビア、生牡蠣。
グラスになみなみ注がれた赤ワインをがぶ飲みしつつ、男は凄まじい速度で料理を平らげていく。
 給仕の少年が空の皿を下げ、また 新しい料理を運んでくる。
だが、男の底なしの食欲にはかなわない。どんどん空の皿が増えていく。
 ミレポックには、それはごく見慣れた光景だ。
「相変わらずですわね、ボンボさん」
「久しぶりだね。ルイークたちの結婚式以来だね」
 食べる勢いを少しだけ落として、ボンボ=タータマルが応じた。
国際平和維持軍のトップである彼も、ミレポックにも負けないほどの忙しさだ。ここ数年は本来の任務に『黒のラスコール』一派の掃討作戦も加わって、大変なことになっているらしい。
 もっとも、それほどの激務をこなしても その体形は少しも変わらず、出産間際の妊婦のようなお腹なのだが。
「どうしてこちらに? お食事を出す部屋なら、大広間のそばにもありますのに」
「何を言ってるのかな、ミレポックは。
今夜のメニューは、コンソメスープに、うずらのゼリー寄せに、牛舌の冷製。チーズにワイン、フルーツにアイスクリームにコーヒー……。舞踏会に付き物のあんな軽食じゃ、僕のこの胃袋は満たされないね」
「それで、こんなところで個人晩餐会ですか」
 彼女が呆れる間にも、ボンボは料理を胃袋に流し込んでいく。
給仕の少年を急かし立てては 新しい皿をどんどん運ばせ、それをまた空にする。
まさに 悪魔の胃袋だ。
 グインベクス大使館では今回、本国から最高の料理人を呼び寄せたと聞く。
食通として名高い皇太子夫妻の 専属の料理人だ。その料理人の作った逸品が、厳選された高級素材で作られた芸術が、ほぼひと呑みに消えていく……。それは、実に恐ろしい光景だ。
「君が今、どんな失礼なことを考えているか、想像がつくよ。
たぶん、こんな豚には残飯でも与えておけばいいのに、なんてところだろうね」
「残飯とまでは思ってませんが。でも、世界最高の料理がもったいない、とは思います」
 にこにこと笑うボンボにつられて、ミレポックも微笑する。
「それはちがうのね。ここの料理人は世界で2番目なのね」
「あら、では1番は?」
「その料理人と彼の奥さんのことは、ミレポもよく知っているのね。
今は無理だけれど……、いつか―― また会えると思うのね」
 そう言って、ボンボは意味ありげに笑った。

0868=第13話=2016/06/21(火) 00:50:01.63ID:l3dj9gsR
 ルルタの日から4日後の1月16日。
南ブジュイ随一の富豪 ポトラム氏の邸宅で、密やかな夜会が催されていた。
 歓談をつづけていた人々は、
「晩餐の仕度が整いました!」
 執事の朗々たる声にうながされ、応接室を後にした。
主賓であるグインベクス皇太子妃に腕を貸した館の主人を先頭に、招待客たちは順番に晩餐室に導かれ、それぞれの席につく。
 影竜石で造られたシャンデリアの淡い光が、豪奢な室内を照らし出す。
真っ白なクロスがかけられた巨大なテーブルの上は、さまざまなもので彩られている。美しい花々と季節の果実。磨きぬかれた銀のカトラリー。薔薇のつぼみの添えられた 切子ガラスのフィンガーボウル。睡蓮の形に折りたたまれた しみひとつないナプキン。
 そして、
「まあ、これは?」
 燦然と輝く、グインベクスの紋章の入った純金のディナーセットが、皇太子妃の目を奪った。
 給仕のメイドが、うやうやしく答える。
「当家の家宝の食器でございますわ、ユア・ロイヤルハイネス。
38年前、皇太子でいらした頃の皇帝陛下をおもてなしいたしました折にも、使われたものでございます」
 古風な濃紺のワンピースに、フリルのついた白いエプロン。
艶やかな黒髪をアップにまとめ、レースのついた白いキャップをつけている。
 たおやかに微笑し、ワインを注ぐパーラーメイド。
 ユーリ=ハムローが そこにいた。

0869=第13話=2016/06/21(火) 00:51:06.67ID:l3dj9gsR
 常笑いの魔女―― 未来視の魔法権利を持つ女児を身ごもったユーリ=ハムロー。
彼女が過去神島を去ってより、3年半の月日が流れていた。
 三毛猫色の髪をした、まだ幼い娘を連れての逃避行。
雪の降りしきる冬の森を2日がかりで抜け、密貿易船に忍びこみ、列車内での襲撃を返り討ちにする。
 追跡者の目をくらますべく、数ヶ月ごとに土地を移り、職を変える。そんな日陰の生活が、いつ終わるともなく つづいていた。
 だがそれは彼女にとって、決して悲観すべき暮らしではなかった。

「逃亡犯の先輩としてアドバイスするなら――」
 食えない笑みを浮かべて、マットアラスト=バロリーが言った。
「貧民街や場末の宿に身をかくすつもりなら、それは 止めたほうがいい。
真っ先に調べられるのは、そういう場所だからね」
 彼の助言に従って 彼女たちの逃亡生活はつづけられ、半月ほど前、ブジュイ商業都市に降り立ったのだった。

「何か、よさそうなものはありまして?」
 コーヒーハウスのあまり美味しくない紅茶をすすりながら、ユーリは尋ねた。
今年33歳になるはずだが、優美でしなやかな姿態はそのままで、地味な黒のロングコート姿の今でさえ、店内の男性客の視線をひとり占めにしている。
 彼女の隣には、愛娘のシロンがいた。
シロンは、桃のパフェを小さなスプーンでせっせと口に運んでいる。
黒いコートとスカート、帽子と、母娘でお揃いの装いだ。可愛い帽子の下の三毛猫色の髪は、今は 母と同じ漆黒に染められていた。
 ふたりの向かいに、長身の男が座っている。
ユーリの良人にして『本』喰いの怪物、ザトウである。
ザトウはコーヒーを飲みつつ、店の新聞をひろげていた。
「――そうだな、こんなのはどうだ。
『当方、ブジュイ近郊の地主。家族は3人。使用人は40名。急な宴席のため 腕のよい料理人を募集。宮廷料理の経験者優遇。メイドつきの心地よい個室を用意。給与は月に600トホラ。他に各種手当てあり。委細面談。なお、推薦状を要す』」
「使用人が40名! かなりのお屋敷ですわね」
「そうだな…。シロン、ここにするか?」
 パフェをきれいに食べ終えて、少女がうなずく。
「決まりですわね」
「ああ、行くか!」
 コーヒーを飲み干し、立ち上がる。
採用されるのを知っているような顔を、ザトウはしていた。

0870=第13話=2016/06/21(火) 00:51:55.67ID:l3dj9gsR
 さっそく紹介所に出向く。
すると、ザトウの持参した申し分のない推薦状が効いたのだろう。すぐさま面接の約束が取りつけられた。
なにやら先方はひどく急いでいるらしく、迎えの車をよこすと言う。
彼らは紹介所で3時間ほど待ち、さらに同じ時間を 白塗りの高級車に揺られて過ごす。
車窓から見えるのは、どこまでもつづくトウモロコシ畑。ブジュイ南部の穀倉地帯を 車はひたすらに走りつづける。
大きな河を越えたところで西に転じ、今度はなだらかな丘陵地帯へ。美しい湖畔の森を抜け、ようやく着いたときには、白亜の屋敷は夕焼けに紅く染まっていた。

 執事による面接はごく短く、ザトウはすぐに階下へ通された。
半地下に設置された広い厨房。ここで、実技による採用試験が行われるのだ。
 次席シェフと見習いたちの視線を浴びながら、ザトウが命じられた料理2品と 最新流行の菓子を作り終え、すこし待っていると、
「これを作ったのは、君か!」
 ひとりの男が台所に駆け込んできた。
「料理人のロンドン=ホー氏です。こちらは当家の主人の――」
「美味かった! すごい腕前だ!」
 執事の紹介も待たず、男はザトウを抱きしめた。
この屋敷の主人のポトラム氏だろうか。年齢は50を少し過ぎ、恰幅のよい身体を上等のスーツに包み、顔と手は こんがりと日に灼けている。
「よく来てくれたね、大いに歓迎するよ。
ところで 君の名前……、ロンドン=ホーというのは 珍しい名前だが――。
あの渡り者の料理人、トウザ=ロンドン=ホー氏とは 何か関係があるのかね?」
「俺がそのトウザですが」
 そばに控えていた執事が、無言で盆を差し出す。
ザトウの持参した推薦状の載った盆だ。それらを次々に開いて、主人は太いうめき声をあげた。
「……司法長官のエクモ侯爵、メリオト大学のネイム学長、グラン=フルベックホテルの総料理長に、こちらはクイーンイザベル2世号の支配人か。すばらしい!」
 主人のたくましい腕が、再びザトウを抱きしめた。

0871==第13話==2016/06/22(水) 01:17:56.57ID:F8S9Jzo3
「まさか君ほどの人物が来てくれようとは!!
それにしても若いね、トウザ君は。古今東西、あらゆる食に通じた料理人と聞いていたから、もっと年配の男だと思っていたよ」
 ようやく主人はザトウを解放すると、不意に顔を曇らせた。
「実はだね、急に晩餐会をやることになってね……。
そこに、たいへんに高貴で、たいへんに厄介な美食家を、主賓としてお迎えしなければならないんだよ……。君も知っているだろうと思うがね、グインベクス帝国の皇太子、シェラルド殿下ご夫妻だ。
この話が決まった途端、それまでいた料理長は辞めてしまうし、ね。
……まったく、どうしてこんなことになったのか」
 半月後に迫った晩餐会についての、主人の愚痴がつづいている。
 それを聞いて、ザトウは心の内でつぶやいた。
(グインベクスの皇太子だとよ、おい。大丈夫だろうなぁ?)
 その問いは、彼の内にいる者に向けられていた。
『本』喰いであるザトウの体内には、深く昏い沼が広がっている。
現実には無い、仮想の沼である。そこに200冊近い『本』が沈んでいた。
戦士、領主、官吏、事務弁護士、料理人、菓子職人、庭師、鉛管工、錠前職人、植字工、自動車整備士、1等航海士、旅芸人、盗賊……。さまざまな人材が、そこに眠っているのだ。
 ザトウの問いかけに、ひとりが答える。
それは 30年ほど前に死んだ、ロナ公国きっての宮廷料理人の声だった。
(……全く問題ありません。私の皿に魅了されない者はいませんよ)
(そうか、なら――)
「任せてください、ポトラムさん。俺の皿に魅了されない者はいませんよ」
「おお、さすがはトウザ君だ。すばらしい!
君は 2−3ヶ月、長くても半年しか雇えない男だという噂だが……、できるかぎり長く ここに居てほしいものだよ!」
 すっかり安心した様子で、主人が厨房を出ていく。

 このようにして、彼らの逃亡生活はつづいていた。

                         ==第13話 おわり==

0872名無しさん@ピンキー2016/07/11(月) 20:46:42.89ID:SRyiW2Fq
つづきを投下させていただきます

0873==第14話==2016/07/11(月) 20:57:22.41ID:SRyiW2Fq

==第14話==

 祝祭の興奮もまだ残る1月の下旬。
ミレポックは、シネマと芸術の都フルベックにいた。
歴史保護局が後援する展示会、《楽園時代の終焉と ルルタ=クーザンクーナ》展のためである。
 ここ数年、歴史保護局では ルルタの『本』の解析に努めてきた。
その成果は絶大で、古代史の定説は大きく書き換えられ、遺跡の発見も相次いだ。そうした研究の初披露の場が、今回の展示会だった。
 全高5メートルという巨大なルルタの『本』には、二千年の歴史と 数万人分の記憶が詰め込まれている。その読み解きは一朝一夕に終わる仕事ではない。50年か、100年か――。これは、それほどの大事業なのだ。
 現在、ルルタの『本』は過去神島にある。
歴史保護局本部の第1展示棟のメインホール中央に据えつけられ、毎日何千人もの人々が この『本』に触れるために この場所を訪れている。
そのため、研究に割ける時間は 閉館後の夜間に限られ、専門司書たちは昼夜逆転の生活を続けながら『本』の解析に当たってきた。彼らの努力がようやく陽の目を見る。
ミレポックにとって、それが何よりの喜びだった。

 ミレポックはこの日、協賛企業への挨拶回りに午前中を費やした。
そして、あわただしく昼食を摂る。メニューは、サンドウィッチとチョコレート、それにコーヒー。移動の車中での食事も、もはや普通のことになっている。
(……なにかあった?)
 コーヒーを飲みながら、彼女は思考をつないだ。
思考の送り先は、過去神島にいる歴史保護局の幹部職員たちだ。ちょうど今、あちらでは朝礼が始まる時間だった。
(いつも通りですよ、理事長。
昨日の見学者は、やや少なめ。嵐で遅れた船がありましたから……。
 迷宮入り口で引っかかったのが1名。
聖浄眼に不穏な色が見えましたので 別室で事情を聴いたところ、先ごろ発掘された神溺教団員の『本』……ええ、そうです。蒼淵呪病の菌の培養にかかわった女です。あの『本』の破壊を考えてました……。
よくある類いのやつです)
(他には?)
(来期また1社、スポンサーが増えそうです。
あとは……、取材や講演の依頼の手紙が十何通か。そんなとこですね)
(そう、ありがとう。では、明日もこの時間に)
 思考を切って、コーヒーを一口すすった。
 つくづく貧乏性だと、ミレポックは思う。
思考共有という能力のせいもあるのだろうが、つい秘書を通さず、何でも自分で片付けてしまう。それではいけないと 自分でも分かっているのだが……。
 そんなことを思っている間にも、車はどんどん目的地に近づいている。
彼女はコーヒーを飲み干して、
「………仕方ないわよね」
 美貌を曇らせつつ、小さくつぶやいた。
 今日はこの後、とびきり厄介な予定が入っているのだ。

0874==第14話==2016/07/11(月) 21:06:58.04ID:SRyiW2Fq

 手始めに雑誌の取材を2件こなす。
若い職業婦人向けの情報誌と、セレブのスキャンダル記事が人気のゴシップ誌という、質問内容のまるでちがう ふたつのインタビューに応じた後、
(いよいよね……)
 彼女はその場所に足を踏み入れた。
 悪夢の時間―― ブロマイド写真の撮影が、今年も彼女を待っていた。

「次は脚を組んでみましょう。そうです、視線はこちらへ!」
 矢継ぎ早にカメラマンの指示が飛ぶ。
ミレポックの額の汗を誰かがタオルで押さえ、ズボンのしわを別の誰かが直している。
床すれすれにしゃがみこんだカメラマンが、かなり低いアングルから彼女を狙い、それに文句を言いかけると、
「いい表情です! 蔑むように見下す視線が素晴らしい!」
 立てつづけにフラッシュが焚かれた。
 彼女は抗議をあきらめて、照明器具やケーブルの間をせわしなく動き回る人々を それとなく見やりながら、
(まるでマネキン人形になった気分だわ)
 自嘲して、ふっ…と笑った。その瞬間、
「いいですねえ、その顔――。
キツい表情もたまりませんが、笑顔のほうも実にいい!」
 カメラマンの声にフラッシュが重なった。

 ミレポックは今、武装司書時代の格好をしている。
グインベクス帝国陸軍の士官服である。
久しぶりに着る軍服だが、これは彼女が持参したものではない。先方が用意していたのだ。ご丁寧なことに、武装司書のエンブレムや細剣、作り物の『本』まで添えられている。
(わざわざこんなものを作っていたなんて……)
 そう思ったが、ちがうという。
「武装司書の皆さんのコスチュームは、この手の撮影じゃあ定番ですよ。
むしろ、あって当然です。ホラ、これとか――」
 そう言って、助手に持ってこさせた雑誌を開いて見せる。
そこではミレポックと同じ格好をしたシネマ女優が、小型掃除機を手に にっこり微笑んでいた。
 隣りのページには 代行がいた。
うさぎのアップリケのついた白いYシャツの胸元を少しはだけて、長い黒髪を紺のリボンで束ねた若い女が、何故か服を着たまま、シャワーを浴びている。ページいっぱいの大きな写真の下には、
    『ライラ社の最新式シャワーバス!
          美と健康は、毎日の入浴から!』。
「……………」
 ミレポックは 頬が引きつるのを感じた……。

 その後も、撮影はつづく。
華やかな夜会用のドレスに着換えたかと思えば、その次は、緑と白の乗馬服姿でムチを手に。次々に衣装を変え、帽子を換え、扇を持ち、パラソルを差し……。
 熱い照明の下、撮影はかれこれ2時間に及んでいた。

0875==第14話==2016/07/11(月) 21:11:30.07ID:SRyiW2Fq

 カメラマンと助手が ひそひそ話をしている。
(ようやく終わりかしら?)
 と、ミレポックは緊張を解きかけたのだが。
「では、次は………ウェディングドレスは如何でしょう?」
「――!  お断りです!」
「そうですかー。残念ですねえ。
では、キャサリロさんが先日着てくれたようなー、薄絹の水着などは?」
「!? ……どうして私がそんな…!!」
「話題作りです。理事長もご存知でしょう?
この世界に必要なのは、センセーション! インパクト! そうすれば新聞や雑誌が勝手に宣伝してくれます。何と無料でね! さあ、是非――」
 純白のウェディングドレスと真っ赤な水着が、眼前に突きつけられる。
期待と興奮に満ちた視線がいくつも突き刺さり、ミレポックに選択を迫ってくる。
(確かにそうだわ。ブロマイドが沢山売れるのなら……)
 潔癖な彼女も、一瞬だけ心が揺れたのだが。
「イヤです! 絶対にお断りです!」
 別の衣装を要求して、撮影は短い休憩に入ることになる。

(………オリビアさん、オリビアさん)
 目を閉じ、こめかみに指を当てて、彼女は思考をつないだ。
(聴こえていますか、オリビアさん!)
(何だい、一体……。こっちは夜中なんだよ。知ってんだろ?)
(撮影中なんです、今。例の…ブロマイドの。
ウェディングドレスや水着だなんて……。どうしてこんな話になってるんですか!)
(はは、いい宣伝になりそうだろ?)
(冗談はやめてください!)

 そう、これはオリビア=リットレットの発案なのだった。
寄付金つきのブロマイドや絵ハガキのための写真撮影。
その利益が 戦災孤児に里親を探したり、職業訓練を受けさせる活動の支援に当てられるとあって、ミレポックも含め、多くの元武装司書が協力していたのだが。
 一昨年より去年。去年より今年。
年を追うごとに過激になっていく撮影衣装が、ミレポックの悩みの種になっていた。

0876==第14話==2016/07/11(月) 21:16:46.27ID:SRyiW2Fq

(水着姿の撮影なんて、信じられません! 破廉恥です!)
(いいだろ、別に。見せたって減るモンじゃなし)
(そういう問題ではありません!)
(どの途、あんたのファンはブロマイドを買うんだよ。
隠し撮りされた ひどい私服のや、パーティでほろ酔いのあんたの写真をね。
それで儲けるのは、闇の業者だけ。他は誰も得しない。だったら、こっちで仕切って、しっかり稼がなくちゃ。あんたも色んなドレスを着るって約束しただろ)
(……それは、オリビアさんが『慈善は淑女のたしなみ』『偉いやつには、相応の義務がついてまわる』っていうから……!)
(そういうわけさ! じゃ、よろしくお願いするよ。
ウェディングドレスや水着はともかく、せいぜい売れそうな格好しとくれよ)
 面白がっているの彼女の様子が、思考とともに伝わってくる。
(そうだね、予行演習だと思えばいいよ。
あんたの結婚もそろそろだろ? ああ、ウェディングドレスこさえるときは言っとくれよ。あたしがとびっきりのを作ってやるから!)
(…!! ………そんな予定、ありませんっ)
(そうかい? 近頃あんた、妙に色っぽいだろ。
女のあたしでもドキッとするくらい。絶対、男ができたと思ったんだけど?
早く紹介しとくれよ。それとも、もうあたしの知ってるやつなのかい?)
(―― 知りません!!)
 慌てて思考を切る。
「ミレポックさん、そろそろよろしいでしょうか?」
「……はい、今 行きます――」
 椅子から立ち上がり、小走りに駆けながら、
(どうして 分かったのかしら……?)
 オリビアの勘の良さに、改めて彼女は驚かされていた。
そう、彼女は先日 婚約をした。まだ両親にさえ報告しておらず、誰にも気づかれていないと思っていたのだが……。
(ふふ、でも婚約者が彼だと分かったら――)
 そのとき、オリビアはどんな顔をするのだろうか。
密かに想いを廻らせて、くすりと笑うミレポック。今日一番の柔らかな微笑えみが、フィルムの中に切り取られていた。

                         ==第14話 おわり==

0877名無しさん@ピンキー2017/03/29(水) 17:45:28.59ID:lDHkiF9V
婚約者どーなったのか気になる

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