いい加減暇だから、小説書いてみた。
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0001...φ(・ω・`c⌒っ2010/10/30(土) 23:15:55ID:A1GKdA8r
ツンデレ、書いてみた。
できれば批評して欲しい。
0034 ◆zeBlsFcand8U 2012/06/01(金) 18:23:51.84ID:2jnNWOSk
小説 ジャンル/カルトホラー・アブノーマル・エロス
タイトル無し 

小さい頃、お化けなんていないと言っていた。
所謂、怖がりの精一杯の虚勢というやつだ。見栄っ張り。
その性格が俺を周囲から遠ざけた。疲れるやつの相手はしない。賢いやり方だ。
俺は、期待と現実のギャップを受け入れられずに、内向的になっていった気がする。


大学に進学し、一年を三回やった。
ようやく進級出来ることになった時、郷里の両親が大学に呼び出された。
「一年を三回やるような人はとてもではないが在学期間中に卒業はできない」
大学学長は、自主退学を両親に薦めた。
或いは、休学して、勉学に本腰が入れられる精神状態になるまで休め、と。
理由は簡単だ。私が講義を自主欠席ばかりしていたからだ。
大学に通ったことのある人なら、少なからず憶えがあるかもしれない。
サークル等の出席率は高いが、講義時間にすらバイトを入れている人。
私もこれだった。

大学では友達を作りたいという思いが、持ち前のコミュニケーション下手で不審に終わり。
ちょうど仕送りが少ないのではじめたバイトに逃げ込んだ。
大学に通いながら、二つのバイトを掛け持ちして、21万程稼いでいた。
食費は、スーパーのバイトで、廃棄の惣菜や弁当をもらっていたのでゼロ。
金は主に遊びに消えた。金を使えば、仕事中の人は興味をもってくれる。
パソコン系のサークルでは、どのパーツを買ったとか、どのゲームをやったとか
金で解決できる話題が主だったので、ゲームにものめり込んでいた。
0035 ◆zeBlsFcand8U 2012/06/01(金) 18:24:39.84ID:2jnNWOSk
両親は私の試験結果を見て愕然としていた。悪くはなかったのだ。
規定があるから、棒線一本で評価がつかない科目が多いが。
出席日数さえ足りていれば、可ないし良はついていたものが殆どだ。
父は激怒した。
「講義に出ずに、テキストだけ読み込んでこれなら。
 きちんと出席していたら、どれだけの事が出来たんだ。
 俺は不真面目なやつのために、大枚はたいているわけではない」
父は退学させる気でいた。
母は甘かった。休学にしましょう、と父を説得していた。
休学中、東京の親戚を頼って母も上京し、どうにか立ち直らせてみせる、と。
休学でも、少しは金がかかるので、激怒した父は金は出さんと言った。
学長は、とりあえず、学内カウンセラーに診てもらうのが一番だ、と言った。
母は、母方の親戚に頼み込んで、休学中の費用を借りた。
責任として、その頼み込む場についていき、最終的には土下座する母の背中を見た。
私は、この時に固く決意した。オタク卒業します。

母の訪問前に、私はオタクグッズの処分に乗り出した。
一部を譲渡することを条件に、サークル仲間に手伝ってもらい。
積み上がったエロゲーの山を中古買取に出した。エロ本や、漫画等も同様に処した。
フィギュアやガレキは、どうしても手放せなかった山本五十六を除き、
ワンフェスや他の即売会で知り合った仲間に引き取ってもらった。
自主改造品が大半だったので、店に下取りしてもらうのは難しかったのだ。
特典などの細々したものは、アニメグッズショップで買い取ってもらった。
一連の処分の間何度も思いとどまろうとした。
だが、その度に私の見栄っ張りが私を助けた。
両親に、毎日エロゲーやってオナニーばかりしている生活だったことを、悟られたくない。
0036 ◆zeBlsFcand8U 2012/06/01(金) 18:26:24.34ID:2jnNWOSk
すっきりした部屋を見て、オタクでなくなった自分の価値を知った。
パソコン一台と着替えが少々。後はベッドが一つ。本棚はテキストが横倒しに倒れている。
たった一列すらも実用書で埋まってはいない本棚を見て、涙が出た。
ポスターをはがした後に残るテープの粘着剤の痕。
こんな薄っぺらいのが、私の三年間だったのかとおもって、その日は咽び泣いた。
あんなに、楽しかったのに、気づくと空虚だ。

カウンセラーとの面談を進めていく中で、
前述のような、見栄っ張りな性格が解き明かされていった。
他の人に認めてほしい、という渇望が度が過ぎていたと理解した。
だが、会話下手な私には、上手く交友関係を築く事が出来ない。
抑圧を受けた性格が、他に代用を求め、人生を狂わせていったのだ。
特に、上京する際に、地元の数少ない友達とも疎遠になったのが、
大幅に道を間違える原因になっただろうと、カウンセラーは締め括った。

地元の友達の中で、一番仲が良かった者に久しぶりに連絡した。
全然連絡を寄越さないで心配させるなと怒られた。元気かと言われた。
喪失感の最中、連絡先の伝達すら忘れていた事に気がついた。
私にとっての上京とは、混乱だったのだ。孤独にもなる筈だ。
地元の交友関係も、どちらかといえばオタクだった。
私は近況として、オタクを卒業したといった。
すると向こうは、浪人して近場の大学受ける予定だったが。
バイト先で正社員に来ないかと誘われ、結局高卒就職して、
どっぷりオタク趣味を満喫していると言った。少し羨ましかった。
勿論正社員に誘ってくれるほどに、彼が勝ち得た信頼だ。

【初回更新はここまで】
0037 ◆zeBlsFcand8U 2012/06/02(土) 16:16:56.49ID:2CfhPHRB
サークルを退会して、私の身辺整理は一区切りがついた。
私は、学校にいく楽しみをつくるようにカウンセラーに言われていた。
丁度新歓の時期が近づいていた。
私は、大学に残る意思を固めて、提出を求められていた感想文を学長に渡した。
その場で、学長は静かにそれを読んで、少ししんみりとした。
「休学中、君が部活動やサークル活動に励むのは黙認しよう。
 ちょっと思い出したよ。私も上京組でね。そうだな。寂しかったよ。
 たまに顔を出しなさい。忙しいが数分なら悩みを聞くから」

いきなりまともな部活動を探そうというのも難しい話だ。
新歓に参加し、興味を持ったいくつかの部活もあったのだが、迷惑そうにされた。
留年ばかりしていると、顔見知りは多く、あいつはヤバい奴だと見做されるのだ。
途方に暮れている時、私の肩を叩く人がいた。

「君、武道に興味ない?」武道錬成部と大きく筆の文字が踊るチラシ。
高梨と名乗った相手は、身長がやたら高い。
私の許容量を超えて喋りまくった。三年らしい。
普通の会話でも結構厳しいが、彼は凄く声が大きい上に早口だった。
私が答えられずにいると、体格の良いのが左右を固め、背後には女子がついた。四面楚歌。
女子に背中を押され
「はいはいどいてどいて」
高梨が先導して私は実にスムーズに拉致された。
0038 ◆zeBlsFcand8U 2012/06/02(土) 16:18:36.16ID:2CfhPHRB
各部活やサークルの出し物の端っこの地味なテーブルに連れて行かれ。説明を受ける。
潰れたのと潰れかけの武道系団体が合併してできた部。
単独だと、どうしても学内の施設を借りにくいので、協力して借りやすいようにしたそうだ。
理解のある武道団体を除き、団体への登録を認めてもらえなかったそうで。
大会やら対外試合といったものには、あまり積極的には取り組めない。
本気の部員は、道場との掛け持ちしてこちらは気楽にやっているという。
ちょっとかじりたい程度から入部OKと敷居も低いそうだ。
これは良いなと思った。
K1とかは苦手だが、剣道とかには興味を持った時期もある。
脈ありと見られたらしく。
それぞれの部活が持っていた備品があるから、あれこれやるのもOKと畳み掛けられる。
ダイエットにもなるよと、女子が言った。
この頃私の体重は136kgあった。痩せていた頃しょうゆ顔だった私の顔は無残な有様だ。
運動系の部活はつらそうだとかいう偏見があったが、それも含めて断る理由が虱潰しにされた。
入らない手はないと、その場で入部届を書いた。

辛くないと思っていたら、そんなことは無かった。
デブ症で出不精。体も硬い私は単なるストレッチから悲鳴を上げた。
高梨さんは自分の鍛錬の最中にちょくちょく気をつかってくれて。
股を割ったりなんなりと、硬い私の体を解すために手を貸してくれた。
ちょっとしたことで悲鳴を上げる私を煩く思う人も多かったようだが。
練習日は欠かさずでようと決めて実行していると、少し話せる理解者が出てきた。
もう、あの虚しい日々には戻れない。今のところ、これしかない。
一ヶ月くらいすると120度が限界だった開脚が140度は楽になり、無理すれば150度までいけた。
つま先につかなかった指先が、腹がつかえて痛むがどうにかつくようになった。
それをみた高梨さんが、頑張ったねと言いながら。
廃棄処分する予定だった自転車タイプのトレーニングマシンを御褒美としてくれると言った。
部費で処分するよりは、押し付けた方が良いという理由だったらしいが、私はそうとは知らずに喜んだ。
0039 ◆zeBlsFcand8U 2012/06/02(土) 16:20:06.38ID:2CfhPHRB
我が家にトレーニングマシンが届いた。
私は訓練を少しでも楽しくするために、巨乳グラドルの等身大ポスターをその前に貼りだした。
二次元オタクというものが、三次元に興味がないとするむきもあるが、それは違う。
三次元に否定されて、二次元に逃げ込んだのが大半で、私もそうだった。
とにかく必死にこなした。膝を痛めるといけないからとランニングをメニューから外されていた分。
自宅の中で、のろのろでも少しづつこのマシーンで訓練をした。
最初の一ヶ月が過ぎた頃、我が家にあった100kgまで計測可能の体重計に99.7という表示が出た。
びっくりして、大学構内の保健室にいって計らせてもらうと101kgだった。
これを高梨部長に報告するなり、ダイエット一ヶ月成功祝いとしてコンパが開かれた。
私のことを煙たがっていた部員すら、おめでとうとジュースを注ぎにきてくれた。
凄くストレートに、こんなヤツはすぐ来なくなると思って賭けてたんだよという人もいた。
二ヶ月目、私の体重は82kgになっていた。
体がものすごく軽く感じて、ランニングも息が上がるのは早いが速度はかなりだった。
息が上がりにくい自宅ではかなりトレーニングマシンの走行距離を稼げるようになった。
もっとも表示が30kmとかでていても、計測機能は故障しているらしいから、実際の距離は不明。

段々、体を動かす楽しさを憶えた頃。親父から唐突に電話が来た。
「どうだ、辞める決心はついたか」
からはじまって、大学を辞めろと何度も言われた。
母さんをこれ以上困らせるな。どうせお前はまた行かないんだ、と。
それを何度も否定していると、唐突に電話がガチャッと切れた。
母は、これを土日に我が家に来た時に聞くなり、ちょっと実家に行ってくると憤慨して出ていった。
それっきり、アパートに母が来ることはなかった。
その夜に親父から電話が入った。
「俺が昔居合やってた頃の道具が納屋にあった。
 ちょうどいいゴミ捨て場があるなら放り込むつもりなんだが、どこかいいところ知らないか」
「僕の家の玄関の扉が涎垂らして待ってるよ、パパ」
「ガチャッ」
0040 ◆zeBlsFcand8U 2012/06/02(土) 16:23:29.01ID:2CfhPHRB
居合道具がこの四日後には一式届いた。
名義を変更しないとまずい書類などもあって。どうすれば良いのか箇条書きで書いてあった。
刀剣の手入れの仕方などの、真新しい本と共に、真新しい稽古着が一着。
お古で良かったのに、私は泣いた。
母からは、もう大丈夫そうだから、お父さんの所にいるね、と電話で告げられた。

道具はあっても師匠なし。
取り敢えず大学で稽古着を着るようになると、剣道をやっている部員からよく声がかかるようになった。
居合をやってみたいと告げると、誰もやってないという残念な答えが返ってきたが。
それなら、形をやってみたらどうかと言われ、日本剣道形を一緒にやるようになった。
相変わらずそれ以外は基礎的な鍛錬だった。
ついに4ヶ月目に、私は179cm68kgという体型に大改造された。
皮膚のたるみや肉割れの跡が酷かったが、部員全員から本気で祝福してもらった。
これが、私の転機となった。
私の見栄っ張りは、自身のなさの裏返しなのだとカウンセラーが言った。
しかし、大きなダイエットをやり遂げた事で、今が転機になっているとも。
復学を考える時期が来たのよ、と言われたと写真とともに親父にメールをしてみた。
「お前の為に学費を出すなんて反吐が出る」
という返信があった後、口座に学費が振り込まれ。止まっていた仕送りが再開された。

バイト先でも、評価が著しく変わった。あいつはいつものろまだと言われていた。
パソコンが得意なので、どうにか置いてもらっていたのだが。
巨体を支えていた筋量が残ったまま大幅減量に成功した体は軽く。
客前に出ても見苦しくないからか、他にも色々任され、時給もあげてもらえた。
0041 ◆zeBlsFcand8U 2012/06/02(土) 16:25:53.35ID:2CfhPHRB
夏を乗り切り、後期から復学した。後期は地獄のスケジュールだった。
スムーズに進級するために、最低限必要だと指示された単位を確保するため補講が多く。
バイトを削りながら臨んだが、幸い浪費がなくなった事でバイトを削っても問題はなかった。
私は優や良の多い結果を手にして、学長に更生を祝ってもらい。三年になることができた。

学内での私の扱いは大分変わった。口下手だがけっこうやる奴と見做されていた。
特に、恐ろしい勢いでダイエットを成功させ、体重を67kg前後で維持している辺りが魅力。
ダイエットの秘訣を知りたいと女子が近づいてくる事も多く。経験値を貯める機会に恵まれた。
自分に自信がないから見栄っ張りになっていたというのは本当だった。
自信がついて、変な見栄を張ろうとしなくなると、不思議と口下手なりに喋れた。

三年の6月。梅雨に入ってじめじめとしていた。
朝練の為に早く道場に来た私は、まだ誰も来ていない暗い道場を見渡して更衣室に入った。
開けて、中を見て、おっぱい丸出しの女子がいたので、その場で硬直した。
向こうは挨拶を使用と開いた口から、代わりに悲鳴を上げた。
ばたんと扉を閉めて、更衣室の扉の前のプレートが男子であることを確認する。
痴漢と連呼する中に男子更衣室だといっても、錯乱状態の相手は理解してくれない。
やがて悲鳴を聞きつけて正義感あふれる他部の部員達が武道場に乗り込んできた。
ああ、終わりだ、と思いながらも私は男子更衣室と書いてあるプレートを指さした。
変態めといった対応になってもおかしくないと思ったが、そうはならなかった。

「謝りませんから」
七条伽夜と名乗った相手は、稽古着に身を包んだ姿で居直った。
他部の面々は、災難だとは思うが、男子更衣室を使っていたのがまずいと言った。
私は、よくよく考えて整理し
「申し訳ない」
謝った。こっちは眼福、向こうは見せ損なのだ。こうするのが一番のように思えた。
赤い顔をした伽夜はふいと顔を背けた。不謹慎にもとても素敵だと思った。
他の部員達もやってきて、どうしたのと聞くと、伽夜はなんでもありませんと言った。

【第二回更新ここまで】
0042 ◆zeBlsFcand8U 2012/06/02(土) 17:26:12.77ID:2CfhPHRB
その日の練習には余り身が入らなかった。
黙想が多かったのは、立ち上がるとまずい種類の、生理現象対策の為だ。
伽夜の周りにはすぐに人だかりが出来ていた。概ね男子。これには助けられた。
黒髪に黒目で、化粧っ気も薄いのに美人。それに稽古着の胸元は結構膨らんでいる。
既に他をライバル視している状態の奴も多く、漂う不穏な空気。
伽夜が迷惑そうにしていたので、一度は高梨さんが解散させたが、
結局、入れ替わり立ち代わり、ひっきりなしに誰か男子がついていた。
一方、黙々と黙想をしていた私はといえば、女子部員からの評価が何故か上がったような気がした。
おそらく気のせいではなく、こちらをとあちらをみながら、表情が変わるのでまず間違いない。
その私が、いの一番に伽夜に魅了されていたわけである。世の中なんとも滑稽だ。

伽夜はスポーツチャンバラで小太刀二振り扱うのだそうだ。
うちの大学ではスポーツチャンバラをやっている人間など聞いた事も無かった。
それで、近からず遠からずの剣道をやりに、この部に遅れて入部したとのことだ。
歓迎会の時の自己紹介の後、やはり男子が伽夜を取り巻いていた。
私は黙々とウィスキーを空け、飲み放題パック料金の元を取る作業に従事していたと思う。
コミュニケーション下手で輪に入らないところは、あまり変わってはおらず。
特に意中になりかけの異性を囲む輪に飛び込んだら、あがり症の虫が疼きそうだ。
時折カラオケステージが空いていると、気まぐれ、楽曲リストを開き。
Top of the world やsingといったフォークから、一転して、鈴木雅之を歌い。
カウンター席の60代超えのマダムからのリクエストに答え、カクテル「ラブコール」などをご馳走になっていた。
アニソンを心ゆくまで歌いたい。


伽夜が真っ先に懐いた男子は高梨さんだ。その光景は兄妹のように微笑ましかった。
高梨さんも私と同じで伽夜に纏わりつかず。来れば拒まずに相手をしていた。少し羨ましかったが不思議と嫉みはなかった。
暫くして、高梨さんが伽夜に交際を申し込んだらしいが、伽夜はきっぱりとこれを断ったそうだ。
高梨さんがヤケ酒を煽る席で、そういえば伽夜が結構お前のこと気にしてたぞと言った。
「まさか」
この一言で笑い飛ばすと、他の面々もそうだそうだと言った。
裸を見られた相手がどんな人物か位気にするのは当たり前だと思う。
0043 ◆zeBlsFcand8U 2012/06/02(土) 17:28:45.56ID:2CfhPHRB
8月上旬。前期の単位は全て良以上で取れていたので母が二万程口座に振り込んでくれていた。
それを送り返しても、浪費がなくなった私の口座には三十万弱の預金があった。
合宿の話が出た時は、肉割れの残る気持ち悪い体を見られたくないので断ったのだが。
幹事をやっている田ノ上が、十人以上になると割り引きが大きくなると懇願してきたので。
参加者の一覧を聞いて、行くことにした。
伽夜がいたのだ。いなければやっぱり断っていただろう。
私は、基本伽夜に纏わり付きはしなかったが、目で追う事は多かった。
余り迷惑をかけまいと、意識して視線を逸らすようには、心がけていたものの。
実直な性格で、さっぱりした性格で、やっかみもすくなく女子受けが良い所が凄く気に入っていた。
容姿が素敵なのは言うまでもないが、鼻にかけない、媚びない、品があると。
洒落た話が出来れば声をかけにいっていたが、自分が参加できる話題の時にも気後れしていた。
合宿中に彼女が交際相手を決めてしまったら、きっと後悔するような気がした。
駄目なら駄目で、駄目になる前に当って砕けたい。

場所はとある島。田ノ上の実家があるそうだ。
田ノ上という名前にしては珍しく、彼の実家は神主の一族らしい。
自慢話を聞く限り。島唯一の神社ではあるが
さして観光地として人気があるわけではなさそうだった。

フェリーで近くの島まで行ってから、人口の少ない島々を巡る連絡船に乗り換えた。
この最中、伽夜が船酔いで他の乗客に吐きかけそうになるというトラブルに見舞われたが、
咄嗟にベストを脱いだ私がそれを伽夜の口元にかざして防いだ。
オタクをやっている時に、女の子にゲロを吐かせる本を売っていた人がいたなと思い出し。
彼ならこのベストをどうするのだろう、と思いながら、船員さんに捨ててくれと預けた。
女子で180cm超の身長を誇る、喜納さんと左右から抱え、伽夜を船室まで運んだ。
0044 ◆zeBlsFcand8U 2012/06/02(土) 17:30:32.51ID:2CfhPHRB
島につくと、白い布に○○大学武錬部ご一行様歓迎という幟を翻す一団がいた。
自己紹介する彼らが田ノ上と名乗ったので、少しびっくりした。
てっきり民宿か何かに連れて行かれるとおもいきや。
連れて行かれたのは、島で唯一の学校だった場所だ。
今は役場の管理の元、たまーに来る観光客向けに、体裁ばかりの宿泊施設として提供されるとのこと。
個室はないわけではないが、元科学準備室とかのプレートが掛かっていた。
人体標本とかが並んでいる場所で安眠しろというのは些か無理ではなかろうか。

私は、高梨さんと、田ノ上と共に、一年A組の住人となった。
その隣が二年A組というのは如何なものかと思う。
人口過小の島の現実というものをLED越しに見る事はあったが、
現実として直面するとその侘しさは生半可ではない。
コルクボードに貼りだされたままの、廃校となる直前の生徒たちが描いた絵が黄ばんでいた。

この宿舎、冷房はなかったが非常に快適だった。
島の村よりかなり高い場所にあって、学校だっただけに開放感のあるつくり。
窓という窓を開けると、海からの潮風が絶え間なく肌を撫でて、暑さを連れて行く。
潮焼けはたまらないが、熱射に苦しむよりはかなり良い。
そも、運動系の部活動なのだから、夏のちょっと苦しい環境はお誂え向きだ。
体育館も南の方の島ならではの風通しを考えたつくりで、意外にも過しやすい。
ただ、体育館を周回するランニングだけは、凄くきつかった。
いつもは、声出せ声ー声出せ声出せと掛け声かける高梨さんも寡黙だ。
「体育館の影ー 声出せ声 声出せ」「もうやだ! もうやだ!」
体育館の影に入る度にこんな具合に口を開くが日の当たる場所に出た途端黙る。
男子のこんな姿を見ながら、早々と体育館内で走り込みすると逃げた女子は笑っていた。

【第三回更新分終わり】
0045 ◆zeBlsFcand8U 2012/06/02(土) 22:35:08.69ID:2CfhPHRB
私のように、未だ道場も決めていない、ライトな者を除き。
所属道場で参加する大会が決まっていた者が多く。
追い込みをかける人達の掛け声は、朝昼三時間づつきっちりと体育館に響き渡った。
私は、体を作る運動は他よりもしっかりと取り組んで肉体に悲鳴をあげさせたが。
その他は、剣道形の他に、ネットで調べてプリントアウトした他流派の形なぞに取り組んでいただけ。
一人、隅の方で黙々と窓硝子に映した自分を見ながら、そればかりやっていた。
そんな私に、不意に声がかかった。
「せんぱーい。ちょっと、良いですか?」
余り話したことの無い後輩。その後ろには伽夜もいる。
「何だ?」
「何をやってるのかなーって」
「形だ」
「いや、それは分かるんですけど。前にやってたのと違うなって……伽夜が」
「剣道形の他に他の形もはじめた」
「へえー、どこか入門でもなさったんですか?」
「インターネット直伝だ」
「インターネット…直伝…ぷっ ご、ごめなさあっはっはっは」
愛嬌のある顔がたちまち笑みに彩られた。
練習に励んでいた田ノ上や高梨さんがその手を止めた。
「本格的にはなさらないんですか?」
伽夜だった。独特な得物に稽古着という姿。
「どれをやろうか悩んでいる」
「宜しかったら、スポーツチャンバラなさいませんか?」
「え?」
はいタッチ、とばかりに会話する相手が入れ替わる。
ぽんと、伽夜の背中を叩いて、もう一人が行ってしまった。
途端に緊張感が走る。普通の相手と普通に会話するのは良いのだが。
心の中に占める割合の高い相手とのタイマンはまだ厳しい。
0046 ◆zeBlsFcand8U 2012/06/02(土) 22:36:38.68ID:2CfhPHRB
「あ、あぁ。いや、しかし」
「無理にとは申しません。もし宜しかったら」
本音を言えば直ぐに頷きたかった。
未だ残る劣等感が、実に十年近く振りの三次元での恋を、下心のように下卑たものと感じさせた。
そんな迷いが機会を逃させてしまった。後悔が募ったが致し方のないことだ。
ふいっと向きを変えて行ってしまう伽夜の背中を見送って、私はもとのように形をはじめた。
心此処に非ずの酷い出来栄えだった。

合宿は四日目までまたたく間にすぎていった。
稽古着から覗く素肌の部分は浅く日焼けしてヒリヒリする。
五日目から七日目までは、朝練以外は自由行動が多い。
島唯一の遊泳可能な浜辺にいくと、沖合に流されないためのブイが浮いていた。
私は水着に着替えていたが、海に入ることはなかった。
考えても見て欲しい、デブは浮力が強い。その泳法は持ち前の浮力、脂肪頼りだ。
それに長い間慣れた後で、スリムに変身を遂げたのだ。泳げなくなっても仕方ないではないか。
まあもっとも、ビキニに着替えた伽夜を一目見た時から、私の体の一部の血の巡りがフィーバー。
立ち上がる事も出来ない状態であったので、泳げない事は素晴らしい誘いを断る理由となった。
ただ、伽夜の周りに男子が群がるのを見るだけというのは、少々寂しいものもあった。
パラソルの下を定位置とした私の横に、高梨さんが来た。
0047 ◆zeBlsFcand8U 2012/06/02(土) 22:44:21.95ID:2CfhPHRB
「伽夜ちゃん凄いな。いやあ、凄い」
高梨さんは私の彼女に対する視線が恋するものだと見ぬいたのかもしれない。
伽夜を見る目が此方に向けられると、揶揄するようににやりと笑う。
私は、目を即座に逸らしてしまった。
「グラビアアイドルに直ぐにでもなれるんじゃないか。
 ああいう娘と付き合えたら幸せなんだろうな。まあ、俺は振られたけど」
「あの性格が他に代え難いです。媚びないから一層素敵になる」
「…そのまんっま言えばいいのに…。あの、さ。お前。結構脈あると思うぜ?」
「まさか…見て下さいよ。この太腿の筋。肉割れの痕です。こんな醜いの相手にされません」
「ネガティブだなあ。いいじゃないかそれ。厳しいダイエット乗り切った勲章だろ」
「そうですかね」
「そういや、誘われたんだって?スポチャン。やってみたら?」
「ええ」
「それって、興味あるって事じゃないか。一緒に過ごす時間増やしたいんだよ。
 部に二人しかやってる奴いなけりゃ、自然とお前が一緒にいられるんだぞ?最高じゃないか
 そいや…フェリーのあれ、カッコ良かったぞ」
「あれ?」
「ほら、ゲロ。中々あそこまではできないよ。今なんか心底惚れぬいてるんだなって見え見え過ぎ」
俺は赤くなった。高梨さんは凄くかっこいい人だ。年下だけど、凄く尊敬している。
その人に評価されると、照れる。熱い。顔が熱い。耳まできた。
「お前さ、割りと純粋だよ。似合うんじゃないかと思うんだがなあ」
「止めて下さい。私は」
「なんか手のかかる弟みたいな奴だよ。さーってと、体育座りしたほうがいいぞ。
 でっかいなあ」
最後に真っ赤になるアドバイスを残して高梨さんは伽夜の元に走っていった。
ビーチバレーが始まった。私は益々立ち上がれなくなった。
水着のズレを何度もなおす伽夜は素敵を通り越して無敵。
0048 ◆zeBlsFcand8U 2012/06/02(土) 22:47:32.71ID:2CfhPHRB
合宿や修学旅行の華といえば夜の怪談話だ。
それと、メンツにもよるが、覗きもある。
この宿舎に風呂は無く、昔民宿をしていたという家の風呂を借りていた。
そういうわけで後者は企む者が出てもどうにか回避された。
だが、前者は実行された。
本当に嫌がった者を除いて六名が集い、怪談話がはじまった。
都市伝説中の聞いたことのある話が四つ続いた。
ネット徘徊癖で変な話には精通した私は、怖がれもしなかった。
伽夜はある寺の話をした。

『御父様から聞いた話です。
 その寺は、辿り着く道がないにポツンと建っているのだとか。
 時折遭難した方がたどり着いては、縋るようにお祈りなさるんですって。
 「私は遭難者なんです。仏様、どうか無事に下山できますように!」
 一生懸命なお祈りに
 「そうなんじゃー」
 と本堂の奥から返事が返って来るとか。
 不思議とこの寺に辿り着いた人は、ちゃんと下山出来るんですって』
静まり返る四名、一人、腹を押さえて笑い出した。私だ。愛想笑いが私の大笑いの後に続いた。

ひーひー言いながら、どうにか息を整えた。私の番になっていた。
『島に来るというので、島の怖い話を、来る前に調べてきた。
 昔、流刑っていう刑罰があったって知っているだろう。
 えんとうって聞いたことはあるのではないかな。遠いに島と書く。
 比較的本州に近い小さな島というのは、昔は流刑地にされていたことが多かったそうだ。
 群島だと、どれかが看守やその家族が暮らす島で、そこを基地に、他の流刑の島を監視していた。
0049 ◆zeBlsFcand8U 2012/06/02(土) 23:00:48.92ID:2CfhPHRB
 ところが、維新やらで世情が混乱すると、流刑地の事は後回しにされた。
 干物や工芸品を納品して、食料を持ち帰る船が、明治政府軍によってものだけ奪われ。
 帰りの船には、食料などは積み込まれなかった。それどころか船すら返ってこなかった。
 塩と魚があればどうにか暮らせるだろうが、心の方は限度がある。
 米や味噌や醤油等の配給が途絶え、罪人達は身に憶えがあるだけに恐怖した。俺たちを殺すつもりかと。
 看守は、罪人より圧倒的に数が少なく。本土の支援を失った事がばれると事が起こった。
 ついに反乱じみた事が起こり、流刑の島から、畑を持っていた看守の島へ幾艘もの筏が着いた。
 夜半、火の手があがり、看守達は武器を手にしたが、最悪なことに武器庫が暴かれた。
 火薬や何丁もの鉄砲を手にした罪人達は、看守達を殺してはさらに武器を奪った。
 男は全員殺され、女は罪人達のものとなった。
 暫くして、この反乱があったと気づかずに、明治政府の船が来た。
 罪人達は、自分達を見過ごすならば、これからも干物と工芸品を献上すると言った。
 看守の妻達は、どうか助けてくれ、仇をとってくれと懇願した。
 このあたりを平らげる事を命じられていた役人は、その仕事を早く終える為に、見逃すことにした。
 要は、支配者が入れ替わっただけだ。年貢、税さえ払えるなら問題はないと決めた。
 このことが発覚したのは罪人の殆どがその刑期を終えた後。
 明治政府は、自分たちの反乱の後世からの評価を高める為に腐心していたので、結局握りつぶした。
 かくして、無法の島が明治政府の成立前後に多数生まれたが、今では知る人もなし。
 こうした反乱の起きた島には、大抵どこかにその子孫が築いた、女たちを祀る社があるらしい。
 割りと、出る、と有名な場所が多いそうだよ。男は、とても危ないとさ』

これも都市伝説だ。女性の前で言うにはまずいかと思ったのだが。
意外と受けが良かった。この島はどうなんだろうと高梨さんが言うと田ノ上が眉を潜めた。
「そういう差別的な話は好きじゃねーな」
「気を悪くして済まなかった。別にこの島をどうこう言う気はない」
「お前はいつも他人を見下しているんだよ。俺の事も犯罪者の子孫だと思っているんじゃないかあ」
田ノ上が妙につっかかってきた。高梨さんがその位にしておけと言った。

【第四回更新分終わり】
0050 ◆zeBlsFcand8U 2012/06/02(土) 23:56:50.79ID:2CfhPHRB
ここまでの登場人物まとめ

小浦久信 ─ 主人公の一人。元エロゲオタ。二留男。
         物語冒頭、見栄を張る為、長いオタ生活から脱する。
         変人と自認し、ややネガティブさを残す。

高梨義秋 ─ 主人公の一人。武道錬成部部長。
         オタを脱して生き甲斐を失った久信を入部させる。
         面倒見が良い性格で、距離感を見誤らない二枚目。

七条伽夜 ─ ヒロインの一人。
         競技人口の少ないスポーツチャンバラを好む。
         才色兼備で女性受けの良いこざっぱりした性格。
         上品な立ち振る舞いが板につき、躾の良さをうかがわせる。
         男運が最悪で、男を見る目もない苦労人。

喜納撫子 ─ 武道錬成部きっての猛将。
         180cm級の体格で打ち下ろす竹刀は凶器。
         男子からはよくからかわれ、試合でお灸を据えることがあり。
         ついたあだ名がメールキラー。尚、童顔である。
         剣道二段、空手初段、柔道初段。
0051...φ(・ω・`c⌒っ2012/06/03(日) 13:19:09.74ID:eQ7DXZFx
hage
0052 ◆l1/uELlGWRZW 2012/06/03(日) 18:28:57.56ID:SB1pjY8y
翌日は島の観光がてら村を回った。
田ノ上は実家に顔を出すと言って朝方出ていったっきりだ。
田ノ上、または田之上、田上の表札が出てる家が大半だ。この島は田ノ上一族がかなり強いようだ。
島には珍しい苗字だということに気がついた。
こういう名前は田園が多い場所で生まれたものだが、ここは漁業の島だ。
田ノ上というからには田んぼより上に住んでいるとかいった具合でつけられた名のはず。
島の中心部にかけて山が聳えて、田畑は段々畑がほんの少々、家庭菜園程度を見かけただけだ。
他に島村や島崎と、島のつく苗字もあったが、少数派だった。
私は、高梨さんと高梨さんにくっついて歩く伽夜と一緒に歩きながら、色々な家を訪ねて歩いた。
昼は、食って行きなさい、といったご老人の家で物凄く匂う干物を食べた。
臭気はともかく、味は絶品だった。
「あんた食べ方堂にいってるね。
 背筋がピンと張ってるし、箸の使い方もんまあ綺麗じゃないかい。
 あたしがあと40わかけりゃほうっとかないんだけどねえ。うぇっへっへ」
どういうわけか、私は60代以上にはモテた。
足取りは確かだが、見るからに80は超えてそうな方だった。

夕方になり、田ノ上が肝試しをやろうと言い出した。
合宿といえば定番だし、皆賛成した。手回しがよくコースは選定済み。
絶対に嫌だと怖がる三人が辞退して参加者は七名。
はずれは一人でコースを巡る最恐コース。
仕事を終えた駐在さんがついてくれるという心強い援軍もいた。
田ノ上は手回しよく箱を用意してきて、籤になった。
順繰りと引いていき、私の番になる。底をあさってみると、紙がひとつしかない気がした。
引いたのは7。最恐コースだ。右隣の高梨さんが憮然としていた。
次に田ノ上自身が引いた。2だ。最後に伽夜が引いた。1だ。
「籤、俺が引いた時は籤が二つしかなかったぞ」
高梨さんが言うと、田ノ上はにっこりと笑った。
「そんなわけないじゃないっすか。一つだけだったか?小浦」
俺に問う田ノ上。俺は首を振った。
「さあ、気にしてなかった」
0053 ◆l1/uELlGWRZW 2012/06/03(日) 18:31:36.53ID:SB1pjY8y
田ノ上もしつこく伽夜につきまとっている一人だ。
案外実家に行っていたのもこういう下準備をするためかもしれない。
自室にこもり。袖にでも隠した番号札を箱から札をとるように見せかけ、
仕込む練習をしている様を想像すると、なかなかの面白さだ。
出発前に田ノ上に地図を渡されてそれを読み込んでいる際。
高梨さんが横に来た。
「おい、あれでいいのか」
「告白でもする気なんでしょう」
「お前…本当にわかってないのか?伽夜ちゃんな…」
大学生にもなって、やっていい事と悪い事の区別がつかない奴はそういない。
伽夜を見ると、高梨さんとのペアになった喜納に番号を交換して欲しい、と相談している所だ。
そこに田ノ上がいって、ズルはダメと言った。少し不安はある。
カチンと来たらしい高梨さんが、ズルはお前だと言うが、田ノ上はどこ吹く風だ。
伽夜が困ったように俯き、ちらりとこっちを見た。
今からでも辞退すれば、と高梨さんにアドバイスされていたが、結局行くことにしたらしい。

12、34、56、7という順に十分置きに市場の前から出発することになった。
コースは島を半周。ほぼ反対側にある廃村となった隣村から一度表参道に入り。
神社を経由して、その裏参道から、遊歩道をたどって村に戻る。
駐在さんが、自分の携帯番号を教えてくれた。
何かあったらすぐに連絡すれば、ご自慢の足で自転車をかっ飛ばすそうだ。
危険な動物とかは、海中に毒のある魚がいるくらいだから、問題ないとか。

午後七時半。俺の番。駐在さんが「GO」と言った。
ヘッドバンドつきの懐中電灯と、ベルトつきの懐中電灯の二つで前後を照らす。
こういう島でもたまに夜中に車を出す人がいるから両方つけておいたほうがいいそうだ。
私達が肝試しをやることは島の皆が知っているので、危ない事はないとか。
それでも最後尾ということで、念には念を入れた。冒頭に書いたが私は怖がりだ。
0054 ◆l1/uELlGWRZW 2012/06/03(日) 18:38:13.81ID:SB1pjY8y
左側から、潮騒が聞こえる。村はずれからは、かなり不気味な雰囲気が漂っていた。
私は早足だったと思う。前の組のライトの灯りが見えるまでは急ごうとしていた。
しかし、十分という間隔はなかなかそれを許しはしない。
風が首筋を撫でる度にぞくっとして後ろを振り向いた。
廃村について、私の恐怖はいや増しに増した。
左側に小さな漁港。右側に立ち並ぶ建物の列。
一つ一つの窓を照らし、顔が見えないかとかいった妄想をこみ上げさせながら、よせば良いのに確認をする。
恐怖を紛らわすために、頻繁にペットボトルを口にして、立ちションをするはめになった。

携帯ラジオのスイッチを入れ忘れていたのに気がついたのはこの頃だ。
ザァァァァ。雑音しか聞こえない。しかし、人間由来の音で少し平静を取り戻した。
少しして、二番手で出た高梨さんから電話が入った。
かなり音質が悪化していてびっくりした。高梨さんは怖くないかと聞いてきた。
素直に怖いというと、元気だせよと自慢の喉を披露してくれる。
残念ながら、リズム感がトンチンカンなのだ。この人の歌は。
しかし、その絶妙なまでの外れっぷりに、私は陽気な気分になった。

神社に差し掛かった頃に三番手に追いついた。
同行の女子が震え上がって立ち竦んでしまったようだ。
私は駐在さんに連絡して、迎えに来てもらうように提案して先に進んだ。
神社は、確かに恐ろしい。支柱が折れて傾いて潰れた状態になっていた。
祟りがあるんですよ、と稲で始まる誰かさんが言ったら、まず間違いなく私はそれを信じる。
もし、伊集院ピカリンとか、そんな感じの人が笑いながら、ここ幽霊出るって有名でね、と言っても信じる。
立ち竦むなんて、よくそんな恐い事ができる。さっさと通り過ぎた方が余程ましではないか。
0055 ◆l1/uELlGWRZW 2012/06/03(日) 18:44:39.08ID:SB1pjY8y
裏参道は両側を林に囲まれながら上り坂が続いた。
きちんと片側にロープが張られていて、わかりやすく道も外れない。
暫く歩いていた時、携帯電話が鳴った。高梨さんが出た。
「小浦、そっちはどうだ」
「今遊歩道です。パンパースの宅配はありませんか。
 贅沢は言いません。布オムツでもこの際我慢します」
妙に緊張感のある声がして、ちょっと巫山戯た。
「こっちはもう終わったんだが、田ノ上組が出発地点にいない」
「宿舎に帰ったのでは?」
「そうかもしれないな。ところで駐在さんはどうした。いないようだが」
「前の組が震え上がって動けなくなったので、連絡するように言っておきました」
「そういう時は俺にも連絡しろ。部長なんだ。責任があるんだよ」
「すみません」
「次から直してくれればいい。そんなショゲるな」

電話が切れて十分ほどしてまた電話がかかってきた。
「宿舎にも戻ってなかった。田ノ上にも繋がらない。
 今な、喜納と一緒で、市場の前に戻った」
「…妙ですね」
「お前今どこにいる?」
「神社のあたりです」
「…なんで…ってきくまでもないか…。とりあえずそこで…」
「地図を見る限り、廃村から海岸沿いに進んだ先に、大型建築物が一軒。
 神社からは、さらに山を登る道があり。その先に何軒か建物があるようです」
「あ、ああ、ほんとだ…。ひょっとして…さっきの電話の後から考えてたのか?」
「はい。ホテルはお任せします」
「……とりあえず、近くで自転車借りて飛ばしとく」
「裏参道と偽り、連れて行きやすいのはこちらです。手が足りなくなるかも知れません」
「そうだな。…宿舎に戻って、居残り組全員に頼んで、そっちに向かわせる」
「お願いします」
0056 ◆l1/uELlGWRZW 2012/06/03(日) 18:50:21.49ID:SB1pjY8y
実の所、電話を受けた時にはもうその道を登る最中だった。
暫く進んでいくと、最初の建物が見えた。山の静けさが私の心とは対照的だ。
不気味さなんて感じる余裕がない。耳に鼓動が聞こえる程、私は興奮状態。
物音一つしないが、潜まれているとまずいと思い、近づいた。
プレハブみたいな建物で、窓から中を覗きこむと、完全に廃墟だ一部屋しかない。
道に戻ろうとしたら地面がえぐれて剥き出しになったパイプを踏んだ。ベコッと割れた。

次を目指す。五分少々上がっていくと見えてきた。
次は二階建ての、多分、家。扉が開けたままになっていた。
入り口から足元を少しライトで確認すると、積もった埃の中に足あとが残っていた。
運動靴かなにかの模様と、ぺったりとしたサンダルの痕。
行きの分は歩調が一定。帰りの分は、サンダルのものがずるりと滑るような急ぎ足。
運動靴のものもかなり歩幅が広い。
中に何があるのかと奥にいくと、ファスナーが壊れたウィンドパーカーが床に捨てられていた。
袖が半分千切れているあたりで無理矢理脱がせようとした情景が浮かんでくる。
伽夜は確かウィンドパーカーに洒落たモノキニといった格好だったはずだ。
そのポケットを漁るが、携帯はでてこない。ひょっとして、手にもってはいまいか。
これまで、携帯の番号の交換を申し込めないでいた事を悔いた。
合宿のしおりには、それぞれの無料メールアドレスが記載されていたが。
伽夜のそれを登録することすら、怖気づいていて、連絡のとりようがない。
だが、もし、逃げている最中なら、タイミング悪く鳴る事で、最悪の結果を招く事もあると思い直す。
はっとして、携帯電話をとって、高梨さんにかけた。
0057 ◆l1/uELlGWRZW 2012/06/03(日) 18:53:22.55ID:SB1pjY8y
「高梨さんですか?伽夜のケータイ鳴らしたりはしませんでしたか」
「お前に最初にかけてすぐと、その次の電話の後にもかけたぞ」
「出ましたか」
「最初は途中できられた。次は…」
「電波が届かない場所…ですか」
「……何か、あったか」
「増援を止めて貰うことにもなるかもしれません」
「…それ…どういう意味だ」
「伽夜のウィンドパーカーが落ちていました。袖が千切れかかっています…」
「…あんのっ糞野郎! 籤の事、もっと追求しとくんだった」
「高梨さんを止めたのは…私だ」
「ノブ…落ち着け…大丈夫か?お前、声…やばいぞ。
 お前だけのせいじゃない。思いつめてないか?」
「心配は御無用」
そう言いながら俺は廃屋を漁る、かなり古びた杖が一本あった。
手近な場所に打ち付けてみると、結構頑丈だ。
「おい、何の音だ今の!」
「杖です。手頃な武器になりそうだ」
「わかってるとは思うが…バカなこと考えるんじゃないぞ!」
「元々馬鹿です」
「冷静にだぞ。冷静に…」
煩いので切った。

次の建物は扉が板を打ち付けられて封鎖されていた。普通の精神状態だったら怯えきっていたろう。
ライトを向けて、二階の窓などに照射し、しばらく気配を読んで、その場を後にした。
0058 ◆l1/uELlGWRZW 2012/06/03(日) 18:59:01.61ID:SB1pjY8y
次の建物は扉が板を打ち付けられて封鎖されていた。普通の精神状態だったら怯えきっていたろう。
ライトを向けて、二階の窓などに照射し、しばらく気配を読んで、その場を後にした。

その次の建物は、すぐ裏に鉄塔が立ちアンテナみたいなものが沢山ついていた。
建物自体は小さく。扉には鍵がかかっている。
ガチャガチャとやってみても開かない。何度か体当たりをして扉を壊した。
中は、結構整頓されていた。計器のランプ等が明滅していて、いまでも利用されている施設と分かる。
壊した扉の表札を遅れて確認してみると、島内電波塔管理室と書かれていた。
地図をあらためてみるが、この先には道もない。叫び声などもしない。
山に入られたのなら、もう探しようもない。
埃の上なら素人にも足跡が見えるが。全てそう都合よくいくわけはないのだ。
涙が零れそうになった。無力だ。

ふと、嫌な感覚がした。後ろを振り返るが扉の外には何もない。
何か、すごく悪寒がした。勘働きというやつだ。必死に考えた。
その正体に気づいて、私は走りだした。
一つ手前の建物、窓はチェックし忘れた。
冷静に、冷静に振舞っていたつもりだったのに。気が逸っていたんだ。

駆け足で戻るなり、建物の外周を回る。
窓があった。しかも窓ガラスは内側に硝子を散乱させて割られている。
その上に埃が積もっていたので、結構前らしい。廊下に出ると開かれた扉が見えた。
中に入ると、モノキニのトップ部分が千切れて落ちていた。階段を上がった所に、残りの部分。
私が通りかかった時、何故物音がしなかったのか。捕まっていたからだ。
脅されて、助けも求められなかったのではないか。自分が許せそうにない。
二階に上がって手近な扉を開ける、二番目もそうする。いない。
三番目は鍵がかかっていた。
「伽夜?伽夜!」
扉をがんがんと叩く。
「小浦…先輩?」
「そうだ」
0059 ◆l1/uELlGWRZW 2012/06/03(日) 19:01:21.46ID:SB1pjY8y
【今回の更新は↑まで】
専ブラクラッシュでトリップ喪失して入れ替えたスマソ
0060 ◆3gbr.ojjYkaU 2012/06/04(月) 17:20:21.07ID:POrfCPQk
「よかっ…た」
カチャ、と鍵が開く音がする。後ろを警戒したが、誰も来はしなかった。
背後から抱きつかれる。すぐに振り向こうとして。
「見ないで下さい。今…」
「すま…」
全裸なんだと背中の感触で思い出した。
腰の懐中電灯のベルトにひっかけてもってきていた、無残なウィンドパーカーを肩越しに差し出した。
背中の感触が失せる。こんな時にそれを惜しむ気持ちが、なんとも恥ずかしい。
待てど一向にファスナーを閉める音はしない。やはり壊れている。
聞かん棒が暴れた時に困ることになりそうだが、意を決し、シャツも脱いでそれも渡した。
しばらく衣擦れの音が繰り返され、落ち着いたのか、ため息が聞こえた。
「…田ノ上はどうした」
「さっき部屋にライトが差し込んだ時に、逃げていきました」
「どうして助けを求めずに」
「あの時はまだ…脅されていて…怖くて」
携帯が鳴った。宿舎残留組の後輩からだ。
「どうした」
「いま、田ノ上さんとすれ違ったんすけど。
 伽夜ちゃん一緒じゃなかったっすよ。
 どうします、先輩。追いかけますか?」
「そうか…今は良い。ありがとう」
どうせ帰りには顔を合わせる事になるのだ。逃げおおせられるものか。
電話を切って、振り向く。
「ここでの事、なかった事にして頂けませんか」
「え?」
「…口外されて困るような事までは、されていません。
 ですから、訴えても直ぐに出てくるのではと…。私…」
「泣き寝入りではまたいつ…」
「お願いします」
「服装がこんなでは…皆納得しない。隠しようがない事だ」
「…本当は何かあったんじゃないかって、噂になったりするのが恐ろしいのです」
「……」
0061 ◆3gbr.ojjYkaU 2012/06/04(月) 17:23:25.36ID:POrfCPQk
疑心があるという意味では、私も伽夜の想像の中の周囲と大して変わらない。
一方的な思いを寄せ、自らの軽率さが悪化させた事態に際して、操云々を気にする自分が嫌になる。
籤の一件然り、道々見てきた強姦しようとしてきた証拠の数々然り、材料が揃っている分根深い。
「御心配…なんです、ね。
 分かり…ました。ご存分に」
「…なに?」
「どうぞ、小浦先輩」
伽夜はウィンドパーカーを左右に避けて、シャツのボタンを外し、はだけた。
力づくで掴まれていたらしい乳房に痛々しい鬱血の跡が残る。
下肢の付け根がうっすら濡れていた。相当危ないところだったようだ。…雄の青臭はせずだが。
肩が、震えている。瞑目して俯く。
「籤の不正を糾弾すべきだった。悔やみきれん」
「そんな!…高梨さんが仰っていたのは私も耳に致しました。
 あの時、不気味と思わなくも…。結局ついていくことを選んだのは…私自身です。
 どうか、お気に病まないで下さい」
そういいながら後ろを向いて、伽夜は服装を整えはじめる。
「強い、な」
「話を変えませんか…。お伺いしても宜しいですか?どうしてここがお分かりに」
「必死に考えた。地図を片手にな」
「…必死に?」
「ん。ああ…」
「嬉しい」
「…」
「…こうしてお伝えするのは心苦しいのですが。
 お慕い致しております」
「…………」
お慕い?おしたい?何かの聞き間違いだ。
思わず、自分の下半身を見た。
腕を見た、肩越しに振り返った。
0062 ◆LCwAGS9jKUb1 2012/06/04(月) 17:29:29.36ID:POrfCPQk
「あの、どうかなさいましたか?」
「おー失態致しておりますではないのか…?どこだ?」
伽夜がつま先立ちになって、私のおとがいを唇で吸った。
「これで…もうお間違いにはならないかと」
はにかんで唇を手で隠す。軽く開いた指の合間から桜色の唇が持ち上がっているのが見える。
不謹慎にも、嬉し涙。生涯初の両思い。そんな馬鹿な。あり得ない。
「…何故に」
伽夜は、茫然自失に陥りかけている私を見上げ、悪戯に微笑んでいる。
しかし、その明るさは少しでなりを潜めた。未だ田ノ上の恐怖は去ってはいないのだから当然だ。
「根も葉もない噂に苦しみたくは御座いません。どうか、なかった事に…」
…口が軽いタイプの部員もいる。それに伽夜の思う通りにしてやりたい。ためらいがちに頷いた。

編み目の粗めの麻のシャツ一枚。その上にぼろぼろのウィンドパーカー。
そんな姿を晒させては、と。増援には神社で待機して貰った。
高梨さんに連絡をして、神社の手前で待つこと二十分弱。喜納がやってきた。
私の腕に縋る伽夜の格好を見るなり、みるみるうちに童顔に皺を寄らせ、体格に見合う形相となる。
「おまえなあ!」
私の首が片手で掴まれた。喉仏が押されて苦しい。
「待って…小浦先輩では」
「伽夜、そうじゃないんだよ。…部長が指摘した時さ。
 お前が否定しなけりゃ良かったんじゃないのか。
 え?どうなんだよ。答えろよ」
「そうだ」
「…わかってるんなら…良い。田ノ上は、ぶちのめす」
「その件は、小浦先輩だけのせいではありません。
 あの場にいた皆が高梨先輩の発言は聞いていた筈です。
 田ノ上さんにも、何もなさらないで下さい。追い詰めたら何をされるか」
「……そりゃ、まあ。分かっているさ。あたしも悪いんだろ!? けどっ…
 って…泣き寝入りする気か?…なあ、嘘だろ?…あたし…納得できない」
伽夜の格好を眺めた喜納が手近な石にあたる。
がさ、と茂みに石が飛び入る音がした。
0063 ◆3gbr.ojjYkaU 2012/06/04(月) 17:33:30.11ID:POrfCPQk
私と伽夜、後方には喜納の順で歩く。伽夜は喜納にもなついている様子。
慣れない相手がいる上に、先程の衝撃が蘇っている私は寡黙となっていた。
喜納は神社のメンバーに帰るように連絡をとった後、伽夜とどう言い訳をつけるか相談していた。
口裏を合わせようにも、田ノ上の携帯に何度電話しても無感情なガイドが流れるだけ。
苛立つ喜納のアルトがより低く、唸り声のようになるのを聞いていた。
「悪い事ばかりでは、やっと告げる事ができましたし
 撫子先輩にも、高梨先輩にも随分お世話になりました」
どういうことだ?首を捻っていると。喜納がこっちを軽く見下ろしがちに見る。
「趣味悪いよ。…こんなのとかさ。高梨にしときゃよかったのに。
 あいつも人が良いよね。振られた相手の恋愛相談なんかほいほい受けちゃって」
こんなの、には同意。思わず首肯。そして、はたと気がついた。
高梨さんがなぜ発破をかけてくれていたのか。
喜納が口端を持ち上げながら此方を見ていた。
「そんな事は御座いません」
「恋は盲目とは言うが…」
私の言葉に喜納が大きく頷いていた。
喜納は入部以来私に厳しい目を向けていた一人だが、仲良くなれそうな気がした。
「…あ。お返事は頂けておりませんでした」
急に伽夜が立ち止まる。
「え?」
喜納が驚いた後、前に出て此方を睨みはじめた。男らしくない、とつぶやく声が聞こえる。
そういえば、そういう状況ではなかった。告白シーンが再現されるなり、顔が熱くなってきた。
照れ切ってしまうと喉奥がきゅっと窄まって、声がでない。
伽夜の目が此方をじっと見つめるので、益々紅潮がひどくなって、耳に熱がのぼってきた。
「……わっかりやす。嬉しすぎて声が出ないってかんじ」
喜納が呆れたような顔をしながら笑った。
「よろしくお願いします」
はにかみながら、伽夜が絡めた腕にぎゅっと力を込めた。
まずい、股間がエネルギッシュになってしまいそうだ。
頭の中で服部半蔵と愉快な仲間たちっぽい時代劇のテーマを再生して必死に気を逸らした。
「スポーツチャンバラ…教えてくれるか」
0064 ◆3gbr.ojjYkaU 2012/06/04(月) 17:40:00.71ID:POrfCPQk
宿舎に帰った後、喜納と私と高梨さんと伽夜で集まった。
その場には田ノ上がいるべきだったが、田ノ上は宿舎には戻っていない。
メールを入れても返事が無く、一同憤慨した。
就寝時間を過ぎるまで、色々と話し合った結果。
田ノ上が伽夜とはぐれた上においていったという事にするという結論に達した。
これもメールしたものの、何の返事もない。
喜納に先行してもらって、伽夜の服をとってきてもらいはしたが。
行きと帰りで服が違うのは疑念を呼ぶ、とは皆分かっていた。だが、他に何が出来るだろう。
いっそ、服の件は小浦のせいにしちゃおうか、と高梨さんが言ったが、採用見送りとなった。

鍵が内側からかけられる科学準備室に伽夜はいた。
伽夜がそうして欲しいと言うので、私も付き添っている。
布団を敷いて、伽夜はそこで仰向けに横たわっていた。
随分、無理をしていたらしい。つきそいの私の手を伽夜がぎゅっと強く握って離さない。
目は瞑っていても、寝れてはいなさそうだ。どれだけ怖かったのだろうと思うと。
胸が、痛くて、痛くて、痛くて。腹いせに、田ノ上をどうにかしてやりたくなる。
伽夜は、奇跡的に私の負の部分を見なかったからこそ、勘違いで好きと錯覚したに違いない。
それでも、その幸運に縋りたいのが私の本音だ。幸せをくれた相手をこんなにされて、黙っていられるか。

変わりたいという強い気持ちで、イメージチェンジを試みた。
僕から私へ、声も低く抑えて出すようにした。LEDの向こうの、憧れの強い男にならって、口調も変えた。
けれども内面なんてものは、簡単には変わらない。弱いままなのだ。
すぐに伽夜は私を見ぬいて立ち去ってしまうだろう。
籤の時の私が何を考えていたのか、憶えてはいない。だが、容易く想像がつく。
きっと、田ノ上の強い語気に押し負けて、言うべきことを言えなかったのだ。
デブデブとからかわれながらも、強い食欲を抑えられずに太っていった頃の自分が思い出される。
弱い自分に腹が立つ。伽夜がこんなに怯えるのは、矢張り私のせいなのだ。
高梨さんと私、二人が声を揃えていたら、きっと周りもやり直し位は要求していた筈だ。
或いは、伽夜が試みていた、喜納との交換を支持していたのかもしれない。
そうであれば、今頃きっと、伽夜は喜納や同室の者たちと仲良くお喋り出来ていたに違いない。
私くらいしか縋れる相手がいない場所で、あんな気の迷いを起こさないで済んだのだ。
……気分が沈む。
0065 ◆3gbr.ojjYkaU 2012/06/04(月) 17:49:22.06ID:POrfCPQk
「お顔、険しいです」
目を瞑って考え事をしている最中。霞んだ声が聞こえた。
目を開けると、伽夜が心配そうに見上げている。
伽夜の方は、大分落ち着いた表情だ。見下ろしながら、胡座をかく足を組み替える。
「早く眠れ」
「…心配だったから、お呼びしたのです」
「…何?」
「私はもう平気です。負けません。でも先輩は…」
「大丈夫だ」
「いいえ、とてもそうは見えません。無理をなさっています」
「……」
「御自分のせいだと思っていらっしゃるのでは?でしたらそれは…」
「いいから寝ろ」
「お断りします。大事な事です」
伽夜の目が、きっ、と此方を見据える。こういう力強い目も良い、と不謹慎にも思う。
「最終的に、一緒に行くと決めたのは私です」
優しく、諭すように言う。それでも気分は晴れないのだ。
こんな優しい女になんて真似を、ドロドロとした怒りが込み上げる。
「信用しておりました。…裏切られてしまいましたけれど」
「……」
「辛いですよね。小浦先輩も、高梨先輩も、私も、信頼を裏切られたんです。
 誰も、あんな人だとは、思えなくて当たり前です」
「…確かに、そうだ」
ちょっと強引に告白する位なら有り得たとしても、あんな真似をするだなんて今でも思えない。
大体、あいつは私の怪談にあんなに怒っていたじゃないか。やっていることは何だ。
狂いかけていた心の歯車が、伽夜のお陰で正常に戻った気がした。
…強くなろう。後ろ向きな思考がやっと、前向きな結論に達した。
伽夜とずっと一緒にいたい。
0066 ◆3gbr.ojjYkaU 2012/06/04(月) 17:56:37.60ID:POrfCPQk
「あの…私の、どこがお好きかお伺いしても?」
「細かく言うと切りがない。
 …まあ、その…素敵を通り越して無敵だ、等と思っては…いたな」
「………」
伽夜は何か言おうと口を開いたらしいが。両手で口元を抑えて恥じらってしまった。
私は、伽夜の私に対する思いの源泉に、興味と恐怖を抱えた。
「ゆっくりお休み」
「……御父様に似ていらっしゃるんです」
聞きたくないからと話を切ろうとしたが、結局聞かされることになった。
褒め言葉だろうか。多分そうなんだろう。
「気取り屋か?」
「はい。三枚目です。見てて可笑しい位」
面白い人がタイプということだろうか。だとしたら、私より…。

リラックスしたらしい伽夜が寝息を立てると、緩んだ手をそっと離させた。
この場にいたら私の中の獣が目覚めかねない。
寝顔を許されるというのは、凄く、凄く、凄くすごくスゴク来るものがある。
外に出て、鍵を差し込んで回す。携帯を取り出して時刻を確認すると深夜二時。
一年A組に戻ろうとしたところで、玄関から話し声が聞こえた。
見に行ってみると駐在さんと高梨さんが立ち話をしている。
近づいてみると、この島の電波塔の管理室の扉が破壊されていた件のようだ。

「私です。済みませんでした」
「君が?…そういう事をするようには見えないが」
駐在さんはとても意外そうに言った。高梨さんはフォローに苦慮している。
何も無かったということになっている以上、緊急性の高い理由もない。
どうしたら助けてやれるだろうと、知恵を絞りすぎて、顔を顰めている。
「メンバーの中で、ちょっと連絡がつかなくなっちゃった奴がいて。
 こいつ、心配して凄く焦ってて。普段は良識あるやつなんです。
 ちゃんと弁償させますんで、どうにか、勘弁してやってもらえないですか」
「誰かいなくなっていたのか?
 …そういう話なら、もっと早くしてくれてしかるべきだ」
0067 ◆3gbr.ojjYkaU 2012/06/04(月) 18:02:09.74ID:POrfCPQk
駐在さんは少し怒った様子だ。私は高梨さんの肩を叩いた。
変に庇おうとして作り話ではないか怪しまれたりしたら事だ。
私は駐在さんに息をかけて等いくつか言われてそのようにした。
飲酒しているかどうかなど、確認したかったのだろう。
「…まあ、肝試しの最中で、慣れない道を使っていたら、そういうこともあるか。
 ただ…変だよねえ。建物の中に強引に押し入る…っていうのはさ。
 まるで、誰かにその子が誘拐でもされて、助けようとしたかのようじゃないか…」
駐在さんの詮索に、私は鉄面皮を繕ったが、あからさまに高梨さんが動揺した。
虐められていた時に培った無表情もたまには役に立つ。が、台なしだ。
駐在さんは高梨さんを見て得心がいった様子で細めていた眼を普通にした。
田ノ上、と呟いて、高梨さんが目を逸らす。それも駐在さんの眼に確と捉えられている。
「とりあえず、君の連絡先と、出来ればご両親の連絡先も預からせてもらえるかい?
 示談で済むように取り計らう。役場から、後日連絡が行けば良し。
 そうじゃない時は、悪いが力不足で、被害届をせざるをえなかった、と思って欲しい。
 …その娘の事については何も聞かないが、勇気を持って訴えるべきだと諭してやってくれ。
 あと、君とその娘さんは、身辺に気をつけたほうが良いかもしれない」
駐在さんは何かを知っている様子だ。
私が口を開こうとすると、高梨さんが肩を掴んで止めた。
「…服務規程に抵触するようなことを、本官は言えない」
何を聞こうとしたのかは察していたようだ。

 田ノ上は最終日の朝にやっと宿舎に帰ってきた。
 はぐれた上において帰ったという話で他の部員から糾弾されると
 田ノ上は咄嗟に思いついたのか、実家に戻って捜索の人を出していたと弁明した。
 この期に及んで良い人を気取ろうとするさまを見ながら、私は奥歯を噛み締めた。
 皆、レイプ未遂までやらかすやつとは思っていない。そうだったのかと話を合わせている。
 事情を知る四人だけで、田ノ上の動向を東京に帰るまで注視し。
 伽夜の自宅へは、私が送った。酷い合宿は、こうして終わった。

【ここまでで半分程。トリップ使い下手ですまん】
0068 ◆3gbr.ojjYkaU 2012/06/04(月) 19:39:31.77ID:POrfCPQk
コピペ面倒になったんでpdf

ttp://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org3057041.pdf.html
sage



次宇宙物のファンタジー書いてくる
0069...φ(・ω・`c⌒っ2012/06/27(水) 23:09:02.73ID:E+9DQ9Oz
>>68
今来ていっぺんに読んだ。
続きが気になるので再うpお願いできんか。
0075...φ(・ω・`c⌒っ2018/10/24(水) 00:31:41.15ID:M2/JFw53
はじめまして。
私も何か、文章書いてもいいですか?
0076...φ(・ω・`c⌒っ2020/01/03(金) 22:45:41.81ID:XyZMtmDp
ある秋の雨上がりの午後の学校の玄関。
佐藤寿美子(以下、寿美子。)は玄関で上履きからスニーカーに履き替えていた石田健太(以下、健太。)に出会った。
「寿美子、今日の午後3時に公園に来て、歌を歌ってみろ。」
寿美子は上履きから赤い長靴に履き替えながら、「公園で歌うっ?はぁ?」
「そうだよ。歌うの下手だろ。上手く打ってみろよ。」
「わかったわ、受けて立つわよ!!」
寿美子は帰宅すると、ランドセルや手提げかばんを部屋において、玄関に向かった。
朝の雨と打って変わって晴れていたが、寿美子は学校の登校時に履いた赤い長靴を再び履いた。
右足のハイソックスがずり落ちているためと素足と中の布が直接触れて、ハイソックスと中の布が触れている左足とは
違った感触となってしまっているが、寿美子は全く気にしていない。
小刻みに「キュッキュッ・・・」と地面をする音を混ぜながら、長靴を「カポカポ・・・」と鳴らしながら、寿美子は土蔵に向かった。
土蔵で寿美子は、頭に被れる物を探す。
そして、年代物の甕を発見。
「甕を被って声の練習だわ。」
寿美子は甕を頭にすっぽり被った。
辺り一面がが蒸し暑くて息苦しい暗闇に覆われて、寿美子の声だけが反響する。
「ふゎーっ、ほへはいへふわ!!」
寿美子は楽しそうに、両足の長靴を地面に擦り付けたり、踵を踏みつけて長靴を変形させてながら、声の練習をしている。
声の練習の後半の入ったあたりで、左足の長靴が脱げてしまい、寿美子は左足を上げて声の練習を続けた。
0077...φ(・ω・`c⌒っ2020/01/03(金) 22:47:15.78ID:XyZMtmDp
声の練習が終わると、寿美子は両足の長靴を履き直して、ずり落ちていた右足のハイソックスも上げ直した。
だが甕を頭に被ったままなので甕に視界を塞がれて前が見えず、脱げた左足の長靴を拾うのに片足ケンケンをしながら、
左足の長靴を探す大苦戦を強いられた。
「ほろほろほうへんひいははいと。へんははふぁっへふは。はへほはふっはははひほう!!」
寿美子は甕を被ったまま、前が全く見えない状態で両手を前にかざして、小刻みに「キュッキュッ・・・」と地面をする音を混ぜながら、
長靴を「カポカポ・・・」と鳴らして公園に向かった。
午後3時10分。寿美子は公園に着いた。
既に健太は公園に着いていた。
「寿美子、10分遅刻だぞ。しかし何だその格好!?」
確かに、寿美子は甕を頭にすっぽり被っている為、頭を覆う甕のせいで表情はまったく窺えない。
「ほへはらほえのへんひゅうのへいはをいへふのほ!!ほほはへひはへおはふっへいふほほ!!」
寿美子は歌を何曲か歌ったが、甕からくぐもり声で歌声が響きわたり良く聞こえない。
だが決死の甕被りの歌の練習の成果は出ていたようで、寿美子は上手に歌を歌っていた。
「ひょうふひふはえはっひょ!?」
「下手糞なこもり声を響かせてただけじゃん!!」
しかし寿美子は健太の言ったことに納得せず、激怒して健太に頭突きを食らわした。
健太は飛ばされて、仰向けに伸びていた。
寿美子は甕を被ったままなので、外の様子がよくわからないものの、健太がも悶絶した事だけはわかった。
「ひゃおおほい!!へんはひはっはあ!!」
寿美子は甕を被ったまま、長靴を「ボコッ!!」と鳴らしながらジャンプをして、ガッツポーズをしたのであった。
0078...φ(・ω・`c⌒っ2020/01/04(土) 00:43:32.97ID:a+TdbWrN
>>76
× 上手く打ってみろよ。
〇 上手く歌ってみろよ。
0079...φ(・ω・`c⌒っ2021/10/24(日) 19:04:31.23ID:L1P67ypC
バケツ女子高生の栗拾い(1)

今日は午後から栗拾いの日。近くに母の栗林があり、毎年秋に家族で栗拾いをしている。

今年は諸事情で、女子高生の私が栗拾いを担当することになった。

晴れていい天気だが、風が吹いている。

紺色のPコートに学生服に茶色のローファー姿だが、左足の紺ハイソがずり落ちた状態で、いつもの学校の帰り道を歩いて家に着き、「ただいまーっ!!」。

玄関でローファーを脱いで、自室へ直行する。扉を開け、鞄を椅子に置き、着替えることもせずに、軍手をはめて、カゴとトングと持って、再び玄関へと向かう。

下駄箱から、 黒いテカテカの長靴を取り出して玄関に並べる。

長靴は栗拾いには欠かせないので、毎年栗拾いには長靴を履いている。

リビングへ直行して、ピンクのポリバケツを持つ。

例年は帽子を被って栗拾いをしている。木からイガが落ちてくることがあるので、帽子を被って頭をガードしている。

だが、今日は帽子代わりにバケツを被って、栗拾いをすることにした。

でも、私は好きでバケツを被っているわけではない。

バケツ自体、頭が入るほどの大きさもあり、ずり落ちてすっぽり被さり、視界と耳が塞がれるリスクもある。

バケツを被った状態で喋ると自分の声が中で反響して、中からくぐもった声が響いて不快なのである。

再び玄関に走っていって、長靴を履いて、子気味よく長靴を鳴らして栗林へ向かった。

左足だけ長靴の裏地が直接肌に触れて、違和感を感じる。
0080...φ(・ω・`c⌒っ2021/10/24(日) 19:07:36.30ID:L1P67ypC
バケツ女子高生の栗拾い(2)

栗林では、風に栗の木が揺れて、イガをまとった実が次々と落下している。

頭にバケツを帽子代わりに半被りに被って、鼻歌を歌いながら栗を拾い始めた。

時折風に煽られて木から落ちるイガが、私を直撃する。

しかし、バケツとPコートと軍手と長靴のおかげでダメージは無い。

軍手にトングを持って、長靴でイガを踏んで、実を出してカゴに入れて……。

思いのほか栗拾いは楽しく、夢中にになってしまう。

だが恐れていた事がが現実になってしまった。

突然バケツがずり落ちて頭にすっぽり被さってしまい、虚無僧のような表情の無い『バケツ人間』になってしまった。

薄暗いピンクの世界に視界と耳が塞がれて、自分の呼吸音だけが聞こえる。

何か言ってもバケツに反響して、くぐもった声が響くだけである。

自慢の茶髪ふわふわセミロング美貌が台無しだ(辛うじて頭を覆うバケツから茶髪ふわふわセミロングがはみ出ているが)!!

一瞬パニック状態になって、栗林の中をウロウロ彷徨ってしまった。

(落ち着け、落ち着け!!)

「…………はーっ、はーっ!!」

 狭まった視界で、泣きそうな表情で溜息を漏らす。
0081...φ(・ω・`c⌒っ2021/10/24(日) 19:08:31.25ID:L1P67ypC
バケツ女子高生の栗拾い(3)

(バケツを持ち上げて半被りし直そうかな。しかし、バケツを半被りにすると、顔にイガが落下して怪我をする可能性もあるし。

ならば茶髪ふわふわセミロング美貌を犠牲にして、バケツを被った状態のままで栗拾いをした方が良いわ。)

バケツを頭にすっぽり被った状態のまま、私は気を取り直して、バケツの隙間から外を覗きながら、再び栗拾いを始める。

くぐもった歌声で鼻歌を歌いながら、栗拾いに夢中になった。

時折、「コツン、コツン」と、木から落ちるイガがバケツに当たる音が、バケツ越しに聞こえる。

夢中で栗拾いをしていたら、あっという間に時間がたっていた。

気がつくと夕方になっていたのだ。

ついさっきまで吹いていた風もピタッと止まって、穏やかな天気になっていた。

でも、カゴに栗を盛れるだけ盛って、大量にゲットした。大収穫である。

くぐもった声で、「やったぜ、こんなに大量に栗をゲット!!……今夜、ママに栗御飯を作って貰おう!!」

狭まった視界の中でフッと笑う。

ママやパパが心配して帰りを待っているだろう。

バケツを頭にすっぽり被った『バケツ人間』姿のままで、私は両手で手探りしながら、大量に持った栗の入ったカゴとトングを持って家に帰ったのだった。

だって、バケツを外して手に持っても邪魔になるだけで、バケツを被ったままの方が楽チンなのである。
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