「ぐっ……お……!」
とび蹴りを食らい、シカンナカムイは派手に草花の上に叩きつけられ、ごろごろ転がって
ようやく止まった。
「どうだッ!」
地面に着地したリムルルは、かなりの手応えを感じていた。空中から戻ろうとするコンル
に振り向いて、人差し指と中指を立てた手を突き出す。こちらの時代で覚えた、勝利を
意味するものだ。
「ナコルルねえさまに酷いことしたんだ、こんなじゃ済まないんだから!」
だが当のナコルルは、シカンナカムイの束縛から解かれてはいなかった。何の未練も無く
罪人殺しの鎖を手放すと、リムルルの横を素早く走りぬけ、あろうことかシカンナカムイに
寄り添い、立ち上がる手助けを始めた。
「ね、ねえさま!」
リムルルが袖を掴むこともできず、コンルが足元を凍りつかせる隙も無いぐらい、ナコルル
の動きは俊敏だった。恐らく、ナコルルにかけられている呪いは、シカンナカムイのそばを
離れられないようになっているのだろう。
ナコルルの肩を借り、シカンナカムイがゆっくりと起き上がる。
「あんなにすぐに動けるなんて……。思いっっきり蹴ってやったのに!」
あまりに頑丈な相手。
自分はとんでもない事をしようとしている――リムルルにはその自覚がある。
シカンナカムイはパセカムイ(尊いカムイ)の中のひとりだ。空を自由に飛びまわり、
力に溢れた光と音を地面に降らせるカムイの中カムイ。カムイコタンに、最強の剣技と
優雅な舞踏を伝えた偉いカムイ。
そのカムイに、単なる人間の自分が挑もうとしているのだ。何て恐れ多いことだろうか。
でも、そのカムイは最大の罪を犯している。
同じカムイのシクルゥに怪我を負わせ、邪悪な武器を手にして優越に浸り――
姉の命と身体を、魂までも弄んだのだ。
コンルとは全然違う。もう、シカンナカムイはパセカムイではない。
「コンル……あいつは、ウェンカムイはやっつけなきゃダメだね。絶対に許せない」
地面を蹴ろうとしたリムルルの前に、コンルがふわりと躍り出た。ぴしりとリムルルに
向けて小さなとげを突き出し、止まるようにと言う。
「ちょ、コンル!どうして」
「く……ふふ。すっかり忘れておったわ」
長い髪をばさりと掻き揚げ、シカンナカムイが立ち上がった。
「いや、忘れていたのではない。あまりに取るに足らぬゆえ……お前の存在など、眼中に
無かった。これこそが正しきところよの。のう、人間に与する愚かなカムイ……コンルよ」
シカンナカムイの威圧的な金色の眼光が、コンルへと向けられた。コンルも負けじと冷気を
放つ。怒っているらしい。
「ナコルルに付き従うなら話も分かろう。しかし何故、そのような娘の憑き神などになった」
袖についた汚れをナコルルに払わせ、襟を正しながらシカンナカムイが尋ねた。
「コシネカムイ(位の低いカムイ)はコシネカムイらしく、卑俗な巫女を選んだとでも?」