「えぇ?」
リムルルは思い切り疑いの声を上げた。
「でたらめじゃ無いでしょうね……って、そんな話関係ないじゃない!今は――」
「待って、リムルル」
つっかかろうとするリムルルを、コンルが制した。
「あれは恐らく本当の話よ」
「でもっ!今は関係ないじゃない!」
「それがそうでもないのだ。リムルルよ。面白いのはここからだぞ?ナコルル、花は好きか」
後ろで棒立ちになっていたナコルルが、素直に首を縦に振った。
「よろしい……美しき女子に、美しき花……これが似合わぬはずがあろうか」
シカンナカムイは折り取った花を、ナコルルの赤い鉢巻に挟んで耳元に飾り、黒髪を
さらさらと指で滑らせた。
「うむ……美しい!おお、待たせたの」
一瞬だったが、シカンナカムイは確実にリムルル達のことを忘れていたらしい。にやけた
顔で振り返ると、もう片方の手を差し伸べた。手のひらの上には、花を失った茎だけがある。
「さて、妖しき大剣の先端はめでたくも、アイヌモシリを守る秘宝として生まれ変わった。
では残された方は如何か?アイヌの戦士よ、チチウシを受け継ぎし者よ……。お前に分かるか」
「ふん、知らない。そんな話は初耳だよ」
リムルルは強い疑惑を胸にひっかけたまま、考えもせず無愛想に答えた。
「残された刀は、象徴とも言うべき切っ先を失って幾ばくか衰えたものの、未だ妖しき力を
充満させておった。再び人の手に渡れば、今度こそアイヌモシリの破滅は免れぬ。そこで
我らが祖先は、その危険な武器を大岩の中に封じ込め、アイヌモシリの何処かにある底なし
沼の深くへと沈めた。こうすれば誰の目にも留まらぬ上、岩に施された強固な封印により、
妖気が外に漏れる事もない」
「めでたしめでたしってわけね……もうお話は終わりでしょ」
「じき終わると言うておろうが。かくもせっかちな娘に育つとは、躾のなっとらん事よ」
足元をじりっと踏み固める仕草をするリムルルを見て、シカンナカムイが呆れた顔をした。
「まったく、親の顔が見たいと言うものだ……のう、コンル?」
よくある類の皮肉だと、リムルルは大して気にもしなかった。実の両親はどこにも居ない
が、そんな事は何の引け目にもならないぐらい、素晴らしい家族に囲まれて暮らしてきた
からだ。しかし、

ぎゅっ……

繋ぎあった手が固く握りしめられるのを感じ、リムルルは傍らのコンルを見上げた。
「……コンル?」
コンルの唇が小さく動き、白い息がすぅっとこぼれて消える。声は聞こえなかった。
でも、リムルルにはコンルがこう言ったように見えた。
まさか、と。