何も聞こえず、何も見えない。
五感を通して感じられるのは、ただ冷たいということだけの場所だった。
いつからここでこうしているのか。どうしてここでこうしているのか。
どうしてこんな凍えてしまいそうな場所で、じっとしているのか。
そんな疑問さえも、冷たさの中にすうっ……と動きを止めて、沈み、泡になって消えていく。
そして再び、思考も判断も必要としない世界が姿無き姿を見せる。
何十年、何百年……カムイ達の時代よりもずっと前からそこを動かない、澄み切った黒のような世界。
リムルルは、自らの心という深海の底に魂を沈め、眠っていた。
力を抜き去った身体をふわふわと水底に漂わせ、かすかな水流に身を任せていた。
何ひとつ、思うことも、考える必要もない。
時折、彼方に何かの気配を感じるだけ。それも、ほんのわずかだ。
リムルルはただ、冷たさに麻痺した身体を携えているだけだった。
… …… ………
――何か聞こえる。
まぶたを閉じたまま、リムルルはただ、そんな気がしたのだった。
大きな声、小さな声。男の声、女の声。子供の声、大人の声。でも、どれでもなかった。
喜んでいるのか、悲しんでいるのか……それも、分からなかった。
この海の底に降りてくるころには、みんな色を失ってしまうからだ。
大きな海の、ずっとずっと深いところにいるリムルルにに届くものは、何一つ無い。
しばらくすればまた、冷たく重たい静寂が戻ってくる。
――ひとりきりだ。
不意に心に言葉が芽生え、リムルルはぷくりと小さな泡を唇の間から逃がした。
やけに懐かしい言葉のような気がした。しかしその言葉は泡と一緒に浮き上がり、どんどん
リムルルから離れていって、やがて消えた。
昔は、その言葉にがんじがらめにされていた。そんな記憶があるような気がした。
その言葉のせいで、ずいぶんと苦しい思いをした気がするのに、今はどうだろうか。
誰も絶対に来ることは無いであろう場所に、リムルルは漂っている。文字通り――
――ひとりきりで。
あんなに嫌で仕方の無かったものが、今ではこんなにも身近にある。
しかしリムルルは平気だった。むしろ安心でさえあった。
子供みたいにかくれんぼで遊んで、絶対に見つからない場所にいるような感じだ。
日が沈むことも無いから帰る必要もない。
そもそも誰もいないのだから、何かに怯えることもない。
そう決めてしまえば、分かってしまえば、ただそれだけのことだ。
自分の足元から生える影を、恐れているようなものだったのかもしれない。
歩みを止めてしゃがんでみて、指で触ったところで、影は主の動きをまねるだけだ。
指を食いちぎることも、影の中に引きずり込むこともしない。