何かにのしかかられ、さらに熱風に煽られているはずのコウタの背中が、びしりと凍りつく。
――まさか、これは……!
最悪の予感が胸をよぎるや、頭上で渦巻いていた爆発音がひときわ大きく響き渡ると、
まるでスイッチを切ったかのように爆風が収まった。
コウタは握ったままのハハクルを抱き寄せて、再び反射的に頭を伏せた。
だが強烈な熱も、身体を引きちぎりそうな風も、不気味なほどに成りを潜めている。
『間一髪だったな……。コウタ、立て』
キーンという爆発の残響が耳にこびりつく中、明らかに外からではない声が、
再びコウタの頭の中に直接飛び込んできた。爆発の直前に聞いたのと同じ、
やけに落ち着いた、大人の男性の声だ。
背中にのしかかる重みもふっと消えて、コウタはようやくごろりと仰向けになる。
そしてコウタの目の前に飛び込んできたのは、闇の中にぼうっと銀色に輝く怪物。
たてがみもりりしい、巨大な狼のカムイだった。

「し、しっ……シクルゥー!」

『無事か、コウタ』
「そ……それは、それはこっちの台詞だよっ!」
コウタは思わず、シクルゥの首を抱き寄せた。
ふわふわ、ごわごわした確かな感触に、コウタは再び涙ぐんだ。
「レラさんがボロボロになって帰ってきて……何も言ってくれなくて」
『そうか、レラは……生きているのだな』
「でも怪我してるし、もう、消えちまいそうなくらい落ち込んでる」
『生きていれば良い。我々も無傷では済まなかった。不覚にも片目をやられた』
「マジかよ!」
言われて、コウタはシクルゥの首から離れた。
確かにシクルゥの右目には、斜めに深々と裂傷が刻まれ、立派だった金色の月のような瞳は
片方のみが闇夜の中で輝くばかりとなっていた。血は既に止まっているものの、
傷と共に塞がれたまぶたが二度と開く気配は無い。
「ひでえ……何でこんな」
『私の事はいい。それよりコウタ、これを頼めるか』
言ってシクルゥが突きだした口元には、冷気を放つ小さな氷の塊が咥えられていた。
「コンル! こんなに小さくなっちゃって……」
『力加減が難しい。噛み潰してしまったら、事だ』
差しのべたコウタの手の中にころりと転がってきたコンルは、弱弱しく冷気を放ち、
息も絶え絶えといった様子だ。浮き上がることはおろか、呼びかけにも応じない。
「シクルゥ! 一体何があったんだよ?」
『今は詳しく話している時間は無い。だが、このままではアイヌモシリは……
いや、カムイモシリもポクナモシリ(冥界)も全て破滅する』
「はっ、破滅?」
『特別な力を持たぬお前が、私の声をここまで聞けているのもその証拠だ。
世界が不安定になっているのだ。あれのせいでな』
シクルゥの視線に促され、コウタは数瞬前の大爆発を思い出して立ち上がったが、
後ろを振り返るなり、言葉を失った。