闇夜の中、目を眩ませる白い炎に縁取られた空洞が、道のど真ん中に出現していた。
まるでサーカスの火の輪のように燃え盛るそれは、車が通り抜けられるぐらいの穴を
何もなかったはずの虚空に形作っている。しかし、決定的におかしいのはその日輪の中だ。
うっすら雪をかぶった道が続くはずのそこは、深さを持つ別の空間に繋がって
いるようだった。中は暗くて見えないが、どんよりとした紫色の霧が日輪の淵から
こんこんとあふれ出し、白い炎が放つ熱波に煽られ、コウタの足元まで達してきている。

だが何よりも、コウタと、そしてシクルゥの視線を釘づけにしているものが、日輪の中央に
存在していた。
『コウタ兄ちゃん……あれ、知ってるのな?』
「ああ。知ってる」
コウタはコンルをジャケットのポケットにそっとしまいながら、呟いた。
「なあシクルゥ……」
『コウタ、動いてはならんぞ。あれだけはまずいのだ』
そこには、コウタがかつてコンルと共に夢の中で見た、白い炎の怪物が立っていた。
燃え盛る白い炎に全身を覆われた、人のかたち。
右手には、全てを喰らい尽くす、先の折れた異形の刀。
リムルルの精神を踏みにじり、最後はリムルルの父と共に姿を消した、あの怪物だ。
十数メートル離れていても伝わってくる不気味な威圧感に、コウタはごくりと唾を飲む。
『イペタム(人喰い刀)……!』
シクルゥがそう呟いたのが先だったか。それとも、炎の怪物が揺らめいたのが先だったか。
怪物は道を滑るようにコウタとシクルゥの目前に一瞬で突進すると、そのまま跳び上がり
ふたりの頭上を越えた。
眼球が干からびそうな熱風とおびただしい火の子に煽られながら、コウタもシクルゥも、
一歩も動けなかった。
危ない、とも。衝突する、とも。避けなくては、とも。死んだ? 生きた? とも。
目前で起きたことを理解する余裕さえ与えない猛烈な速度で、炎の怪物は道路に炎の
軌跡を残し、二人の目前から姿を消した。

そして――

ガッ シャッ! ドゴオオオン!

炎の怪物が向かった先で爆発音が轟き、ようやく二人は後ろを振り返った。
少し遠くから瓦礫の崩れる音が響き、続いて光り輝く炎に照らされた白い煙が
立上り始めた。他の民家に阻まれて、この位置から建物自体の様子を見ることはできない。
それでもコウタは、その場所にある建物を知りすぎているぐらい、良く知っていた。
「レラさ――――――ん!」
喉が潰れるくらいの叫び声を発し、コウタは雪を蹴って駆け出そうとしたが、

「そこをどおおおおっきゃあがっれえええええ! てんめえらあああああああああ!!」

コウタのそれより数倍でかい男の咆哮が、誰も居なくなったはずの火の輪の方からこだました。
どこか聞き覚えのある汚らしい怒声に、またしてもコウタは振り返り――

むんず。

「ぶべらあっ!?」
顔面を思い切り踏みつぶされ、仰向けにぶっ倒れた。
雲に覆われた鈍色の空から降り注ぐ雪に混じって、ちかちかと星が弾ける視界の中、
コウタは、踏んづけてきた足の持ち主が高く、高く宙を舞うのを見た。
男の手に握られた、艶の無い赤がべったり染みついた刀と、それそっくりの真っ赤な瞳が、
テレビで見た曳航弾のような残像を残し、2階建ての民家の屋根の上に消えた。