「なのに……なのにダメだったわよ。ねえ、何で? 何でなのよ!? 私が見た真実が
間違っていたとでも?あなたと、あなたとの命の遣り取りは、絶対の真実だったでしょう? 違う?」
両手を肩から腕に、腕から胸に。
「ひとつ、ふたつ、みっつ……」
レラはカムイの森で刻まれた傷を丹念に数えていく。
「とお……痛ッ……! ほら、全部っ、全部本当」
腹、背中、太もも。
川底のように冷え切った部屋の中、痛みに顔を歪めながら、それでもレラは傷をなぞる。
「ここまで私を追い込んだ、他でもないあなたが刻んだ傷……全て、真実でしょ?」
不可解なまでに存在を放つ傷のひとつひとつを、愛でるように。
「真実……」
ナコルルの反面としての自分。
戦士としての宿命。
隣人として、尊き存在として信じてきたカムイ。
レラにとって数々の意味を持つ『真実』という言葉。
レラは、いつだって真実は絶対だと、変わるものではないと信じていた。息絶える直前まで
行き先を示し導き続けてくれる、魂の拠り所だと思っていた。
しかし、今やその真実は玉虫のように色を変え、レラを幻惑するばかりだ。
――時の流れが……真実を、変えたの?
レラは思う。人間と大自然、すなわちカムイとの関係は共生なのだと。四季の流れが、
星月の流れが人間たちに数え切れないほどの恵みを与え、人間はそれに感謝する。
それこそが、レラにとってのこの世の理……真実だった。
しかし、再び目覚めたこの大地に、そんな人間がどれだけいるというのか。
他のあらゆる生物を差し置いて個体数を爆発させ、我が物顔で地上を闊歩する人間達。
自然に耳を傾けず、ただ一方的に貪る行為の中に、レラが知っている真実は無い。
――人間が勝手に、真実を盗み出した?
人間はアイヌモシリを統べるものなのかもしれない。そうだとしても、カムイモシリの
使いであるカムイ達無しでは生きていけない。それに、大自然の猛威の前には今も無力だ。
人間は、どこまでいってもカムイの手のひらの上の存在だと、レラは思う。カムイの恵みを
拒否し、征服したと思っていたとしても、カムイから見れば子供のような存在なのは、
今も昔も変わらぬ真実ではないか。
――じゃあ……カムイが真実を捻じ曲げたの?
羅刹丸との戦いを繰り広げたカムイの森で、シカンナカムイとパセカムイ達は、
森中の木々を震わせこう宣誓したのだ。
「我らカムイと人間の絆は、とうの昔に消えうせた」
「我らカムイに残されし、最後の供物……大樹に蓄えられし大自然の力」
「その力をもって、閉ざされし魔界の門を今こそ打ち開き」
「アイヌモシリと魔界に、新たなる秩序をもたらすであろう試練を与えることにした」
「人間……いや、人間の皮を被った、穢れた存在たちよ」
「味わうがいい、我らの受けた苦しみを」
「何の手立ても無く、ただ一方的に虐げられ、搾取し続けられる惨めさを、孤独を!」