「そのときね、ソレリさんが「私のことはお義姉様と呼んでくれて構わないのよ」って

「な、何の話だ」

「こっちが知りたいよ。どういう意味だろうね、兄さん?」
「……」
兄は答えなかった。答えられなかったという方が正しいかもしれない。
「あーそっかー!」
わざと甲高い声で叫ぶと周囲の人々が一斉にこちらを向いた。
目配せし合い、視線を逸らすが耳を大きくして様子を窺っている。
結論を述べる前に兄の大きな手がラウルの口を覆った。
「静かにしろ声が大きい。いいからちょっとこっちに来なさい!」
襟首を掴まれ、静かな裏口近くの廊下まで引き摺られる。
兄はしきりに辺りを見回し、ほっと息をついた。
「ここなら誰にも聞かれないな」
「聞かれたら困る話なんだ?」
「……いやまあそれはだな、うむ」
「ふーん?」
普段はしてやられてばかりだけどこういうのも楽しい。ラウルは調子に乗って続ける。
「彼女、僕に凄い嫉妬してたよ。血の繋がりがあるからずるいって。困っちゃうよね」
「彼女は母親を早くに亡くしているから」
「そういう嫉妬とは違ったように見えたけどなあ。
ソレリさんってさ、僕の見立てだと恋愛に本気でなるタイプでないと思うんだよね」
「何を根拠に」
根拠なんてないけど兄さんの反応が面白いから。ラウルはその言葉を呑みこんで代わりにこう言った。
「そういう人が本気になるってアレだよね」
「何が言いたい?」
「相手の男は彼女をとても愛していて、相当入れ込んでるってこと」
「……」
また黙ってしまった。否定しないということはそういうことなのだろうか。

ラウルはからかうようにくすくすと笑いながら止めを刺した。
「兄さん、本気になったらいけないんじゃなかったの?」
「私を脅す気か。この私が踊り子風情に本気になるわけ……」
「そうかな。兄さんは恋に狂った男の目をしてるよ」
「馬鹿なことを」
兄は笑い飛ばそうとして、それが出来ずに視線を落とした。
「僕もそうだったからわかるよ」
「そうだった?今は違うと言いたげだな」
「今は恋愛より大事なものがあるような気がする。まだよくわかんないけど」
「そうかな。おまえは恋に狂った男の目をしてるよ」
「自分もそうだからわかる?」
「さてね」
なんだかおかしくてラウルは兄と顔を見合わせて笑った。