虚飾と欺瞞の華やかな社交界で、最初に覚えたことは微笑みの仮面を絶えず被り続けること。
周りに合わせて笑みを浮かべること。
例え投げ掛けられた言葉が耳を塞ぎたくなるようなものだとしても、
知らないふりで笑っていれば何事もうまく流れていくように思えた。
誰が何を言おうと、嫌われようと、微笑みを絶やさずにいれば傷つくことはない。
まだ未熟だから時々微笑みを忘れてしまうけど、周りは気づかないふりをしてくれた。

しかし自分を偽り続けるのはつらいから、本当の自分を曝け出せるのはとても心地が良かった。
クリスティーヌと一緒にいるときは偽りのない自分でいられるような気がした。
けど、それは本当に偽りのない自分?
どこまでが本当で、どこからが嘘なのか、わからなくなる。
身を守るための処世術がいつの間にか自分そのものにすり替わっていく。
でもだいじょうぶ。そんなときは笑っていれば、万事うまくいくのだから。

けれど微笑みが通用しない相手が突然現れて、
僕の世界は天と地がひっくり返ったみたいにおかしくなった。
彼は今までの誰とも違う。何より違っていたのは僕に剥き出しの嫌悪感を向けていること。
ここまで憎悪を向けられて、嫌われたことなんてなかったから、
わからなくて、怖かった。わからなくて、怖いから、知ろうとした。
でも近づけば近づくほど、遠くなってわからなくなる。
嫌われて、痛くて、苦しくて、死んでしまいたいと思ったのは今回で二度目。
一度目はクリスティーヌに嫌われたと思ったとき。そして二度目は今。
こんなこと、今までずっとなかったのに。嫌われても笑っていれば平気だったのに。
わからなくて、怖かった。わからなくて、怖いから、もっと知ろうとした。
でも近づけば近づくほど、おかしくなってわからなくなる。
終いには自分自身さえわからなくなってしまった。

窓枠に切り取られた四角い空。
太陽が傾き、その身を焦がしながら地平線の彼方へ沈んでいく。
空が真っ赤に染まる。血染めの夕焼け。しかしその赤もやがて黒に変わるだろう。
目を見張るほどの鮮血が時間経過と共に黒く変色するように。
そしてその真っ黒な闇の中には仄白い光。月は無慈悲な輝きで地上を微かに照らす。
幾度となく繰り返される天上の華麗な交代劇。
急に体が重くなったように感じられ、ラウルは背もたれに体を預けてそっと目を閉じた。