昼間の喧噪が嘘のように、夜の町は静かだった。ここ数ヶ月ですっかり凶暴化した魔物を警戒して、人々は
あまり夜の外出を好まなくなりつつあった。とはいえ、お年寄りや子供は宵の世界に顔を出さなくなったが、
日の暮れた後に生活の糧を得る者は、少なくなった稼ぎを嘆きながらも、時折訪れる旅人を歓迎する。
 月明かりの下に、規則的な足音を立てながら、橙色のバンダナを巻いた少年が歩いていく。その背には槍を
負い、肩に提げた袋からは、剣や斧といった得物が顔を覗かせている。旅人ゆえに町に馴染みないながら、看
板に視線を移しつつも足取りは明確で、まっすぐに目的地を目指すといった風に、青年は歩き続ける。
 それから数分、宿屋の前で少年は足を止めた。
「お帰りなさいませ」
 恭しく宿屋の主人が頭を下げる。
「外はいかがでしたか」
「静かなものでしたよ。あ、これ、武器屋の店主から」
 少年は袋の中から小さな筒状の包みを取り出し、宿屋の主人へ差し出す。ああ、ありがとうございます、と
主人はさも当然とその包みを受け取った。
「あそこの武器屋さん、地下の倉でぶどう酒を作ってるんですよ。お客様ももらったんじゃありませんか?」
「ええ、もらいました。後でこっそり頂きますよ」
 笑顔を作りながら少年は受付を通り過ぎて行った。


 さて、買い物を済ませて残りのゴールドはどれぐらいだったか、他に必需品が無いかどうか、と思案しつつ
ロビーを通り過ぎようとする少年の目に、ひらひらと手が揺れるのが見えた。
「おかえりなさい」
 小柄ながら厚みのある本を片手に、女性と呼ぶにはまだ少々若い、緋色の髪をした少女が手を振る。少年も
笑顔になり、手を振り返す。
「あら、一人なの?」
「うん、ヤンガスとククールは酒場で遊んでいくって」
「元気のいいことねぇ」
 ああまたか、と少女が顔をしかめた。
「トラブルを起こしてなきゃいいんだけど」
「腕っぷしは強いから大丈夫でしょ?」
「それは心配してないんだけど、店の備品壊しちゃって弁償とかさ……」
「……そっちの方が厄介ね」
 ため息をつく少女に、少年は苦笑した。
「まぁ、誘われても僕は先に帰ろうと思ってたけど」
 どうして、と尋ねる少女に、青年は袋から酒瓶を取り出して見せた。
「貰い物なんだけど、こっそり飲もうと思ってて。よかったら、ゼシカも一緒にどう?」
「いいわね。なら、私の部屋で飲みましょ」
 その少女、ゼシカは二つ返事で、栞を挟んで本を閉じた。