その彼女が今日もポニーテールをなびかせて月の影を横切っていく。口元は薄く笑い。軽やかに屋根をとびうつっていく姿は美しいとさえいえた。
今日の彼女の目的はある資産家が保有するという宝石。その資産家はとてもあくどく、ほとんど脅しに近いような形で宝石をある人物から奪ったという。それを取り返して元の持ち主に戻してやろうと言うのが彼女の目的の動機。
場所は郊外の屋敷。その近くにある森の木の上でセイントテールは中を伺う。心の中には純粋な正義感と人を脅してまでものを奪おうとする人間への小さな怒りがあった。彼女は警備員が少なくとも視界内にはいないことを確認して屋敷へ飛ぶ。
盗みに入ると宣告する予告状を出したのに警部が薄いことに、一抹の不安を覚えながらではあった。
拍子抜けにほどがあろう。屋敷の庭にも、中にも警備どころか人っ子一人いないのだ。
セイントテールはもしかしたら、と宝石が別のところに移されているのかとも思ったが下調べの時にはそんな兆候はなかった。それでも警察すらいない不気味である。彼女は屋敷内を警戒品しながら進みつつも首を傾げざるを得なかった。
ドアノブを開けてセイントテールはある部屋に入る。この部屋が宝石の保管されている金庫のある部屋。さすがにここには、とセイントテールは警備員を身構えていたが、ここにも誰もいなかった。
中はいくつかの窓がある。月光が其処から入り、部屋の中を明るく照らす。部屋の中央に黒い長方形の金庫がある以外は何もない部屋。罠はどうかと地面も壁もセイントテールは調べてみたが全く異常がない。人が隠れるペースもない。それどころか彼女は驚くべきことに気ついた。
普通に窓が開いた。防犯警報も何もない。しかもその先には赤い屋根が続いている。すなわち絶交に逃走経路といっていい。
「なんなのよ……」
さすがにここに至ってセイントテール、こと羽丘 芽美(はねおか めいみ)は深いため息をついた。あらゆる下準備を、逆の意味で嘲笑われたような。かといってあまりに簡単でほっとしているような気持ちに芽美はなってしまう。
彼女はそのつややかなな茶髪をかき分けてから金庫に近づいた。その時ひらひらとスカートが動く。
「まあ、さっさといただいちゃいますか」
芽美は少しおどけた口調で金庫のダイヤルに手をかけた。今更ダイヤルと言うのもアナグロチックな感じがしないでもない。耳を金庫につかえてちきちきと音を確認しながら芽美はダイヤルを回す。