リューズを押すとパチンと音がして、グラスが45度の角度に跳ね上がる。
グラスに光の十字が浮かび、怪盗少女はその中心を悪徳富豪の首筋に重ね合わせる。
(さあ、おねむの時間よ)
少女はほくそ笑むと、トリガーリューズを押し込もうとした。
その瞬間、目の前にガラスの板が落ちてきた。
「気付かれたっ……そんなっ……」
慌てる怪盗少女の足側にも重い鉄板が落ち、彼女の退路を遮断してしまった。
「くっ!」
少女は目の前のガラス板を殴りつけるがビクともしない。
このダクトは彼女が通れるギリギリのサイズである。
身動きすらままならい狭い空間ではテイクバックも取れず、全力を振るうことは不可能だ。
「やめたまえ。そんなことをしても拳を痛めるだけだよ」
特殊ガラスの強度に自信があるのか、悪徳富豪は余裕綽々の態度でダクトを見上げる。
「ど、どうして……」
怪盗少女の青ざめた頬を嫌な汗が一筋流れ落ちる。
「メイドに化けて潜入するなど、バレないとでも思っていたのかね? 我が屋敷の使用人が着けている社員章にはビーコンが埋め込まれているのだよ」
少女は「ハッ」と襟元に付いた社員章に手をやる。
「周波数は決められた時間に2回、全員が手動で変えることになっている。一人だけ違う周波数の人間がいれば、怪しむのは当然ではないかね?」
悪徳富豪がこらえきれないように「クックック」と笑いを漏らした。