その顔を見て、美桜は思い出した。
その男は美桜の乳房に執着し、乳房にひたすらむしゃぶりついていた男であった。
最後は胸の谷間に逸物を挟んでしごいてイカせてやったのだ。
奇妙な音は男が親指をしゃぶる音であり、どうやら彼は恐怖と混乱のあまり幼児退行を起こしたらしい。

「可哀想ね。でも諦めてちょうだい」

“ちゅー、ちゅー、ちゅー”

「私はね、赤ん坊や年端もいかない子供も手にかけてきたの」

“ちゅー!ちゅー!ちゅー!”

「だから往生際の悪い男は思いっきり苦しみながら死になさい」

“ちゅー……”

最後の断末魔が牢獄中に響き渡る。それはいままでより長く、おぞましい声だった。
そこで何が行われていたのか、それを確かめようとする者は誰一人としていなかった。


断末魔が止んですぐ、牢屋の扉が内側から蹴り壊された。
中から現れた血まみれの美桜は、怯えおののく看守たちにこう言った。

「今すぐお風呂の支度をしてくれないかしら?このままじゃ伊藤様に顔見せできないから」

看守たちは直ちに風呂の準備をした。
美桜は身体を洗い流すと、湯船の中にその身を浸していったのだった───


   ***   ***

そして現在。

「ふぅ……」

美桜は浸かっていた湯船からゆっくり頭を出した。
ケインとの情交のあと、彼女は宿からこっそり抜け出し、街にある自分のアジトにて風呂に入っていたのだ。
熟練した忍者なら誰にも気づかれず出入りすることなど容易いことである。


 美桜がヒノモトを発った後、侍たちによる烈道討伐隊が編成されたことを仲間のくのいちが知らせてくれた。
こうして美桜は自分の予想が正しかったと確信した。

謀叛人である烈道を討つのは侍でなくてはならず、すべての手柄は侍に与えられなければならない。
それはヒノモトを治めるサムライの論理であり、幕府の威厳と支配を保つための茶番であった。
美桜が烈道を討ったところで、それは侍の手柄として喧伝され、そのために彼女は邪魔でしかないのだ。

さりとて、烈道を討つ任務を放棄する選択はない。そして美桜は考えを変えた。
烈道は侍たちに討たせればいいのだ。くのいちである自分はそのためのお膳立てをすればいいのだと。
そもそも美桜は烈道の真の目的を探るという任務も負っているのである。
何もかも一人でやるより、それが効率的だと判断したのだった。

(続く)