ヒュージな彼女 



 人生五十年、下天の内をくらぶれば、夢幻の如くなり。
 沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。
 おごれる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。
 よどみに浮ぶうたかたは、かつ消え、かつ結びて、久しくとどまりたる例なし。
 むらさき立ちたる雲の、細くたなびきたる。

 ……時世の句を考えていたら、何か色々混ざって滅茶苦茶になってしまった。
 滅茶苦茶、むちゃくちゃになってしまったが、自分の人生がそもそも無意味なので、これで良いのだろう。
 そう思った。

「人生50年……。14年足りないが。 …あれ、“人間50年”だったか……」

 何か笑えてきた。
 どこか間違えたかも知れないが、分からない。
 人生36年……もうすぐ37年。これまで間違えっぱなしだったような気もする。
 だが勿体無くも、何も無い。
 何も無い……。


 ――関東圏の、とある都市。
 深夜。
 六月の蒸し暑さも、零時を越えると大分落ち着いた。
 車の往来もほとんど無くなり、静まり返った漆黒の空の下……街中を流れる河川にかかる、大きな橋の上である。
 その、冷たい鉄の欄干に寄りかかる男が一人。

「親父、母さん……ごめん。もう疲れたよ……」

 くたびれたスーツに、汗で襟首の黄ばみかけたシャツ。
 これまで打ち付けてられてきた、人生の波のどれほどかを物語っているようだった。
 力無く垂れた、男の両肩、そして光のない瞳。
 ゆく河の流れは、絶えずして……。
 流れゆく社会の荒波に負け、人の世の冷たさに絶望し、自殺志願者となり果てた男がそこにいた。