「もう……いやだ……」

 はるか見下ろす河の水は真っ暗だが、橋の街灯に照らされた部分だけが煌いている。
 誘っている様に見えた。
 この橋は海に近い位置にあるので、高さも水深も十分。
 男のポケットのふくらみには、以前趣味にしていた釣り用の錘がいくつも詰め込まれている。
 書くものも、きっちり書いた。
 準備は全て終わった。

 ……疲れた。
 
 ただ、疲れた。
 休みなど有って無きに等しく、残業に次ぐ残業……そもそもの意義を見出せない、毎日の仕事に疲れた。
 稼ぎがどうより、何のために責任を背負っているのか分からない。
 職場の上下関係、気を使うばかりの立ち位置、人間関係にも、殊更疲れた。
 癒しを与えてくれる彼女なんかいない。
 できない。
 作っている余裕すら無い。
 ……そもそも、こんな疲れたおっさんを相手してくれる女の子など……。
 学生時代の思い出が遥か遠く、懐かしい。
 そんな息子を知ってか知らずか、結婚は? と遠慮なく言ってくる両親にも疲れた。
 それでもなんとか親の気持ちに応えようと、一年ほど前から婚活なんぞを始めてみたが、そこでの女性との付き合いにも疲れた。
 逆に女性が苦手になった。
 伴侶が欲しい気持ちはあったし、あれが女性の全てでは決して無い、それは頭では分かっているが……。
 良い事は無かった。

 辛いけど、もう少し頑張ろう。
 もうちょっとだけ頑張ろう。

 そう思って毎日を凌いできた。
 なんとか踏ん張れば、もう少し我慢したら、良いことだってある。
 そう思っていたが、そんな我慢強い自分にも疲れた。そして気が付いたら、40が迫っていた。
 いつの間に……。ある日それを理解して愕然とした。
 ついでに、徐々に薄くなっていく髪にも、疲れた。
 もういいだろう。
 一人で36年頑張ったら、十分だろう……楽になろう。