「何してんの? そこなサラリーマンの人。……自殺? 自殺ですね、どう見ても。その靴とか。封筒とか」
「な…? あれ…?」
片足を欄干に乗っけたまま、真横に顔を向ける。
女が一人、立っていた。
「ちょっ…… いつから、そこに?」
「三分くらい前ですかな」
彼の問いにそう応えた、スーツ姿の女性。
小柄な人だ。
片手には、夜の買い物帰りなのか、コンビニのレジ袋を下げている。
深夜1時……いや、もう2時近い。
こんな夜道、さっきまで誰も居なかった筈のそこに、突然、女性が一人。
彼はただ、驚くしかなかった。
――結構若いし、かわいい。
スーツ?
何故こんな時間…夜勤のOL? 飲み会とかの帰り?
いや、それよりも……ちょっと待て。
……聞かれた。
今の、最後のやつを聞かれた。
確実に、聞かれた。
女の人に。
……最悪、最低だ。
「死のう。 うん、今死のう。 死ねばいいんだ」
それを人に聞かれてはならぬ。
決して、誰にも知られてはならぬことを……。
絶望、だ。
全てが虚無となった能面のごとき顔で、彼は改めて欄干を乗り越えようとする。
さっさと飛び込まないから、こんな事になったのだ。
こうすれば全てリセットである。
だが――彼の様子を見たその女性は、背後から必死で掴んで、引っ張り戻そうとした。