「ちょっと! やめなさい!」
「死なせてくれ! 死なせてくれ!」

 女性、しかも小柄な身体の割に、かなりの腕力だった。
 なかなか振りほどけない。

「ダメだって! あんたに聞きたいことあるんだから! 死ぬのはそれからにして!」
「……は? 聞く? 一体何を……」

 その一言で、彼の気持ちは現世に戻ってきた。
 足を下ろす。
 こんな状況、一体何を聞きたいと言うのか? この自分に、質問とは……。
 しかし、これから死ぬというのに、“知りたい”という感情が湧く。そんな自分が自分で可笑しいと思った。


「はー、はー…… えっとね…あんた、今、女の子のうんこ風呂に埋もれたいとか、溺れたいとか言ってましたね? それって本気?」 

 ……ただの死体蹴りだった。(まだ生きているが)
 この女性は、とんでもないSなのだなぁ……。そう彼は思った。
 更なる精神攻撃を加えるために自殺者を引き止めるとは、凄い人がいるものだ……と、最早死人として達観した気持ちだった。
 また能面のような顔に戻り、彼は河に飛び込もうと改めて決意する。
 死こそが救いである。
 しかし、数秒何も言わないでいると、また彼女が聞いてきた。

「ホントならさ……あたしが叶えてあげよっか? それ。だから死ぬの待ちなさい」

「へあっ!?」

 今度は驚きのあまり、アホみたいな声が出た。 
 そして気付いた事がある。

 深夜に突然現れた、この女。
 向かい合い、ほんの数歩の位置で衝撃的な言葉を発した、彼女は……猛烈に酒臭かった。