「えっ…… も、もっと?」
「ああ。欲しい。まだまだ足りない。バスタブ一杯出すって言って……半分しかないじゃないか。ほら」
「半分……。う、うん。ごめん、全力できばったら、そのくらい出るはずだったんだけど……。うん。いっぱいには、ならなかったね……」
「なんだ、期待外れだな。……しょーがない、身体洗ったら、服着て、あの橋に戻るか。夜が明ける前に飛び降りないと……」

 良いながら両手で、髪に付着した便を拭った。
 そして大きなため息。

「ま、待って! 頑張るから! 今すぐ何か食べて、そしたら私すぐ消化できるから……もっといっぱい出せるから! だから……行かないで。死なないで……!」

 富士谷にとってそれは、予想外の反応だった。
 初めて、彼女は慌てた。
 やれやれ……といった風な表情を作る鹿屋に、富士谷は自分が汚れるのも構わず……すがりつくようにして叫んでいた。

「……嘘だよ」
「え……」
「ごめん。嘘だ。もうあの橋には行かない。人生の最後の最後で、この世界に天国を見つけたからな。富士谷さん、あんた、誰が何といおうと、あんた自身がどう思おうと……俺の天使だ。死ぬ理由なんか、もうない」
「本当に? 本当にそう思ってくれるの?」
「ああ。……ちょっと、酒臭いけどな……。オシッコはまぁ良いけど、ここで吐いたりはしないでくれよ。俺、こんな性癖だけど、ゲロは駄目なんだ」
「……変な人、カノさん。変な人だよ……」
「あんたもだろ。変な人だよ、富士谷さん」

 どう考えても異常な状況だ。
 だがそんな中で、二人は……鹿屋だけでなく、富士谷も、子どもに戻ったように笑いあった。

 ――こんなかわいい、それも自分のためにうんこ風呂作ってくれる娘なら……妖しだっていいじゃないか。
 どうせ自分も、実際に死のうとした、この世とは既におさらばした人間なのだし……。
 フィクションの世界のことだと思っていた大量娘は、実在した。
 そういう事なんだ。
 それだけの事だ。

 うつつか幻か、まどろんだ思考の中、そう鹿屋は思った。
 彼はただ、全身を包む富士谷の便の温もりとニオイと、そして彼女の笑顔に全てをゆだねた。