「富士谷さん、そういや俺、下の名前聞いてない」
「あ、そーだねー。気付かなかった」

 がばっと頭を持ち上げ、富士谷は驚く。
 そして仰向けの鹿屋にのっかかるようにして向き合い、言った。

「ことり…だよ。富士谷ことり。漢字はなくて平仮名ね」
「へぇ。 良い名前じゃないか。かわいいな」
「えへへ〜、ありがと。カノさんは?」
「ああ、慎二郎だ」
「しんじろう? また古風ですなぁ。でもかっこいいよ。鹿屋慎二郎かぁ〜」

 朝の光を遮った、薄暗い寝室で二人は笑いあった。
 こんな出会いもある。
 だから人生おもしろいのだな……と、鹿屋は昨日までと間逆のことを考える。
 大量娘は実在した。
 この世界は、自分が求めていた世界だった。今まで見えていないだけだったのだ。

(しかし、探すことを止めた途端に、すぐ近くで見つかる……青い鳥って本当に、そういうものなんだな……)

 この場合、もしかしたら捕まった自分が青い鳥だったのかも……とも、鹿屋は思った。
 大鷲のような猛禽類に近いと言うか、酒が抜けていても彼女は小鳥ではないらしい。
 「お酒飲んでると、便意をある程度コントロールできるんだ」と彼女は言うが、果たして本当か……。
 だがパジャマではしゃぐ彼女はかわいい。すっぴんになってもだ。
  
 ひとしきり笑いあったあと、もう一度ぎゅっと抱きしめあった。
 そしてやはり手を繋ぎながら……やがて二人は布団もかぶらず、並んで安らかに寝息を立て始めた。
 間違いなく、そこは二人の楽園だった。