「あ〜あ、腰がいてぇ…… あたま痒い…… 熱い風呂入りてぇな……」
つい、独り言が口から漏れてしまった。
たった一人残った、孤独な職場で。
このマンション工事の現場員の彼は、深夜10時を回ってもなお終わらない、大量の仕事と戦っていた。
(……あと何ページだ? 原価報告と、工程チェック表と……あっ、昨日の安全パトロールの是正報告書もか。……こりゃ今日も12時回るなぁ……)
昼間は現場に出っぱなしで、夜にしか書類仕事は出来ない。
キズの目立つ事務デスクに向かい、これまた使い込んだノートPCを彼は叩き続ける。
ぽりぽりと、短い髪を掻きながら今日の終業時刻を考えたが、どう急いでもそれは今日では無かった。
予算がケチられ、古いタイプしかリースできなかったこの事務所では、すきま風も防げない。
全開でエアコンを付けても防寒着が欠かせないが、会社支給のジャンパーは昼間に鉄筋に引っ掛けて破れていた。
その下の作業着も汚れとほつれだらけだった。
そして現場で働く職人も、先輩の現場代理人もとっくに帰っている。
広い現場の中でここの明りだけが、消えずに残っていた。
昔ながらのプレハブ二階建ての仮設現場事務所で、若い彼は一人、大きな工事を支えるべく頑張っていたのだった。
(書類多すぎだろ……やってもやっても……捌き切れねぇよ。頑張っても先が見えてこねぇ……でも、俺がしっかりしないと……)
体の疲れと睡眠不足から、どうしても手と頭の動きが鈍ってくる。
が、責任感でそれをねじ伏せた。
この若さで中間管理職のようなもの。
下請けの職人からも、上からも、毎日どやされ、走り回り……。
寒さも身に染みる。
20代半ばの手には似つかわしくない、ひどい荒れと赤切れだらけの指でマウスと赤鉛筆を握る。
……正直、辛いと感じる。
大卒で入社二年目、建設会社の若手社員である彼は、現場代理人見習いとして、やりがいの有りすぎる毎日を送っているのだった。