「はっ…? はっ…… はああぁっ……!?」


 壁の時計の、小さな針の音。
 クラスメイトがそれぞれに立てる、寝息。
 真っ暗な中で、薫が感じるのはそれだけだった。
 宿泊している旅館の大部屋である。

「あ〜………」

 ……まったく、言葉にならない声だった。
 寝巻としてのジャージ姿で、彼女は布団をはねのける。
 そしてゆっくりと、上半身だけ起こした。
 髪は超が付くぼさぼさ、胸元と顔は汗まみれ。
 ひどい状態である。

(い…いくらなんでも冗談じゃないわ…… ひど過ぎでしょ今の夢… ちょっとさぁ……もうちょっと何かさぁ……)

 動悸がひどい。
 今まで見た、どんな悪夢よりも恐ろしかった。
 中途半端に目覚めた眠気と、自己嫌悪と、べたべたする汗と……旅館の白い敷き布団の上、悪い意味でくらくらする薫だった。
 せっかく助けてくれたあの人に、あんなことを……。
 少し死にたくなった。

(う…やば、とりあえずトイレ行かなきゃ……)

 ゆらっ……と、頭を押さえながら薫は立ち上がった。
 深夜だが、彼女のお腹はそんなことに遠慮してはくれない。今日の宿のおいしい夕食、また調子に乗ってしまった。