チウゴクでも歴史的に何度も民族大移動してきたけどそれまでそこに住んでた庶民が全員消え去った訳じゃなくて
王朝や上の人が変わったところで「ああ今度の偉い人はあれなのね」程度で決して少なくない数の人々が流民にならず普通に暮らしてた
そういった場合、仮に古い血(元々の住民)と新しい血(支配しにきた別の民族)が混ざったって古い血が消えるわけではないし
歴史を語る上で最も重要なファクターの一つである、英雄が群雄割拠し時の支配者が求めて争い合った平原の地は変わらずそこにあるから
チウゴクへやって来た数多の異民はみんな中華に染まったに過ぎないのだ(中華思想)
実際モソゴル帝国のチウゴクに攻め入った層も政のためにチウゴクの文官を雇ったりチウゴクの文化を取り入れていった結果
無事中華に取り込まれて腐敗→革命のいつものパティーンの一部と化した訳で