(またいつもの話が始まった。この隙に逃げてしまおうとノブを回して、隙間に体を滑り込ませようとしたら開くはずのドアにひたいをぶつけ)
(目を白黒させてもう一度試してみてもやはり開かず、焦ってガチャガチャ回すうちに屋敷の門の魔法を思い出した)
(数年前、好奇心にかられて森へ出ようとしたことがある。門に触れた途端に凶暴化した使い魔たちに威嚇されてもふりきって押しあけようとしたのにビクともしなかった)
(何度か試しているうちに使い魔の鳴き声を聞きつけたクラウスがやってきて、この世の終わりかと思うくらいこっぴどく叱られて二度と(少なくとも門からは)出る気をなくし、門に魔法がかかっていると学んだのだった)
ず、ずるい…!
(つまりこの扉が開かないのは当然あの門と同じ魔法だろうし、となれば開ける手段はない)
(憤慨してふと我に変えると威圧的な気配を感じ取り、ふりむけばクラウスが一歩ずつ近づいていて戦慄する。すっかり気圧されて扉に背をつけたまま硬直して目をそらすこともできない)
(心臓は早鐘をうち耳の奥で鼓動の音がする。それは恋なのか恐怖なのかもうわからない)
い、いまなんて……
(どうせ何度も聞いたことのある話だし今はそれどころではなくてこの場を切り抜けることばかり考えめぐらせていたところ、「積み重ね」と耳に入ってくるときょとんとクラウスを見上げ)
(師匠は自分との時間にたいしてなにかしらの、どちらかといえば良い感情をいだいているのだと、前の文脈を知らないため都合よく解釈して)
(大筋当たっているのだとは夢にも思わず、どうせ脈なんてないし好きに妄想くらいはしようなどと考えていてつい表情が緩む)
ーーわかりました
(夢に浮かされたようなぽうっとした表情のまま、胸の前で手を組んでゆっくりとうなづいた)
(「積み重ね」の前後は全く聞いていなくて、好きな人に質問されたからそのまま肯定しただけ)
(話の出発点は性行為についてだったこともわすれクラウスに見惚れて、やっぱり今日も素敵だなあなどとのんきに構えている)