(いつも抵抗はされていたが激情に達してはいなかった)
(だが今日は、キツく言い過ぎてしまったのか、ノエラの感情が爆発して)
「ノエラ……」
(言葉を否定しようと考えたが、しかし、そう思われても仕方の無い態度を取ってきた)
(本当は違う理由であるのに、それを隠す為に余計に冷徹になっていたのだろう)
(己のこれまでを省みて改めるべきとも思うが、今はそれより優先すべきことがある)
(ドアを激しく叩いて逃げ出そうとするノエラを追って、歩み寄る)
(男の表情は相変わらず感情に乏しかったが、今はどこかいつもより真剣で)
(ノエラの傍まで来ると、手を伸ばし、扉を叩く腕を掴んだ)
(そして強引にノエラの身体を半回転させて自分の方へと向き直らせる)
(腕一本で支えているだけなので、よろけたノエラの背中は扉に打ち付けられてしまうかも知れない)
(男はそれを気にせず、顔をノエラの目の前でスッと近寄せた)
(激しく怒っているように見えたかも知れない)
(しかし、男が直後にしたのは…)
「…………」
(ノエラと自分の唇をピタリと重ね合わせる)
(魔力供給で何度も体を重ねてきたが、接吻だけは避けてきた)
(飽くまで魔術的に必要だから交わるのであり、愛を示す為の交わりとは異なるのだからと)
(そんな初めてにして短いキスを終えると、顔を少し離して目線を合わせる)
「……そうだ。
今問われた通り、私はノエラが好きなんだよ」
(簡潔な告白の言葉を口にした後、少し黙って未だ逡巡する様子を見せたが)
(すぐにまた口を開き、正直な言葉を重ねていく)
「魔法を教えないのも他の方法を試さないのも、お前が好きだからだ。
逃げ出されたくないから、抱きたいから、今の関係に拘ってきた。
気持ちが悪いだろう?
何歳も年下の、幼い頃から見てきた女に恋をする男など。
魔法使いとして世間とは離れた生活をしておきながら、一丁前に人を好きになる男など。
不気味に、見えるだろう。
だが、お前がどう思うと私の気持ちは変わらない。
お前を私の物にする為、なんであろうとする気持ちなのだから」
(一息に思いの丈を洗いざらい言葉にしてしまってから、不意に口を噤む)
(ノエラの反応を見るよりもまず、この後どうするかを頭の中で考え始めていた)
(言った内容に嘘はなく、ようやく言えたという喜びもあった……が)
(魔法使いとして、そして今後のノエラとの付き合い方について、計り知れない程の不安があった)
(まず間違いなく拒絶されるだろう、気味悪がられるだろうと男は考えていた)
(魔力供給は今まで以上に抵抗されるだろうし、一緒に食事を取ることも出来なくなる)
(それを避ける為にやるべき事は……記憶を消すしか無いと、結論に到達するのはすぐだった)
(滅多に使うことのない魔法だが、そう難しい物ではなく、この程度の会話なら確実に脳から消せる)
(それに以前に一度だけ、ノエラにそれを使うかどうか問い掛けたことがあった)
(スラム街でノエラを拾ってからすぐの事だ)
(ここに捨てられる前の記憶を消せるがどうするか、と)
(黙ってしまった男の目は、自分の想いをノエラの記憶から消してしまう事を決意しているように見えた)
(邪魔が入らなければ、たったの一小節の呪文などすぐに発動できる)
(誰の邪魔も入らなければ……)
【ありがとうございます】
【そうですね、長いお付き合いになると思います。よろしくお願いしますね】