>>173
(汐里の肌に加えられる、確かな圧力)
(幻覚とか、気のせいのような、曖昧なものではない。目には見えないが、誰かが痴漢のように、彼女の柔肌に触れている)
(突然の感覚に戸惑った汐里は、服を緩めて自分に触れている何かの正体を見極めようとするが、そこには何も存在していない)
(シャツの隙間の内側……スポーツブラの下の、平らな胸。そこに密着している手のひらの感覚は、間違いなくあるのに)
(その感覚があることと同じくらい間違いなく、そこには何もなかった)

(『きれいなこえ』『かわいい』『おどろかせた?』『ごめんね』)

(壁の落書きが、音もなく増えていく)
(その内容は、慌てている汐里への謝罪だ)
(だが、謝ってはいるが、彼女の胸に重なる人肌の感触は消えない)
(いや、それどころか、「にちゃっ」「ねちゃっ」と、粘っこい水音のようなものが追加された)
(汐里の胸元の、小さなピンク色のつぼみが、その音の発生源だ)
(熱く、柔らかく、ヌルヌルしたものが……目に見えない動物の舌のような何かが……汐里の乳首を、吸って、舐め回している)
(そんな風にしか思えない感触が、リアルに、彼女の敏感な部分に加えられていく)
(そして、感覚だけでなく、実際に唾液のような透明な液体が、彼女の胸の先端を濡らし始めていた)

(『がまんできない』『おいしい』『すべすべ』『すき』)
(『この子なら』『ほしい』『しあわせ』)
(『あいたい』)
(『きて』)

(汐里の目の前で、壁紙ににじみ出るように出現する文字たち)
(ちゅうちゅう、ちゅぱちゅぱと、彼女の乳首が吸われる感触は、一分以上続き……最終的に、彼女の胸全体を、唾液でべっとりと濡らして、止まった)
(そして同時に、壁の文字の増殖も止まる)
(『きて』と、大きな赤い文字が書かれたのが、最後だった)

(謎の超常現象が終わって、玄関は静かになった。壁の文字は増えないし、カラダに変な感覚も生じない)
(汐里はその場でしばらく休んでもいいし、家の中を歩き回ってもいい)

(汐里が進むことができるのは、まっすぐ前方へと延びる廊下と、二階へ上がっていくための階段だ)
(廊下の奥からは、ブーンという低い音がする。冷蔵庫か、エアコンか、そういった感じの音だ)
(二階からは、どす、どすという足音がする。太った人なのか、わりと重そうな足音だ)