そばで部落の衆の話し声が続く中、典生は幻のようなその光景に釘付けになる。誰かが、あそこで、肌色で、駆け回っている。恐ろしいほど強く雨が
降っているのに、それはしっかりと全身を「揺らして」いるように見えた。
妖怪のたぐいでない限り、あれは間違いなく自らの妻 百々子のはず。しかしどう考えても、百々子がこの雨の中、肉を揺らして走り回っている理由にたどり着けない。
もちろんあの白さは、例のあの白ジャージでもない。濃淡のまるでない、それこそ真っ裸のように見える百々子が、ひたすら自らの肉を晒して納屋と軽トラの間を往復しているのだ。
「……っ?」
異様な光景に、少しだけ変化が起こった。白い影が納屋の方に走った時、軽トラから誰かが現れた。それはもう、服装から哲夫以外の何者でもない人物。
そして……白い影はその哲夫のところに急いで駆けた。
近づく白い肉。捕える黒ジャージの哲夫。近づいたのに拘束されしばらくもがく白肉。そしてしばしの静止。
やがて哲夫と白肉は、ゆっくりと軽トラへと向かう。そしてまた数秒の静止の後、軽トラは発進しゆっくりとわが家に続く道へ消えていった。
きっと4、5分の出来事。哲夫と、きっと妻であろう白い揺れ肉が、畑で何をしていたのか……あまりの現実感のなさに典生は思考を紡げないでいた。
普段どおりの哲夫。裸のように見えた妻であろう者。強い雨。往復走り。添い。抗い。静止……どれをどう取っても、正解には辿り着けそうもない淡い光景。
「つねちゃん、もう帰ろう。そんなに濡れちゃ風邪引くで」
「……あ、ああ」
呼びかけにようやく典生は我に返る。ぞろぞろと皆が自宅へと向かい始めた中、このずぶ濡れの体で今自宅に戻るのが、少し怖かった。