「……なんでも?」
「無理のない範囲で」
 冬子が先ほど兄が取ったのと同じ仕草で咽を鳴らしながら思案し始めた。しきりに頭を
揺らしながら、やがて、これまた似たように兄を一瞥すると「あたしがチョコを渡せたら
にーちゃんの負け。渡せなかったらあたしの負け」
 修司が頷くのを見て冬子はにやりと笑うとゲームへの参加を表明した。

 午後七時を回ったところで修司は目を覚ました。居間のこたつで寝入ってしまっていた
らしく、身体の節々が痛んだ。外はすっかり暗くなり部屋は薄暗く物音もしなかった。
「まだあいつ帰ってきてないのか。うまくいって今頃いちゃついてんじゃねーだろうな」
言葉は闇に吸い込まれていった。彼はため息をついた。「二月十四日晴れ。今年のバレン
タインも一個もチョコもらえませんでした、まる」
「やっぱ欲しいんじゃない」
 予期しなかった返答の言葉に修司は激しく驚いた。振り返るとぼんやりと人のシルエッ
トが浮かび上がった。冬子だった。「おま、いたのかよ!」
「さっき帰ってきた。寒かったー」冬子は部屋の電気のスイッチを手探りでつけると、ダ
ッフルコートを脱いで椅子に放り投げた。そして振り返ると含み笑みを修司に向けた。
「お菓子会社の陰謀(キリッ)」
「なんて悪趣味なやつだ」
「ほほほ。わりとかわいーね、にーちゃんってば」彼女はあっけらかんに笑った。
「あーうるせーうるせー。その様子じゃうまくいったのかよ、つまんねーな」
 その言葉で冬子の表情が凍りついた。彼女はため息をついてダッフルコートのポケット
からラッピングされたチョコレートを取り出した。修司はすべてを悟った。
「なんだよ駄目だったのかよ、せっかく俺が一肌脱いでやったのに」彼は勤めて明るく振
舞おうとした。「まぁ罰ゲームは執行猶予つきにしておいてやるよ。俺もそこまで鬼じゃ
ない」
 冬子は修司のよくわからないフォローを無言で受け流すと、彼の隣に歩み寄り楚々と腰
を下ろした。
「な、なんですか冬子さん」
「賭けは賭けだから」冬子は目を瞑り、かるく顔を上げた。女と呼ぶにはまだ幼い顔立ち
は、しかしよく見てみれば整って見える。