バトル・ロワイアル 【今度は本気】 第8部
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています
前スレ
バトル・ロワイアル 【今度は本気】 第7部
ttp://set.bbspink.com/test/read.cgi/erog/1228228630/
<感想・質問等はこちらへ↓>
関連スレ
企画もの【バトル・ロワイアル】新・総合検討会議2
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/computer/15097/1270308017/
過去スレ・過去関連スレなどはこちら >>2
参加者表その1はこちら >>3
参加者表その2はこちら >>4
主催者表はこちら >>5
割り込み防止用 >>2-10
常に【sage】進行でお願いします
※ルート分岐のお知らせ
前スレ>>238「生きてこそ」以降、3ルートに分岐することとなりました。
ルートAは従来通りのリレー形式に、
ルートB、Cは其々の書き手個人による独自ルートになります。
経緯につきましては、新・総合検討会議スレの886以降をご参照ください。
(ルートC)
【グループ:紗霧・ランス・まひる・恭也・ユリーシャ・野武彦】
【スタンス:主催者打倒、アイテム・仲間集め
@しばらく休養】
【備考:全員、首輪解除済み】
【現在位置:D−6 西の森外れ・小屋3】
【ユリ―シャ(元01)】
【スタンス:ランス次第】
【所持品:スペツナズナイフ、フラッシュ紙コップ】
【ランス(元02)】
【スタンス:女の子優先でグループに協力、プランナーの事は隠し通す
男の運営者は殺す、運営者からアリス・秋穂殺しの犯人を訊き出す】
【所持品:斧】
【能力:剣がないのでランスアタック使用不可】
【備考:肋骨数本にヒビ(処置済み)・鎧破損】
【魔窟堂野武彦(元12)】
【所持品:軍用オイルライター、銃・45口径(残弾 5)、
ヘッドフォンステレオ、まじかるピュアソング】
【月夜御名紗霧(元36)with ナース服】
【スタンス:状況次第でステルスマーダー化も視野に】
【所持品:金属バット、ボウガン、対人レーダー】
【備考:疲労(小)、下腹部に多少の傷、性行為嫌悪】
【広場まひる(元38)with 体操服】
【所持品:せんべい袋(残 22/45)】
【高町恭也(元08)】
【スタンス:紗霧に従う】
【所持品:なし】
【備考:意識不明、失血(大)、低体温(大)、右わき腹から中央まで裂傷あり】
※痛み止め(解熱作用含む)の効果が切れました。
※「?服」のラストは、ナース服でした。
※米と味噌、野菜の数日分を確保できました。
【小屋の保管品】
[武器]
指輪型爆弾×2、レーザーガン、アイスピック、小太刀、鋼糸
[機械]
解除装置、簡易通信機・大、簡易通信機・小、
[道具]
工具、竹篭、スコップ、シャベル、メス、白チョーク1箱、文房具、
謎のペン×15、メイド服、生活用品、薬品・簡易医療器具
[食品]
小麦粉、香辛料、干し肉、保存食、備蓄食料
(ルートC・3日目 AM9:00 J−5地点 地下シェルター)
拳を、握る。拳を、開く。
拳を、握る。拳を、開く。
目覚めたザドゥが最初にしたことは、【気】を用いての内観であった。
深い呼吸と共に【生の気】を巡らせれば、血液の滞りや発熱、代謝の停止等、
【死の気】を内包している箇所で停留し、あるいは霧消する。
これは気功を使う者特有の、肉体機能のチェック方法である。
(想像以上に疲弊が激しいな。火傷による機能の低下も著しいが……
だが、機能の不全には至っていない。俺はまだ、戦える)
その分析に、痛みは考慮されていない。
ザドゥはいつかの亡霊・紳一とは違い、痛み程度には動じない。
動くのか、動かぬのか。
壊れているのか、いないのか。
それを、一箇所一箇所丁寧に確認するのみである。
「はいはーい、ザッちゃんザッちゃん! 次はあたしを触診してー♪」
《そういう話なら、ぜひこの儂に!》
「黙れ妖刀、折られたいか」
《……お黙ります》
主催者一同の脳裏に、頭痛すら覚えるほどの強烈な鳴動が感じられたのは、
ザドゥが芹沢の背に【生の気】を巡らせようと掌を伸ばした矢先であった。
《聞け、主催者どもよ》
プランナーであった。
姿見せぬ金卵神が、強大な思念波を叩き付けたのである。
主催者たちに、緊張が走る。
《基地は地中に没し、学校も崩壊し、素敵医師とケイブリスを失った。
しかも深夜零時と早朝六時の定時放送も為されなかった。故に。
お前たちはゲームを管理する力を失ったと判断してよいだろう―――》
(No!? ケイブリスが死んだ、だと?)
椎名智機のトランキライザが働き、情動負荷が軽減される。
その処理をトレースして、初めて智機は気が付いた。
ケイブリスの死に、強制緩和を必要とする程の悲しみが発生していたことに。
『いいぜ、その目……ギラギラとしてて餓えてる目だ。見直したぜ』
―――興味を抱かれたい。
―――知って欲しい。
―――求められたい。
失って初めて、智機は理解した。
ケイブリスこそ。
誰よりも真っ直ぐな眼差しで智機を見つめてくれていたのだと。
智機のその悲願に、最も近い感情を抱いてくれていたのだと。
《しかし、それを以ってプレイヤーの勝利とは、我々は判断しない。
これは殺し合いのゲームである。
優勝とは唯一人が生き残るを指すのと同じく、
主催者の打倒とは主催者の全滅を指すからである》
透子は降り注ぐ言葉を咀嚼する。
一言半句逃すまいと、記憶領域にログ出力する。
深夜から早朝にかけての記憶/記録検索で、彼女は気付いていた。
ゲーム運営の実権を握っているのは、ルドラサウムなどではなく、
このプランナーという異形の神なのだと。
―――ルドラサウムを楽しませる。
確かにそれも重要ではあるが、それだけでは不十分である。
―――プランナーが敷いたレールから逸脱しない。
それに反することもまた、悲願の達成を遠ざけることになるのだと。
透子は理解したのである。
《つまり、ゲームは未だ継続中である。
優勝者が出るか、お前たちが全滅するまで、ゲームは終らない。
管理能力を失ったお前たちではあっても、
プレイヤーの敵としてのお前たちはゲームに必要とされている。
依然として。
故に、お前たちは未だ、その願いを叶える権利を失ってはいない》
(なーんだ、じゃあ今までと変わらないってことかぁ)
芹沢は胸を撫で下ろす。
彼女は確かに主催の一翼を担う立場にはあれど、
智機の如きシステム面にての働きには携わらぬ駒でもあった。
刺客として戦場に赴き、プレイヤーを脅し間引くを旨とする、
純粋なる現場担当者であった。
その立場から見たプランナーの発言は、自分の行動を変えるようなものではなく、
逆に、対立構図はより鮮明に単純になったのだと、楽観的に受け止めた。
それよりも、なにやら。
(何かこのカミサマって、やーな感じぃ)
何を当たり前のことをさも勿体ぶって口にするのか。
直感型で嗅覚を信ずるタイプの彼女としては、
プランナーのその性質に、生理的な不快感を覚えたのである。
《さて、では本題に入ろう》
―――本題?
その言葉にザドゥと芹沢は混乱する。
自分たちの主催としての去就が主題ではないとするならば、
それ以上に重要なものとは、一体何であるのか。
―――本題!
その言葉に透子と智機は思い至った。
自分たちが今居る場所と、そこを使用しているという意味に。
そこを、プレイヤーよりも先に利用したという事実に。
《シークレットポイント……
そこにある「有利になる何か」を主催者がプレイヤーに先んじて使用すれば
ペナルティが下るというルールを、覚えているか?
今回のケースは難しい。
そこにある「何か」が道具ではなく、部屋そのものなのだから。
検討の末、我々はこう、判断した。
素敵医師や御陵透子が立ち寄ったことは、抵触しない。
ザドゥとカモミール芹沢が避難したこともまた同様である。
問題は―――
仁村知佳の襲撃を、その扉で防いだ点にある。
これを我々はペナルティの対象となると認定した》
プランナーはそこまで一息にまくし立てて、沈黙した。
待っている。
この神は、哀れな子羊たちから問いが発せられるのを待っている。
質疑応答の形を経て、ペナルティをより強固に刻みつけようと、
手薬煉を引いて待っている。
「……ペナルティとは?」
プランナーの期待に応えたのは空気を読めぬオートマン、智機であった。
異形の神はさらに勿体ぶって二呼吸の間を空けた上で、厳かな声で処分を通達した。
《優勝者が出た時点においての生存主催者のうち、
一人の願いを叶えないこととする》
「「「!!!」」」
「一人って…… 誰のことなの?」
恐る恐る、芹沢が聞いた。
その怯えた声の調子に目論見の成功を確信したプランナーは、
喜びに震えそうになる己の声を抑えて冷静を装い、返答する。
《それはお前たちで話し合って決めればよい。
我々は対象人物まで特定しない》
口火を切ったのは透子であった。
瞳に炎を宿らせて、主催者の三人をにらみつけた。
「譲れない」
「私は絶対……」
「願いを叶える」
それを諌めたのは智機であった。
「Wait、Waitだよ、透子様。
ここで短絡を起こしてはいけない。
プランナー様はこう言ったろう?
優勝者が出た時点においての生存主催者のうち、と。
今、一人を口減らしたとしても意味が無いのだよ」
今、と、智機は口にした。それはつまり、後、ならば。
同胞を殺す意味があるのだと、その心算もあるのだと、
智機は宣言したに他ならない。
「ねぇねぇ、どーしよっか、ザッちゃん?」
芹沢が腕組みするザドゥの袖を引っ張って、上目遣いで見つめる。
ザドゥを形式上の首魁に過ぎないと見る主催者たちの中で、
彼女は只一人、彼をトップであると認めている。
武家社会の末子たるこの女は、主筋に判断を委ねたのである。
プランナーの登場から此方、沈黙を保っているザドゥは。
芹沢の要請を受けるや、両の瞼をカッと見開いて、
まるでそこにプランナーの姿が見えているかの如く、
強い眼力で虚空を睨めつけると。
「―――断る」
そう、短く断じたのである。
《……首魁ザドゥ。君の発言は、誰に、何に向けて発せられたのかな?》
「そのペナルティ、承服しかねるということだ」
言い捨てた。
伺いを立てるといった様子ではなかった。
一方的な拒絶の宣言であった。
《憤りも理解せぬではないが、これは厳粛なるルールの適用に過ぎな……》
「黙れ下っ端」
《下っ……!?》
ザドゥの分を弁えぬ余りにも余りな暴言に、空気が凍りつく。
身の程を知らぬザドゥはそれでも飽きたらぬのか、
更なる暴言を重ねて、プランナーを侮辱する。
「下っ端が横合いからピーチクパーチク囀るなと言っている。
俺が契約したのはルドラサウムだ。貴様に従う謂れは無い。
納得させたいのならあの鯨を出せ」
神と人との絶対的な力関係さえ考慮しなければ―――
理は確かに、ザドゥにあった。
椎名智機こそ企画立案者であるプランナーの存在を把握していたものの、
主催者のスカウトと契約はルドラサウム自らが行っている。
ぽっと出の、素性のわからぬ存在に従う理由など無いのである。
「だいたい、昨日の勝手なルール変更も、あれはなんだ?
あれが罷り通るなら、俺たち主催など要らんだろう。
今更覆せとも言わんが、今後貴様が何を呟こうと俺はその言葉を受け入れん。
それを覚えておけ」
言った。言い切った。
ザドゥを除く三人の女は、呼吸すらままならぬ緊張感の只中に叩き込まれた。
プランナーは二の句が継げずにいる。
その濃厚な沈黙を打ち破ったのは、果たして渦中の蒼鯨神であった。
《キャハハハ!!
下っ端? 下っ端だって? プランナーが?
そーだよね、そりゃそうだよねー》
「出たか、鯨」
《流石はザドゥ君、怖いもの知らずだね!
君の自主性を見込んで、トップに据えた自分の直感を褒めたいくらいだよ!
だってプランナーのこんな顔、今まで見たことなかったからね》
本当に、心底楽しそうな。
この島に来てから一番楽しそうな笑い声が、
音の津波となってシェルター内を包み込む。
その空気は、魔剣にまでも伝播した。
《かはははははっ! すげーなザッちゃん!
三超神を下っ端扱いした生物は、多分お前さんが初めてじゃぞい!
よう言うた、よう言うた》
カオスとて、プランナーの曲った性根に苦渋を舐めさせられた一人である。
ザドゥの蛮行に送られた喝采は、心の底からのものであった。
さらには、芹沢すらも。
笑い声の輪唱に己を取り戻し、ザドゥに追従する始末であった。
「そーだよねぇ…… あたしもカミサマのこと、知らないなぁ。
その辺、くじらさんの説明が欲しいなー」
空気は、逆転していた。
この場の明らかな絶対支配者であったプランナーが、
ザドゥの神を神とも思わぬ傲岸不遜な態度によって、
上役たるルドラサウムの予定外の登場によって、
単なる下っ端の道化へと、堕したのである。
主催者たちには見えぬ、されどルドラサウムには見えるその場所で、
プランナーは屈辱に下唇を噛み締める。
それはこの神が生を受けてこの方、初めて受けた屈辱であった。
《それじゃあ言うけど……。
残念だけど、このゲームの難しいルールとかは全部、彼に任せてあるんだ。
だから、ペナルティはプランナーの言ったとおり。
彼の言葉は、僕の言葉。わかった?》
結局、ルドラサウムはプランナーの肩を持った。
彼を己の全権委任者であると宣言し、それまでの独断を肯定した。
プランナーは主の裁定に弱冠の溜飲を下げる。
しかし。それでも。
ザドゥは猶、ザドゥであった。
「いいだろう。では、俺が辞退しよう」
この宣言にはプランナーのみならず、ルドラサウムもまた、絶句した。
「願いが叶えられない対象を、俺にしろ」
発言が飲み込めぬ一同に、ザドゥは繰り返す。
「俺が首魁だ。責任を取るのは俺の仕事だ」
そして、己の翻意を表に現さぬまま責任論に帰結させ、
ザドゥは再び腕を組み、鋭い眼光を和らげた。
もう語ることは無いのだと、その態度は如実に物語っている。
「Yes。上に立つものが責任を取る。組織論として実に正しいね。
ザドゥ殿、私は貴君のその判断、断固支持するよ」
「さんせい」
透子と智機は、ザドゥの決意を額面どおりに受け取った。
その内面にまで考えが及ばなかった。
芹沢だけが違和感を覚えた。
疑念の眼差しでザドゥを見遣る。
その芹沢の視線に気付いたザドゥは、軽く頬を吊り上げるのみであった。
(ザッちゃんは…… もしかして……)
直感型の芹沢には、もしかしてのその先を言語化できぬ。
しかし、判った。
ザドゥの中の大事な何かが、大きく変わってしまったのだと。
《あらららら、キミの目論見、外れちゃったね、プランナー》
プランナーの予定では。
このペナルティによって主催者どもは、疑心暗鬼に陥る筈であった。
相手を出し抜かんと、四者の間に陰謀や暗闘が生じる筈であった。
醜くて粘ついた情念と情念がしのぎを削るはずであった。
しかし、ルドラサウムの指摘する通り。
その陰湿な企みは、ザドゥの自己犠牲で木っ端微塵に砕け散った。
思惑の根本が、空振った。
《……申し開き様も無く》
金卵神は震える声で、己の主に謝罪した。
蒼鯨神は己の部下の謝罪を鷹揚に受け入れた。
《でもまあ、君のそんな悔しそーな顔が見れたから、楽しかったよ。
やっぱりぷちぷちは面白いなぁ、意外性があってさ》
その言葉を最後に、狂笑がフェードアウトしていって。
やがて二神の気配は消え去った。
ザドゥの袖を握ったままになっていた芹沢が、再び彼を上目遣う。
なぜか遠くに行ってしまった様に感じられるザドゥとの距離を詰めるべく、
言葉の整理もできぬまま、不安な気持ちだけを上滑らせる。
「ザッちゃん、あのね……?」
「芹沢、お前が気にすることは何もない。
今まで通りのお前で居さえすればいい。
これは、俺の問題だ」
ザドゥは思いがけぬ優しい笑みを浮かべ、芹沢の頭を撫でると、
先程中断した芹沢の身体機能チェックを再開すべく、
包帯の巻かれた痛々しい背に、腕を伸ばした。
↓
(ルートC)
【グループ:ザドゥ・芹沢・透子・智機】
【現在位置:J−5地点 地下シェルター】
【スタンス:待機潜伏、回復専念】
【主催者:ザドゥ】
【スタンス:ステルス対黒幕
@プレイヤーを叩き伏せ、優勝者をでっちあげる
A芹沢の願いを叶えさせる
B願望の授与式にてルドラサウムを殴る】
【所持品:なし】
【備考:重症、発熱(中)全身火傷(中)】
【主催者:カモミール・芹沢】
【スタンス:ザドゥに従う(ステルス対黒幕とは知らないが、変化は察している)】
【所持品:虎徹刀身(魔力発動で威力↑、ただし発動中は重量↑体力↓)
魔剣カオス(←透子)】
【備考:左腕異形化(武器にもなる)重症、発熱(中)、全身火傷(中)、
腹部損傷、左足首骨折】
※芹沢のトカレフ及び鉄扇は、火災にて破損していました。
【主催者:椎名智機】
【スタンス:@【自己保存】
A【自己保存】の危機を脱するまで、透子に従う
B【自己保存】を確保した上での願望成就】
【所持品:スタンナックル、カスタムジンジャー、グロック17(残弾17)×2、Dパーツ】
【主催者:御陵透子(N−21)】
【スタンス: @願望成就
Aルドラサウムを楽しませる
Bプランナーの意図に沿う】
【所持品:契約のロケット(破損)、スタンナックル、改造セグウェイ、
グロック17(残弾17)(←智機)】
【能力:記録/記憶を読む、
世界の読み替え:自身の転移、自身を【透子】だと認識させる(弱)】
【タイトル:それでも、恭也は答えない。】
(Cルート・3日目 AM10:00 D−6 西の森外れ・小屋3)
月夜御名紗霧が纏ったナース服は、無駄にはならなかった。
高町恭也への看病の手が必要になった故にである。
小屋の居間、江戸間八畳。
部屋の中心に煎餅布団が二枚重ねて敷かれており、
渦中の恭也はそこに寝かされていた。
紗霧以下四名が膝立ちで恭也を囲んでいる。
「まずは傷口を見ましょうか」
紗霧に促がされ、恭也の上着を脱がせた魔窟堂野武彦が顔を歪めた。
腹部にぐるりと巻かれた包帯が、赤と黒と黄とに染め上げられていた故に。
「これは……」
赤とは、血液である。
黒とは、凝固した血液である。
黄とは、膿である。
包帯を一巻き解く程に、血臭と膿臭の濃度が増してゆく。
室内は悪臭に満ち満ちてゆく。
この時点で、ユリーシャが嗚咽を漏らし、退室した。
「外の空気を…… 吸ってきます……」
やがて現れた恭也の腹部は、皆が包帯の染みから予想したとおり、
目を覆いたくなる惨状であった。
焼き潰した腹部にある傷口の一部はずるりと剥けており、
その周囲の皮膚がぐぢぐぢに膿んでいたからである。
この時点で、広場まひるが貧血を起こし、退室した。
「ご、ごめん…… ちょっと、だいぶ…… 無理」
月夜御名紗霧も気持ちとしては先の二人に同調したが、なんとか踏み留まった。
「まひるさん、キッチンでできるだけ沢山の湯を沸かしてください」
「らじゃっ、た……」
まひるに指示を出した紗霧は、恭也の口に差し込んであった
旧式の水銀体温計を引き抜き、その体温を読み上げる。
「34.9度……」
「……くたばるのか?」
無神経な言葉を無造作に投げかけたのはランス。
しかし、その響きに篭るのは嘲笑でも無関心でも無い。
不安。心配。
それが伝わる故に、紗霧も野武彦もランスを咎めない。
そしてまた、恭也もランスを咎めない。
咎める事が出来ない。
恭也は意識を失っている故に。
静かに意識を失っている故に。
表情は穏やかとも言えるほどの無表情であり。
四肢の筋肉はゴムマリの如く弛緩しており。
脈拍呼吸、共に極めて少ない状態である。
この、恭也の容態の急変は、薬品の効能が切れたことを原因としていた。
服用していた鎮痛剤――― モルヒネ混合物。
終末医療の臨床でおなじみのそれは、麻薬でもある。
痛みを和らげる効果にかけては全ての薬品に勝り、
疲労を感じさせにくくする効果もある。
決して、治療効果や回復効果があるわけではない。
つまり、薬のお陰で。
つまり、薬のせいで。
絶対安静にして然るべき体を、無理やり駆動させていただけなのである。
高町恭也は。
それを分かって、戦っていたのか。
それと知らずに、戦っていたのか。
意識を失ったままの青年は、どちらとも答えない。
「この状態、ジジイはどう見ます?」
「感染症…… じゃろうな」
熱が出ていれば、まだいい。
免疫系がウィルスを駆除すべく、熾烈な争いを繰り広げている証である。
しかし、傷口がひどく化膿しており、意識すら失っているというのに、
低体温、低生命活動であるということは。
ウィルスに、成す術も無く蹂躙されているということである。
「傷口の洗浄、膿の除去。抗生物質。点滴。……他には?」
「体温の確保じゃろう」
紗霧と野武彦は言葉少なに意見交換し、素早く処置を決断する。
共に専門的な医療知識は無い。
漫画やライトノベルからの受け売りでしかない。
それでも決断に迷いは無かった。
一刻の余裕も無い状況であると判っている故に。
「ストーブを付けますから、ランスは土間のポリタンクから灯油を。
ジジイには点滴を頼みます」
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
(Cルート・3日目 AM10:30 D−6 西の森外れ・小屋3)
灯油ストーブの上に乗ったヤカンが、しゅんしゅんと湯気を上げている。
室内気温、32℃。
真夏の日中の気温である。
それでも恭也の熱は戻らない。
傷口は清潔にした上で、軟膏を塗った。
点滴は今も投与中である。
出来得る限りの処置は済ませた。
それでも恭也の意識は戻らない。
紗霧は、見た目にはただ深く眠っているかの如く見える恭也の寝顔を、
ただ、黙って見つめている。
意識を緩めず、注意深く、少しの変化も見逃さぬように。
「そろそろ出発するけど、他に必要なものってある?」
引き戸を半分だけ開けて、土間のまひるが居間の紗霧に声を掛けた。
「そうですね…… 清潔なタオルと、シニア用紙おむつを」
「タオル、オムツ、タオル、オムツ。ん、覚えた!
忘れないうちに行って来ます!」
「メモを取りなさい、メモを」
包帯やテープの類は使い切り、点滴や抗生物質の残量も心許ない。
野武彦は、薬品をはじめとする医療用具の収集を主張した。
紗霧もそれを受け入れた。
故に、魔窟堂野武彦と広場まひるは、廃村を目指すこととなった。
雑貨屋や民家にあると思われる市販の医療品をかき集める為に。
病院跡という選択肢は無かった。
崩落した病院の医薬品が入手できないことは、
病院の放棄を決めた時点で確認を済ませていたのである。
「うおっ! なんだこの暑さは?」
まひるのさらに背後を通りがかったランスが、
開けた引き戸から漏れた熱気に、顔を顰めた。
「この暑さでも恭也さんには足りないんです。
熱気がもったいないので、引き戸は閉めといて下さい」
「紗霧ちゃんも暑いだろう?」
「へっちゃらです。私、冷血ですので」
「そうかぁ、汗かいてるように見えるがなぁ。我慢は体によくないぞ?
ここはひとつ、服をすぽぽーんと脱ぎ捨て…… 冗談冗談!」
紗霧が無言で振りかぶったのは金属バット。
ランスは慌てて引き戸を閉める。
「暑いのなら外に行って見張りでもしてなさい。
悪いときには悪いことが重なるモノですから、
警戒しとくに越したことはありません」
返事は無かった。
しかし大小二つの足音が玄関の向こうへと移動してゆき、
扉が閉まる音が紗霧の耳に届いた。
それはおそらくランスとユリーシャで。
まひると野武彦は既に出発しており。
小屋の中には、紗霧と恭也だけとなった。
しん、と――― 静寂のベールが、小屋の中に降りた。
紗霧は大きく溜息をつく。
肺の空気を全て吐き出すまで、溜息をつく。
緊張感を解きほぐすべく、頭を振る。
(出来ることは全部やりました)
点滴の交換まであと30分ほど掛かる。
それまでは恭也の状態が変化せぬ限り、紗霧の仕事は無い。
(あとは―――)
恭也が倒れてからの紗霧は、ずっと思考していた。
感情を意図的にスポイルしてきた。
行動と判断が重要なときには、いつだってそうしてきた。
雌伏と策略の人生を歩んできた紗霧にとって、それは容易いことであった。
しかし、その行動と判断にひと段落ついたならば。
他者の目を気にする必要すら無い状況となったならば。
紗霧ほどの鉄面皮とて、気は、緩む。
その、緩んだ紗霧の目線が、恭也の顔に向けられる。
恭也は変わらず、静かであった。
死体であると言われても納得してしまいそうな顔色であった。
(もし、恭也さんがこのまま……)
紗霧の心が、ざわつく。
名状しがたい焦燥感が、紗霧を襲う。
それを払拭すべく、紗霧が取った行動とは、罵倒であった。
走り出した焦燥感をぶっちぎる程の早口で。
「あなたは馬鹿ですか。いいえ、馬鹿ですね、大馬鹿にきまってます!
いくら鎮痛剤の効果が高かったとはいえ、
こんなになるまで我慢しているだなんて、感覚が鈍いなんてもんじゃありません。
あれですか。
あなたは恐竜か何かですか?
痛みの信号が脳に達するまで一日かかるとでもいうのですか?
神経伝達能力の進化を拒んだんですか?
三畳紀止まりですか?
ジュラ期止まりですか?
白亜紀止まりですか?
どうなんですか答えなさい!」 それでも、(8/8)#YusyoEND
容赦ない罵倒に、なんともいえぬ切なさが宿っていることを、紗霧は自覚した。
焦燥感が晴れるは愚か、逆に深まってしまったことを、紗霧は自覚した。
それまでも、薄ぼんやりと感じていたそれを、紗霧は自覚してしまった。
「違います、違います。私はそんなんじゃあ有りません」
その顔がみるみる赤みを増したのは、決して室温の高さ故では無かった。
紗霧は芽生えたての自覚を振り払うかの如く、頭を左右に強く振る。
―――俺は月夜御名さんを信用していない
―――でも、月夜御名さんという才能を信じることはできます
紗霧の脳裏に浮かぶのは、紗霧と恭也の秘密の契約。
その言葉が、その情景がリフレインされるのは、これが始めての事ではない。
既に何度か。
既に何度も。
紗霧の思考の間隙を突いて、蘇っていた。
「どうですか恭也さん、ケイブリスを完殺できた今。
あなたの評価に変化はありましたか?
私の信用度は…… 少しは上方修正されましたか?」
紗霧の精一杯の少女としての問いに。
それでも、恭也は答えない。
↓
(ルートC)
【グループ:紗霧・ランス・まひる・恭也・ユリーシャ・野武彦】
【スタンス:主催者打倒、アイテム・仲間集め
@しばらく休養】
【備考:全員、首輪解除済み】
【現在位置:D−6 西の森外れ・小屋3】
【高町恭也(元08)】
【所持品:なし】
【備考:意識不明、失血(大)、体温低下(大)、感染症(中)
右わき腹から中央まで裂傷、化膿(中)】
【月夜御名紗霧(元36)with ナース服】
【スタンス:状況次第でステルスマーダー化も視野に
@恭也を看病】
【所持品:金属バット、ボウガン、メス×1、簡易医療器具、対人レーダー
他爆指輪、簡易通信機・大、レーザーガン(←ユリーシャ)】
【備考:下腹部に多少の傷有、性行為に嫌悪感(大)】
【小屋の保管品】
[武器]
指輪型爆弾×2、レーザーガン、アイスピック、小太刀、鋼糸
[機械]
解除装置、簡易通信機・大、簡易通信機・小、
[道具]
工具、竹篭、スコップ、シャベル、メス、白チョーク1箱、文房具、
謎のペン×15、メイド服、生活用品、薬品・簡易医療器具
[食品]
小麦粉、香辛料、干し肉、保存食、備蓄食料
【現在位置:D−6 西の森外れ・小屋3周辺】
【行動:周辺哨戒】
【ユリ―シャ(元01)】
【スタンス:ランス次第】
【所持品:スペツナズナイフ、フラッシュ紙コップ】
【ランス(元02)】
【スタンス:女の子優先でグループに協力、プランナーの事は隠し通す
男の運営者は殺す、運営者からアリス・秋穂殺しの犯人を訊き出す】
【所持品:斧】
【能力:剣がないのでランスアタック使用不可】
【備考:肋骨数本にヒビ(処置済み)・鎧破損】
【現在位置:D−6 西の森外れ・小屋3 → D−7 村落】
【行動:廃村にて医療品調達】
【魔窟堂野武彦(元12)】
【所持品:454カスール(残弾 5)、鍵×4、簡易通信機・小
軍用オイルライター、ヘッドフォンステレオ、まじかるピュアソング】
【広場まひる(元38)with 体操服】
【所持品:せんべい袋(残 20/45)】
※紗霧の「薬品」とまひるの「救急セット」は恭也に使い切りました。
【タイトル:ひとりでも、みんなのひとり】
(ルートC・三日目 PM2:00 C−6 小屋1跡)
西の森、南端の浅く。
ナミが使用した手榴弾により崩落した小屋は、
しおりが最後に見た時と寸分違わず、
無残な断面図を晒していた。
「ここだ…… ここだよぅ!」
その場所が視界に入っただけで、しおりの瞳は潤みを帯びた。
しおりがそこにいたのはたった二日前でしかないというのに、
彼女の胸に去来するのは郷愁めいた感傷であった。
その後の記憶があまりにも激動であり流転であり衝撃であった故に、
その二日前が、既に十年の昔日の如く感じられたのである。
しおりが目覚めたのは午前六時。
己が一人であるという事実を理解しつつも受け入れられなかった彼女は。
一面グレースケールの荒野で、泣きじゃくった。
既に燃えるものが何一つない焼け野原で、炎の涙を撒き散らした。
泣いて、泣いて、泣ききって。
涙も声も枯れ果てて、己の全ての澱を吐き出して。
そして、しおりは立ち上がった。
自分の足で。
自分の意思で。
たった一人で立ち上がった。
(助けてあげなきゃ……)
しおりが最初に欲したのは、最愛の妹・さおりの救助であった。
無論、今のしおりはさおりの死を思い出している。
その死に際の全てを思い出している。
痛みと苦しみに歪めた顔を、訴える声を、思い出している。
シャロンが生きているしおりのみを救助し、
死せるさおりは放置したことを思い出している。
さおりの遺体が未だに瓦礫の下にあることを知っている。
死した後もずっと潰されたままであることを知っている。
死んでからもずっと苦しい思いをしている―――
それが、しおりには我慢ならぬ。
故に、しおりはさおりが埋もれる小屋の跡を目指したのである。
しおりは曖昧な記憶を辿る。
そこに入った時は、庇護者・常葉愛に手を引かれていた。
そこから出る時は、陵辱者・伊頭遺作に鎖を引かれていた。
為に、妹の眠るその位置はしおりの記憶に不明瞭であった。
それでもしおりは諦めなかった。
一人きりでいる孤独感に鼻をすすり上げながらも、
何度も迷い、その度にぐずりながらも。
紅涙を散らすことだけはしなかった。
そうして、休むことなく歩きのめすこと八時間あまり。
幸いにしてか不幸にしてか、誰にも出会うことなく。
ついにしおりは最愛の妹が眠る場所へと、辿り着いたのである。
「愛お姉ちゃん……」
しおりの目に最初に飛び込んだものは、常葉愛の遺体であった。
元は小屋の入り口があったはずのその場所に、常葉愛は朽ちていた。
剥けた栗色の髪の下に頭蓋骨の白を覗かせていた。
盆の窪に突き刺さった鉄骨は大きく広げた口から突き出ており、
両目は飛び出さんばかりに見開かれていた。
「シャロンお姉ちゃん……」
思わず目を背けた先に横たわっていたのは、シャロンの遺体であった。
元はテーブルがあったはずのその場所に、シャロンは朽ちていた。
首筋に深く歪な創傷がぱっくりと口を開けていた。
陰部には放たれた精液が、蛞蝓の這いずった跡の如く乾いており、
無念とも自嘲ともとれる表情に固まっていた。
そして。
シャロンの遺体の程近く。
数メートルの面積を保った一際大きな瓦礫。
分厚く無機質なコンクリート壁。
その下から覗いていた。
嘗ては紅葉のようであったちいさな右手だけが。
「あああぁああっっ!!」
その手を見た途端、しおりの中の何かがぶつりと切れた。
「こんな壁が!こんな壁が!」
半狂乱になったしおりは、拳を瓦礫に打ち下ろした。
何度も何度も叩きつけた。
そこに技術は無く、基本すら無く、駄々っ子のぐるぐるパンチでしかない。
柔い童女の皮膚はすぐさま裂け、鮮血が瓦礫に降り注いだ。
それでもしおりは叩いた。
有り余る怒りの感情を拳に乗せ、瓦礫にぶちまけた。
しおりが二日前のしおりであれば、そこで終わりであった。
硬く重い瓦礫に成す術もなく、拳が砕けるのみであった。
しかし、今のしおりは力なき童女ではない。
鼠の耳と、髭と、尻尾を有し、涙と共に炎を身に纏う【凶】である。
拳が壊れるのと同じ速度で、瓦礫を削り崩す力がある。
数分後。
そうしてしおりの両拳と瓦礫とがボロボロに崩れ。
ついに下敷きとなっていたさおりの全身が、姿を現した。
「さおりちゃん……」
右腕と、下半身。それが、醜く潰れていた。
自転車に引かれたカエルよりも尚醜くく拉げ、下品に広がっていた。
血溜まりは既に黒く凝固していた。
一度鬱血で膨らんだ顔面は、死後の血液凝固を経ることで再びしぼみ。
かといって一度膨れ上がった表皮は元に戻らず、空気の抜けたゴムマリの趣を見せ。
セルライトの如き数多の皺とひび割れを刻んでいた。
しかも、大小の死斑が至る所に浮き出ている。
人が死体について想像の及ぶ醜さ、不快さの全てが、さおりの遺体には備わっていた。
幼い容姿が、その惨たらしさに拍車をかけている。
よほど親しい者でなければ、それがさおりと呼ばれた童女であると気付かぬであろう。
よほど親しい者ならば、それがさおりと呼ばれた童女であることを認めたがらぬであろう。
「ごめんねぇ!ごめんねぇ!」
その無残な遺体を、しおりは抱きしめた。
遺体は黙して、語らない。
「しおりのせいでぇ!」
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
ナミの手榴弾による小屋の崩落。
すぐ隣から倒れ掛かる無骨な壁。
その時しおりが取った行動は、目を閉じ耳を塞ぐことであった。
命の危機を察知しながらも、それだけしかできなかった。
恐ろしさの余り、身が竦んでしまったから。
本来なら、そのまま壁の下敷きになるはずであった。
庇護者たる常葉愛と同行者クレア・バートンは玄関の傍。
童女の危機を察知し、救いの手を伸ばすには距離がありすぎる。
絶体絶命。
死を覚悟したしおりではあったが、それでも救いの手は伸ばされた。
「しおりちゃん、危ないっ!」
救い主の名は、さおり。
彼女は、しおりの双子の妹。
彼女は、しおりの愛すべき半身。
さおりは小さな体をいっぱいに広げ、しおりと柱の間に身を投じた。
計算も自己犠牲もない、打算も勝算もない、衝動的な行動であった。
ただ、体が動いた。
姉を守る―――
それだけであった。
しおりは、ぶつかったさおりの背に、目を白黒させるばかりであった。
弾かれた勢いでよろめき、背後の箪笥にぶつかり、倒れ込んだ。
思考を進める余裕は、頭脳にも時間にもなかった。
妹が自分を庇おうとしたのだと理解するのが精一杯であった。
「えっ? えっ?」
結果として、この転倒がしおりの命を救った。
壁は、しおりの背後にある箪笥を潰しきれなかったのである。
潰しきれぬ箪笥の高さの分だけ、空間が生まれたのである。
倒れていたしおりは、それ故にこの空間にすっぽりと収まることができた。
さおりの苔の一念が、岩を通したのである。
さおりは、しおりのより手前に立っていた。
故に、箪笥の恩恵を受けることなく、壁の強打を受けることとなった。
その下半身を潰されることとなった。
それでもさおりは。
『よかった。しおりちゃんは無事だね……』
鬱血で赤く膨れた顔に笑顔を作り、姉の無事を喜んだ―――
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
あとからあとから溢れる涙は炎となり。
遂には抱きしめたさおりの衣服に燃え移る。
「さおりちゃんは、しおりを守って、死んじゃった」
脂が溶ける臭いがする。
肉が燃える臭いがする。
骨が焦げる臭いがする。
しおりの腕の中で、さおりは態を変えてゆく。
全ては灰と煙と化してゆく。
しおりは、その妹の亡骸を見てはいなかった。
漸く晴れ間を見せつつある空へと吸い込まれるように昇ってゆく煙を見上げていた。
それは、葬儀であった。
しおりが出来る精一杯の弔いであった。
「しおりの命は、さおりちゃんがくれた」
そう。
さおりがその身を盾にしおりを守らなければ。
今、しおりはここにいないのである。
しおりは弔いの中で、ようやくそのことに思い至ったのである。
そしてまた―――
「さおりちゃんだけじゃ、ない」
しおりは回顧する。
この残虐の島で目覚めてからの、己の道程を。
しおりは理解する。
この残虐の島にも、優しい人が沢山居た事を。
「愛お姉ちゃんが。シャロンお姉ちゃんが。鬼作おじさんが。マスターが。
ここに居なければ、しおりは殺されてた。
しおりはみんなに、命を貰ったんだ」
しおりは何度も死に掛けた。
しかし、今、ここに生きている。
それは、この童女の力に拠るものではない。
か弱さ極まる彼女を守ってくれた存在の尽力に拠るものである。
彼女を守り散っていった、いくつもの命。
その犠牲の上に、彼女は立っている。
今、一人でいるしおりは。
今まで一人でなかったからこそ、存在しているのである。
「しおり、一人じゃない……!」
それはしおりにとっての天啓であった。
内から湧き上がってくる原初の感謝であった。
「しおりの命は、しおりだけのものじゃない。
しおりを助けてくれた、しおりのためにしんじゃった、みんなのものなんだ。
だから―――」
しおりは己の半身を己の腕の中で、己の涙で、荼毘に付す。
その可憐な口から紡ぎ出されるは、惜別の言葉ではなく、誓いの言葉。
「―――勝つよ。しおりはぜったいゆうしょうするよ!」
↓
(Cルート)
【現在位置:C−6 小屋1跡】
【しおり(28)】
【スタンス:優勝マーダー
@ さおり、愛、シャロンを火葬する】
【所持品:なし】
【能力:凶化、紅涙(涙が炎となる)、炎無効、
大幅に低下したが回復能力あり、肉体の重要部位の回復も可能】
【備考:獣相・鼠、両拳骨折(中)、疲労(中)
※ 拳の骨折は四時間ほどで回復します】
【タイトル:タクスタスク 〜the final mission〜】
(ルートC・三日目 AM10:00 D−7地点 村落)
火災の鎮火を完全に終えた時点で生き残ったレプリカは九体。
うち、破損少なく、機動/思考に差し障り無いのは六体。
Dシリーズは予定通り全滅している。
この、当初の予想を上回る損耗は、二点の予想外の事態を主要因としていた。
原因の1―――
四機のレプリカが作戦最初期の最も人手の要る状況下で原因不明の消失を遂げたこと。
原因の2―――
本拠地の破壊放棄の為に森林全体を俯瞰したオペレーティングが出来なくなったこと。
「まあ、どちらもオリジナル殿に足を引っ張られたということか。
まったく【自己保存】とは度し難い」
本拠地破壊廃棄の経緯は言わずもがなであるが、今の代行は
初期の四機のロストについてすらも、一部始終を把握できていた。
P−4及びN−48、N−59の三機が、原隊復帰したためである。
クラック時の記憶を残していた彼女らの証言によって、
オリジナルの陰謀は明るみにでることとなったのである。
その、N−48とN−59も、既にスクラップと化していた。
「さて代行殿。状況の検証が終わったところで、次なる指示を頂きたいのだがね?」
「Yes、そうだな……」
哨戒型レプリカP−4に促された代行機N−22は、集う八体の顔を順に眺める。
眺め終えて発した指示は、おおよそ司令官の分を超えた理不尽な指示であった。
「N−53、111、116の三機を、破壊することにしようか」
不思議なことに、動揺もどよめきも発生しなかった。
壊す側も壊される側も、従容として受け入れた。
「壊れるなら完璧に壊れなければね。
またぞろ良からぬ事を企むオリジナル殿などに、
決して再利用されないように」
なぜならば、レプリカ達の最優先事項は【ゲーム進行の円滑化】。
自己保存の欲求も、同僚への友誼も、全ての評価点はそれを下回る。
故に代行のこの命令は破綻していない。
機械には機械のルールがある。
これは決して残酷な話ではない。
「Yes、代行殿。当然の判断だね」
破壊は、拾った石にての殴打という、非常に原始的な手段で行われた。
分機たちは、二挺の銃を持っていたにも関わらず。
樹木の伐採に用いた、斧や鉈が揃っていたにも関わらず。
理由があった。
代行が指示を出さずとも、残存全智機は次なる行動を予測していた。
同一の思考ルーチン、同一の優先事項を抱く分機たちにとって、
予測の一致は必然であり、確定であった。
恐らくはそれが最後となる、ミッション。
ゲーム進行を円滑化させる為の、最後の戦い。
その為に武器の類を消耗させてはならぬと、認識は統一されていた。
「代行殿。センサーに反応あり。接近者、二名」
「固体識別は可能かな?」
「プレイヤー12・魔窟堂野武彦と、38・広場まひるだね」
「Yes。ならばこのままファイナルミッションに移行する。
―――演目開始!」
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
(ルートC・三日目 AM10:15 D−7地点 村落入り口)
駆けている。
魔窟堂野武彦と広場まひるが道路をひた走っている。
彼らが村落へと向かっているのは、意識を失いし戦友・高町恭也の
治療継続に不可欠な医療用品を収集する為であった。
「あのさ、じっちゃん」
「なんじゃまひるちん?」
互いの呼称に変化が生じたのは結束と信頼を深めたが為。
命を預けあい、一つの戦いを乗り越えた彼らの間には、
確かな絆と気安さが芽生えていた。
「たぶんね、村に、ロボ智たちがいるよ」
天使という名のケモノ所以の超嗅覚・千里眼。
まひるのその高性能レーダーが、村落の北端付近に活動する
レプリカ智機たちの存在を、敏感に捉えたのである。
「やれるかの?」
「所詮ロボ子、恐るるに足らず!」
野武彦の問いに、まひるは自信ありげに答えた。
瞳は揺るがず、口許には笑みすら浮かべていた。
昨晩のケイブリス戦にて、理性を失わずに戦う自信を獲得したが故に。
しかも、敵は人間に非ず、生物に非ず。機械である。
傷つけるのではなく壊すだけである。
であれば、まひるに恐れる理由は無い。
野武彦は腰の45口径を引き抜いた。
まひるは前傾姿勢で右手を前に伸ばした。
「敵襲ッ!」
しかし、奇襲は失敗した。
まひるが超野性を備えるのに同じく、智機たちもまた超科学を備えている。
ソナー・レンズの倍率は、人間の十倍以上に値する。
まひるの察知に先んずること2秒。
レプリカ智機たちもまた、野武彦とまひるの接近に気づいていたのである。
「No! この損耗著しい時にか!?」
「バッテリーは行けるか?」
「バトルモードで3分強!」
「Yes、ならば戦闘だ!」
リーダーと思しき一機が、腕を振り上げ、戦闘指揮にかかる。
しかし、その号令に従う機体は皆無であった。
「No、代行。その命令は無効だ。我等の最優先すべきタスクは何だ?
その大事なスイッチを、無事オリジナル殿に届けることだろう!」
「Yes!だからこそ私はプレイヤーどもにスイッチを奪われぬ為に、
迎撃を命じているのだが?」
「重ねてNoだよ代行殿。残念ながら我々の戦闘力では、
あの二人を撃退できない可能性が非常に高いと試算されている」
「では、どうしろと?」
五体のレプリカが二歩、前に出た。
横一列に整列した彼らの隊形は、リーダーらしき機体を匿う壁の如しであった。
「「「「逃げろ、代行殿!」」」」
すぐさま総力戦が始まると予測していた野武彦とまひるにとって、
この戦局の変化は予想外であった。
予想外故に機先を制される――― かと思いきや。
分機たちもまた意思の不疎通により、機を掴み損ねていた。
「しかし……」
「No、貴機だけは逃げ延びねばならないのだよ。
オリジナル殿にスイッチを渡さねばならないのだから」
「さあ行き給え。オリジナル殿が待つ灯台跡まで。
我らを代表して、そのタスクを達成してくれ給え」
「その為に我ら四機、盾となろう!」
「P−4、ジンジャーは2台ある!
最も乗り慣れている貴機が代行殿に併走し、万一の護衛となり給え!」
「Yes。行くぞ、代行殿!」
壁となっていた五機のうち一機が後方へと退き、逡巡を見せる代行の手を引いた。
引いた先の民家の壁には、二機のジンジャーが立てかけてあった。
「……貴機らの献身、無にはしないよ!」
「お達者で、代行!」
胸に去来する思いを振り切ろうとしているのか。
代行と呼ばれた機体は、四機の背を順に眺め。
伸ばしかけた手を引き下げて。
深く排気して。
横一列に並んでいる僚機たちに背を向けた。
P−4がすぐさまカスタムジンジャーを代行に差し出し、代行は無言でそれを受け取り。
二機は並んで村落の東へとジンジャーを走らせる。
「じ…… じっちゃん! ロボ智さん逃がしていいの?
大事なスイッチとかオリジナルとか言ってたけど……」
「そうじゃな…… そのスイッチが何の為にあるのかはわからんが、
決してわしらの為にはならんモンじゃろて。 しかし……」
鉄の壁となるを決意している四機のレプリカ達は、
その手に斧や鉈を持って、野武彦たちへと詰め寄ってくる。
野武彦はその四機とまひるとを交互に見やる。
眼差しには不安と心配が宿っている。
それを、まひるは断ち切った。
「加速装置…… あれ使えば間に合うよね?」
「しかしまひるちん、一人で四機の相手とは……」
「レベルアップしたまひるちんのパゥア、甘く見んなぁ?」
「……すぐ戻ってくる。無茶はするなよ!」
「一度は言ってみたかったこのセリフ!『ここはあたしに任せて先に行け!』」
まひるの表情に不安の色が無いことを察した野武彦は、
カチリと奥歯を噛み合わせ、風と同化し、消えた。
人ならざるペンタグラムの瞳を持つまひるの動体視力を以ってしても、
加速状態にある野武彦のうしろ姿は捉えられなかった。
「N−55、59、魔窟堂を止めろ!」
「おっと! じっちゃんは追わせないよ!」
獣ではない。昆虫の姿勢で。
まひるがN−55の背後に回り込む。
ざわめく異形の爪が猫のそれの如く、じゃきりと伸びた。
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
数々の激戦の舞台となった病院跡の付近。
最高速40Km/hを誇る二台のカスタムジンジャーは、
島唯一のアスファルト舗装を施された道路を東へとひた走る。
その後方からタン、タンと。
グロック特有の軽く乾いた射撃音が響き渡った。
「四機が二人を抑えてくれているようだね」
「Yes。 彼女らの犠牲を無駄には……」
出来ないね、と。
そう続くと思われたP−4の言葉はかき消された。
454カスールの発した、獰猛な咆哮によって。
「確かにお前さんのジンジャーは速かった……」 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています