バトル・ロワイアル 【今度は本気】 第8部
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常に【sage】進行でお願いします
※ルート分岐のお知らせ
前スレ>>238「生きてこそ」以降、3ルートに分岐することとなりました。
ルートAは従来通りのリレー形式に、
ルートB、Cは其々の書き手個人による独自ルートになります。
経緯につきましては、新・総合検討会議スレの886以降をご参照ください。
「愛お姉ちゃん……」
しおりの目に最初に飛び込んだものは、常葉愛の遺体であった。
元は小屋の入り口があったはずのその場所に、常葉愛は朽ちていた。
剥けた栗色の髪の下に頭蓋骨の白を覗かせていた。
盆の窪に突き刺さった鉄骨は大きく広げた口から突き出ており、
両目は飛び出さんばかりに見開かれていた。
「シャロンお姉ちゃん……」
思わず目を背けた先に横たわっていたのは、シャロンの遺体であった。
元はテーブルがあったはずのその場所に、シャロンは朽ちていた。
首筋に深く歪な創傷がぱっくりと口を開けていた。
陰部には放たれた精液が、蛞蝓の這いずった跡の如く乾いており、
無念とも自嘲ともとれる表情に固まっていた。
そして。
シャロンの遺体の程近く。
数メートルの面積を保った一際大きな瓦礫。
分厚く無機質なコンクリート壁。
その下から覗いていた。
嘗ては紅葉のようであったちいさな右手だけが。
「あああぁああっっ!!」
その手を見た途端、しおりの中の何かがぶつりと切れた。
「こんな壁が!こんな壁が!」
半狂乱になったしおりは、拳を瓦礫に打ち下ろした。
何度も何度も叩きつけた。
そこに技術は無く、基本すら無く、駄々っ子のぐるぐるパンチでしかない。
柔い童女の皮膚はすぐさま裂け、鮮血が瓦礫に降り注いだ。
それでもしおりは叩いた。
有り余る怒りの感情を拳に乗せ、瓦礫にぶちまけた。
しおりが二日前のしおりであれば、そこで終わりであった。
硬く重い瓦礫に成す術もなく、拳が砕けるのみであった。
しかし、今のしおりは力なき童女ではない。
鼠の耳と、髭と、尻尾を有し、涙と共に炎を身に纏う【凶】である。
拳が壊れるのと同じ速度で、瓦礫を削り崩す力がある。
数分後。
そうしてしおりの両拳と瓦礫とがボロボロに崩れ。
ついに下敷きとなっていたさおりの全身が、姿を現した。
「さおりちゃん……」
右腕と、下半身。それが、醜く潰れていた。
自転車に引かれたカエルよりも尚醜くく拉げ、下品に広がっていた。
血溜まりは既に黒く凝固していた。
一度鬱血で膨らんだ顔面は、死後の血液凝固を経ることで再びしぼみ。
かといって一度膨れ上がった表皮は元に戻らず、空気の抜けたゴムマリの趣を見せ。
セルライトの如き数多の皺とひび割れを刻んでいた。
しかも、大小の死斑が至る所に浮き出ている。
人が死体について想像の及ぶ醜さ、不快さの全てが、さおりの遺体には備わっていた。
幼い容姿が、その惨たらしさに拍車をかけている。
よほど親しい者でなければ、それがさおりと呼ばれた童女であると気付かぬであろう。
よほど親しい者ならば、それがさおりと呼ばれた童女であることを認めたがらぬであろう。
「ごめんねぇ!ごめんねぇ!」
その無残な遺体を、しおりは抱きしめた。
遺体は黙して、語らない。
「しおりのせいでぇ!」
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
ナミの手榴弾による小屋の崩落。
すぐ隣から倒れ掛かる無骨な壁。
その時しおりが取った行動は、目を閉じ耳を塞ぐことであった。
命の危機を察知しながらも、それだけしかできなかった。
恐ろしさの余り、身が竦んでしまったから。
本来なら、そのまま壁の下敷きになるはずであった。
庇護者たる常葉愛と同行者クレア・バートンは玄関の傍。
童女の危機を察知し、救いの手を伸ばすには距離がありすぎる。
絶体絶命。
死を覚悟したしおりではあったが、それでも救いの手は伸ばされた。
「しおりちゃん、危ないっ!」
救い主の名は、さおり。
彼女は、しおりの双子の妹。
彼女は、しおりの愛すべき半身。
さおりは小さな体をいっぱいに広げ、しおりと柱の間に身を投じた。
計算も自己犠牲もない、打算も勝算もない、衝動的な行動であった。
ただ、体が動いた。
姉を守る―――
それだけであった。
しおりは、ぶつかったさおりの背に、目を白黒させるばかりであった。
弾かれた勢いでよろめき、背後の箪笥にぶつかり、倒れ込んだ。
思考を進める余裕は、頭脳にも時間にもなかった。
妹が自分を庇おうとしたのだと理解するのが精一杯であった。
「えっ? えっ?」
結果として、この転倒がしおりの命を救った。
壁は、しおりの背後にある箪笥を潰しきれなかったのである。
潰しきれぬ箪笥の高さの分だけ、空間が生まれたのである。
倒れていたしおりは、それ故にこの空間にすっぽりと収まることができた。
さおりの苔の一念が、岩を通したのである。
さおりは、しおりのより手前に立っていた。
故に、箪笥の恩恵を受けることなく、壁の強打を受けることとなった。
その下半身を潰されることとなった。
それでもさおりは。
『よかった。しおりちゃんは無事だね……』
鬱血で赤く膨れた顔に笑顔を作り、姉の無事を喜んだ―――
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
あとからあとから溢れる涙は炎となり。
遂には抱きしめたさおりの衣服に燃え移る。
「さおりちゃんは、しおりを守って、死んじゃった」
脂が溶ける臭いがする。
肉が燃える臭いがする。
骨が焦げる臭いがする。
しおりの腕の中で、さおりは態を変えてゆく。
全ては灰と煙と化してゆく。
しおりは、その妹の亡骸を見てはいなかった。
漸く晴れ間を見せつつある空へと吸い込まれるように昇ってゆく煙を見上げていた。
それは、葬儀であった。
しおりが出来る精一杯の弔いであった。
「しおりの命は、さおりちゃんがくれた」
そう。
さおりがその身を盾にしおりを守らなければ。
今、しおりはここにいないのである。
しおりは弔いの中で、ようやくそのことに思い至ったのである。
そしてまた―――
「さおりちゃんだけじゃ、ない」
しおりは回顧する。
この残虐の島で目覚めてからの、己の道程を。
しおりは理解する。
この残虐の島にも、優しい人が沢山居た事を。
「愛お姉ちゃんが。シャロンお姉ちゃんが。鬼作おじさんが。マスターが。
ここに居なければ、しおりは殺されてた。
しおりはみんなに、命を貰ったんだ」
しおりは何度も死に掛けた。
しかし、今、ここに生きている。
それは、この童女の力に拠るものではない。
か弱さ極まる彼女を守ってくれた存在の尽力に拠るものである。
彼女を守り散っていった、いくつもの命。
その犠牲の上に、彼女は立っている。
今、一人でいるしおりは。
今まで一人でなかったからこそ、存在しているのである。
「しおり、一人じゃない……!」
それはしおりにとっての天啓であった。
内から湧き上がってくる原初の感謝であった。
「しおりの命は、しおりだけのものじゃない。
しおりを助けてくれた、しおりのためにしんじゃった、みんなのものなんだ。
だから―――」
しおりは己の半身を己の腕の中で、己の涙で、荼毘に付す。
その可憐な口から紡ぎ出されるは、惜別の言葉ではなく、誓いの言葉。
「―――勝つよ。しおりはぜったいゆうしょうするよ!」
↓
(Cルート)
【現在位置:C−6 小屋1跡】
【しおり(28)】
【スタンス:優勝マーダー
@ さおり、愛、シャロンを火葬する】
【所持品:なし】
【能力:凶化、紅涙(涙が炎となる)、炎無効、
大幅に低下したが回復能力あり、肉体の重要部位の回復も可能】
【備考:獣相・鼠、両拳骨折(中)、疲労(中)
※ 拳の骨折は四時間ほどで回復します】
【タイトル:タクスタスク 〜the final mission〜】
(ルートC・三日目 AM10:00 D−7地点 村落)
火災の鎮火を完全に終えた時点で生き残ったレプリカは九体。
うち、破損少なく、機動/思考に差し障り無いのは六体。
Dシリーズは予定通り全滅している。
この、当初の予想を上回る損耗は、二点の予想外の事態を主要因としていた。
原因の1―――
四機のレプリカが作戦最初期の最も人手の要る状況下で原因不明の消失を遂げたこと。
原因の2―――
本拠地の破壊放棄の為に森林全体を俯瞰したオペレーティングが出来なくなったこと。
「まあ、どちらもオリジナル殿に足を引っ張られたということか。
まったく【自己保存】とは度し難い」
本拠地破壊廃棄の経緯は言わずもがなであるが、今の代行は
初期の四機のロストについてすらも、一部始終を把握できていた。
P−4及びN−48、N−59の三機が、原隊復帰したためである。
クラック時の記憶を残していた彼女らの証言によって、
オリジナルの陰謀は明るみにでることとなったのである。
その、N−48とN−59も、既にスクラップと化していた。
「さて代行殿。状況の検証が終わったところで、次なる指示を頂きたいのだがね?」
「Yes、そうだな……」
哨戒型レプリカP−4に促された代行機N−22は、集う八体の顔を順に眺める。
眺め終えて発した指示は、おおよそ司令官の分を超えた理不尽な指示であった。
「N−53、111、116の三機を、破壊することにしようか」
不思議なことに、動揺もどよめきも発生しなかった。
壊す側も壊される側も、従容として受け入れた。
「壊れるなら完璧に壊れなければね。
またぞろ良からぬ事を企むオリジナル殿などに、
決して再利用されないように」
なぜならば、レプリカ達の最優先事項は【ゲーム進行の円滑化】。
自己保存の欲求も、同僚への友誼も、全ての評価点はそれを下回る。
故に代行のこの命令は破綻していない。
機械には機械のルールがある。
これは決して残酷な話ではない。
「Yes、代行殿。当然の判断だね」
破壊は、拾った石にての殴打という、非常に原始的な手段で行われた。
分機たちは、二挺の銃を持っていたにも関わらず。
樹木の伐採に用いた、斧や鉈が揃っていたにも関わらず。
理由があった。
代行が指示を出さずとも、残存全智機は次なる行動を予測していた。
同一の思考ルーチン、同一の優先事項を抱く分機たちにとって、
予測の一致は必然であり、確定であった。
恐らくはそれが最後となる、ミッション。
ゲーム進行を円滑化させる為の、最後の戦い。
その為に武器の類を消耗させてはならぬと、認識は統一されていた。
「代行殿。センサーに反応あり。接近者、二名」
「固体識別は可能かな?」
「プレイヤー12・魔窟堂野武彦と、38・広場まひるだね」
「Yes。ならばこのままファイナルミッションに移行する。
―――演目開始!」
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
(ルートC・三日目 AM10:15 D−7地点 村落入り口)
駆けている。
魔窟堂野武彦と広場まひるが道路をひた走っている。
彼らが村落へと向かっているのは、意識を失いし戦友・高町恭也の
治療継続に不可欠な医療用品を収集する為であった。
「あのさ、じっちゃん」
「なんじゃまひるちん?」
互いの呼称に変化が生じたのは結束と信頼を深めたが為。
命を預けあい、一つの戦いを乗り越えた彼らの間には、
確かな絆と気安さが芽生えていた。
「たぶんね、村に、ロボ智たちがいるよ」
天使という名のケモノ所以の超嗅覚・千里眼。
まひるのその高性能レーダーが、村落の北端付近に活動する
レプリカ智機たちの存在を、敏感に捉えたのである。
「やれるかの?」
「所詮ロボ子、恐るるに足らず!」
野武彦の問いに、まひるは自信ありげに答えた。
瞳は揺るがず、口許には笑みすら浮かべていた。
昨晩のケイブリス戦にて、理性を失わずに戦う自信を獲得したが故に。
しかも、敵は人間に非ず、生物に非ず。機械である。
傷つけるのではなく壊すだけである。
であれば、まひるに恐れる理由は無い。
野武彦は腰の45口径を引き抜いた。
まひるは前傾姿勢で右手を前に伸ばした。
「敵襲ッ!」
しかし、奇襲は失敗した。
まひるが超野性を備えるのに同じく、智機たちもまた超科学を備えている。
ソナー・レンズの倍率は、人間の十倍以上に値する。
まひるの察知に先んずること2秒。
レプリカ智機たちもまた、野武彦とまひるの接近に気づいていたのである。
「No! この損耗著しい時にか!?」
「バッテリーは行けるか?」
「バトルモードで3分強!」
「Yes、ならば戦闘だ!」
リーダーと思しき一機が、腕を振り上げ、戦闘指揮にかかる。
しかし、その号令に従う機体は皆無であった。
「No、代行。その命令は無効だ。我等の最優先すべきタスクは何だ?
その大事なスイッチを、無事オリジナル殿に届けることだろう!」
「Yes!だからこそ私はプレイヤーどもにスイッチを奪われぬ為に、
迎撃を命じているのだが?」
「重ねてNoだよ代行殿。残念ながら我々の戦闘力では、
あの二人を撃退できない可能性が非常に高いと試算されている」
「では、どうしろと?」
五体のレプリカが二歩、前に出た。
横一列に整列した彼らの隊形は、リーダーらしき機体を匿う壁の如しであった。
「「「「逃げろ、代行殿!」」」」
すぐさま総力戦が始まると予測していた野武彦とまひるにとって、
この戦局の変化は予想外であった。
予想外故に機先を制される――― かと思いきや。
分機たちもまた意思の不疎通により、機を掴み損ねていた。
「しかし……」
「No、貴機だけは逃げ延びねばならないのだよ。
オリジナル殿にスイッチを渡さねばならないのだから」
「さあ行き給え。オリジナル殿が待つ灯台跡まで。
我らを代表して、そのタスクを達成してくれ給え」
「その為に我ら四機、盾となろう!」
「P−4、ジンジャーは2台ある!
最も乗り慣れている貴機が代行殿に併走し、万一の護衛となり給え!」
「Yes。行くぞ、代行殿!」
壁となっていた五機のうち一機が後方へと退き、逡巡を見せる代行の手を引いた。
引いた先の民家の壁には、二機のジンジャーが立てかけてあった。
「……貴機らの献身、無にはしないよ!」
「お達者で、代行!」
胸に去来する思いを振り切ろうとしているのか。
代行と呼ばれた機体は、四機の背を順に眺め。
伸ばしかけた手を引き下げて。
深く排気して。
横一列に並んでいる僚機たちに背を向けた。
P−4がすぐさまカスタムジンジャーを代行に差し出し、代行は無言でそれを受け取り。
二機は並んで村落の東へとジンジャーを走らせる。
「じ…… じっちゃん! ロボ智さん逃がしていいの?
大事なスイッチとかオリジナルとか言ってたけど……」
「そうじゃな…… そのスイッチが何の為にあるのかはわからんが、
決してわしらの為にはならんモンじゃろて。 しかし……」
鉄の壁となるを決意している四機のレプリカ達は、
その手に斧や鉈を持って、野武彦たちへと詰め寄ってくる。
野武彦はその四機とまひるとを交互に見やる。
眼差しには不安と心配が宿っている。
それを、まひるは断ち切った。
「加速装置…… あれ使えば間に合うよね?」
「しかしまひるちん、一人で四機の相手とは……」
「レベルアップしたまひるちんのパゥア、甘く見んなぁ?」
「……すぐ戻ってくる。無茶はするなよ!」
「一度は言ってみたかったこのセリフ!『ここはあたしに任せて先に行け!』」
まひるの表情に不安の色が無いことを察した野武彦は、
カチリと奥歯を噛み合わせ、風と同化し、消えた。
人ならざるペンタグラムの瞳を持つまひるの動体視力を以ってしても、
加速状態にある野武彦のうしろ姿は捉えられなかった。
「N−55、59、魔窟堂を止めろ!」
「おっと! じっちゃんは追わせないよ!」
獣ではない。昆虫の姿勢で。
まひるがN−55の背後に回り込む。
ざわめく異形の爪が猫のそれの如く、じゃきりと伸びた。
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
数々の激戦の舞台となった病院跡の付近。
最高速40Km/hを誇る二台のカスタムジンジャーは、
島唯一のアスファルト舗装を施された道路を東へとひた走る。
その後方からタン、タンと。
グロック特有の軽く乾いた射撃音が響き渡った。
「四機が二人を抑えてくれているようだね」
「Yes。 彼女らの犠牲を無駄には……」
出来ないね、と。
そう続くと思われたP−4の言葉はかき消された。
454カスールの発した、獰猛な咆哮によって。
「確かにお前さんのジンジャーは速かった……」
P−4の搭乗するジンジャーは緩やかに速度を落としつつ道路を外れ、
運転者を振り落とすと同時に、横転した。
P−4の胸からは白煙。
拳より大きな穴が、その胸に穿ちぬかれている。
「だが日本じゃあ二番目じゃな」
「……な?」
代行の走る前方に、魔窟堂野武彦がいた。
代行の進路を塞ぐが如く、仁王立ちしていた。
夕焼けの書割をバックに、銃口の硝煙に息を吹きかけ、カッコつけていた。
往年の、親友の仇討ちに燃える万能名探偵になり切っていた。
その余裕に、遊び心に。
代行は、自らの運命を悟った。
「加速装置、か……」
「いかにも」
「万事窮す、か……」
「いかにも」
「で、あれば……」
代行は胸ポケットから分機開放スイッチを取り出すや、それを大きく振り上げる。
「……いっそ!」
敵の手に渡るくらいならばと思い余って。
振り下ろし、叩き付け、破壊してしまおうとしている。
代行の動きをそう受け取った野武彦は、再び奥歯を噛み鳴らす。
空間が白黒反転する。音と臭いが消える。
野武彦ただ一人しか入門できない、超加速の世界が幕を開ける。
野武彦はコールタールに浸かったかの如き緩やかな動きを見せる代行機に、
数多の残像を残しながら詰め寄って。
振り下ろし始めたばかりの代行の手から、見事スイッチを奪い取る。
「ズズズズバっバっバっバっとととと参上参上参上参上!!!!」
音声すらコマ送りに、空間に置き去りに、野武彦はそのまま五、六歩走りぬけ。
姿勢反転、代行N−22に再び向き直ったところで、加速の世界は幕を閉じた。
「ズバっと参上!」
N−22の腕は何も握らぬまま、ただ空気を地面に叩き付けていた。
スイッチを奪われたことに気付いたN−22は、絶叫と共に野武彦に踊りかかる。
野武彦は、既に中腰にて454カスールを構え終えていた。
「それを返せええええ!!」
「ズバっと解決!」
決め台詞と共に、轟砲一声。
代行機の、人であれば心臓があろうかという位置が、左腕ごと吹き飛んだ。
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
「じっちゃん、間に合ったみたいだね!」
「おお、まひるちん! やつらはどうしたのじゃ?」
「ザ・瞬☆殺!」
「いやはや、ほんとうにレベルアップしたのう!
戦う愛らしき女装少年! よいよい!」
「うがーっ! 少年じゃないんだってばさ!」
N−22は、まだ壊れ切っていなかった。
とはいえ、自発的な行動は不可能。
唯一生きている聴覚を以って野武彦たちの会話を拾うのみである。
「あれ、ノートPCなんて持ってたっけ?」
「このリーダー椎名の荷物じゃ。何かよい情報でも入っておれば良いがな」
スイッチを奪われ。
武装を奪われ。
PCを奪われ。
一矢すら報いることなく。
脅威すら与えることなく。
同胞を犬死にさせ。
今、P−22は、終わりのときを迎えようとしている。
しかし、彼女の胸を満たすのは敗北感でも後悔の念でも無い。
達成感、である。
(我々からのギフト、心置きなく活用してくれ給え……)
オリジナル智機が覚醒するキーとなる分機開放スイッチを守らせ、
残存するアイテム群やゲーム裏情報ををプレイヤーに譲り渡す。
これこそが、分機たちのファイナルミッションであった。
代行は演算した。
これまでの智機本機の策謀やプレイヤーたちへの関わり方をシミュレートした。
結果、プレイヤーたちには自分の言葉は信用されないとの解が返された。
素直に託そうとしたならば、プレイヤーは拒絶するであろう。
理を語り言葉を尽くして交渉しても、事は同じであろう。
仮に受け取って貰えたとしても、猜疑心は拭えないであろう。
であれば。奪わせればよい。
野武彦とまひる。
この二名が相手であったことは、代行らにとって僥倖であった。
小屋組の中で単純、かつお人良しのツートップである彼らであればこそ、
レプリカ達の愚にも付かぬ三文芝居にまんまと騙され、
戦闘の手を抜かれたことにも気付かぬまま、
ほくほく顔で物資を略奪していったのであるから。
代行の手の平の上で、完璧に踊ってくれたのであるから。
(魔窟堂野武彦はスイッチを叩き壊す行為を見過ごさず、わざわざ奪い取った。
これはオリジナル殿に使用させないように、守ってくれることの証明だね。
Yes! もう、後顧の憂いは一切無くなった!)
代行の胸中に気付くことなく、幸せな二人は現場に背を向ける。
二人が手にしているのはカスタムジンジャー。
つい先刻までN−22とP−04が搭乗していた電動高速移動機である。
「わわっ、これ結構スピード出るね!」
「智機たちへの追撃はタイムロスとなるかと思うとったが、
ジンジャーの移動速度を考えれば、逆に時間短縮になりそうじゃな。
なんともありがたいプレゼントを遺してくれたもんじゃ」
「ホントホント!」
二人の声が、ジンジャーの軽快な疾走音と混ざり合い、遠ざかってゆく。
その音が完全に聞こえなくなった、代行の耳に。
じゅ、と。
熱した鉄板に水を差すが如き音を、代行の耳が捉えた。
自らの胸の孔の奥から、鮮明に聞こえた。
それは、マザーボードに漏れた冷媒が侵食し、回路短絡を起こした音であった。
機械としての死を告げる音であった。
(これにてファイナルミッション、無事にコンプリートだ)
こうして、椎名智機のレプリカ170機最後の一体が、沈黙する。
プレイヤー達が見事に主催者達を殲滅し、ゲームが円満終了する確信を抱いて。
↓
(ルートC)
【現在位置:E−6 病院前道路 → E−7 廃村】
【魔窟堂野武彦(元12)】
【スタンス:廃村で市販薬品をかき集める】
【所持品:454カスール(残弾 3)、鍵×4、簡易通信機・小、
軍用オイルライター、ヘッドフォンステレオ、まじかるピュアソング】
【広場まひる(元38) with 体操服】
【スタンス:廃村で市販薬品をかき集める】
【所持品:せんべい袋(残 19/45)】
※レプリカ智機は全滅しました
※灯台跡に主催者たちが潜伏しているらしいと知りました
※以下の道具を、レプリカ達から入手しました。
※グロック17(残弾 16)×2、手錠×2、斧×3、鉈×1
※モバイルPC、USBメモリ、簡易通信機素材(インカム等)一式×3
※カスタムジンジャー×2、分機解放スイッチ
※USBメモリ、モバイルPCの中身は未確認です
(ルートC・3日目 AM11:00 J−5地点 地下シェルター)
椎名智機は憤慨した。
ザドゥたちは確かに自分の戦略を受け入れたのだ。
―――仮称「小屋組」を崩壊させること。
―――28・しおり他一名を残すこと。
―――この二名にて決戦させること。
にもかかわらず、今、自分は蚊帳の外で。
ザドゥとカモミール芹沢は勝手に戦術を練っている。
それは、愚かな戦術であった。
それは、勝ち目の少ない戦術であった。
故に智機は力説した。
バカな子供にでも分かるように、小学校の教師の如く
辛抱強く、平易な言葉で、繰り返し教え込んだ。
―――馬鹿げている。
―――根性論に過ぎる。
―――捨て鉢だ。
―――実効性が低い。
だのに、ザドゥは聞き流した。
だのに、芹沢はザドゥに倣った。
無論、智機のコメントは批判のみに留まらぬ。
建設的に、積極的に、代替の策も提示していた。
―――離間の計
―――ハニートラップ
―――透子の瞬間移動を用いた暗殺
―――仁村知佳人質作戦
それすら、ザドゥは聞き流した。
それすら、芹沢はザドゥに倣った。
故に智機の怒りは頂点に達した。
トランキライザが許容する限界の怒りが持続状態となり、
机に拳を、ザドゥに言葉を叩きつけた。
「だから、果し合いなどナンセンスだと言っている!」
そう。ザドゥと芹沢は。
小屋組に果たし状を叩き付け、策も陰謀も罠もなく、
全戦力を全戦力を真正面からぶつけ合って、
正々堂々と決着をつけようと、主張しているのである。
この主張、決して玉砕覚悟の特攻に非ず。
煩悶と懊悩を経て純化されたザドゥの、揺ぎ無い自負心の表れである。
小ざかしい策を弄すを排して、圧倒的な暴で捻じ伏せるのみ。
当然の如くそれが成ると確信している。
「首魁は俺だ。 従えぬなら出て行け」
芹沢は、そのザドゥの自信に同調している。
果し合いという、明快で正統な手段を好ましく思っている。
その上、芹沢には士道に根ざした潔さと、淋しがり由来の甘っちょろさが同居している。
智機の示す卑怯・陰険な策略は感情的に許容できぬ。
「だってだって、ともきんの策ってずっこいんだもん〜」
故に、智機の思いは、理は、決して二人に届かない。
小煩い蝿の耳障りな羽音にしか聞こえていない。
それでも智機は食い下がり、論理的に反駁する。
「No。 既に我々の管理者権限は失われているのだよ。
であれば私が貴君の命令を受ける謂れがないのは自明だと思うのだが?」
「そうか、では勝手にしろ。 俺たちは俺たちで勝手にする」
ザドゥは言い捨て、智機から目線を切った。
誰の目にも明らかな拒絶の態度に、人生経験の少ない智機は気付かない。
切り口を変えて態度は変えずに、しつこく説得を継続する。
「貴殿らは、ご自身の身体の状態を本当に理解しているのか?
そして仮称【小屋組】の実力を正当に評価できているのか?」
「黙れ椎名」
「Noだ。 誰の目から見ても明らかにNoなのだよ。
その戦力差を覆す為には、入念な下準備と策が必要不可欠となる」
「俺は黙れと言ったぞ」
「その為の策を用意できていると―――」
「そろそろさぁ、ともきん。お口チャックしとこっか〜」
見かねたカモミールが智機を止めに入った。
芹沢は敵との戦闘を好む性質ではあるが、味方同士の争いを嫌う性質でもある。
つまりは。
芹沢にとっては、智機とて、未だに輪の内側なのである。
守るべき対象であり、出来れば仲良くしたい相手なのである。
お友達は大切にするのである。
仮に、芹沢に。
智機のことを好きなのかと問えば、即座に『嫌い〜!』と答えるであろうが、
それでも智機が敵なのかと問えば、即座に『味方だよ』と答えるであろう。
カモミール芹沢とは、そういう気性の女なのである。
現存するただ一人の智機の味方なのである。
だというのに。
智機は、芹沢を拒絶する。
「濡れ落ち葉の君は黙っていてくれ給え。
私はザドゥ殿とのディベートで忙しいのだよ」
智機には判らない。
芹沢の言動は智機への邪魔立てなどではないことが。
智機とザドゥの溝を決定的にさせぬが為の配慮であることが。
智機には判らない。
芹沢がいかに他者への愛に満ち、偏見を抱かぬ人格を持っているのか。
愛されたいという宿願に近づく鍵となりうる人物であるのか。
「ああ〜っ、もぅ! そう思ってるのはともきんだけなのにぃ!
ね、ザッちゃん、ちょっと待って。
あたしがともきんに言って聞かせるから」
芹沢は気付いている。
人一倍人の顔色を伺うに敏感な彼女は、気付いている。
ザドゥの纏った空気が剣呑なものになってきていることを。
いつの間にか拳が握りこまれていることを。
そもそも彼が、智機を仲間などと思ってはいないことを。
「もういい芹沢。 埒が明かん」
ザドゥは意を決した。智機を物理的に黙らせると。
芹沢は悟った。これ以上の仲裁は無駄な足掻きにしかならぬのだと。
智機は勘違いした。ザドゥが話を聞く姿勢を見せたのだと。
その、破壊行為を伴なう断絶が表面化しようとした刹那。
絶妙のタイミングで。
もう一名の元主催者が、音も無く帰還した。
「ただいま」
レプリカ智機・N−21に共生した、御陵透子である。
芹沢は魔剣を担いだ救世主の思わぬ登場に笑顔で応え、手を振った。
「トーコちん、おっかえりー」
「ん」
今の透子は、御陵透子なる人間の肉体を失っている。
亜麻色の柔らかな髪も焦点の合わぬ大きな瞳もない。
変わりに得たのは椎名智機のレプリカボディである。
銀色の硬質な擬似毛髪とルビーの質感の三白眼しかない。
それでも。
透子にあって智機に無い、不可思議な透明感がある。
透子にあって智機に無い、茫とした佇まいがある。
透子にあって智機に無い、間延びしたアンニュイ感がある。
透子にあって智機に無い、ひび割れたロケットがある。
それら透子をあらわす記号と、脳の認識能力に直接作用する何かの影響で。
ザドゥも芹沢も、N−21=透子の図式を当たり前に受け入れていた。
そういうものなのだから仕方ないのだと、否応なしに納得させられていた。
「カオっさんもおつかれさーん」
《はいっ、そこでセクシーポーズ!》
「うっふ〜〜ん♪」
芹沢と駄剣の間の抜けたやり取りに、緊張感は失われる。
ザドゥは毒気を抜かれ、深く溜息をつき。
智機も肩を竦め、大げさに首を振る。
芹沢はさらに二人の意識を逸らすべく、透子に問いかけた。
「ねねねトーコちん、皆の様子はどうだったぁ?」
その言葉と同時に、ザドゥと智機が透子に向き直る。
透子の言葉を待つ姿勢に移行する。
参加者どもの動向を探って来い―――
ザドゥは透子に命じていたのである。
これに応じた透子は、島内の情報収集に出向いていたのである。
「ん」
透子は最短の返答と共に、白衣の内ポケットから無造作に紙束を差し出した。
おそらくは口頭にて報告するのが面倒だったのであろう。
どこかの民家のプリンタを用いて印刷した紙束には、
透子の【空間の記憶/記憶】検索能力によって集められたここ数時間の情報が、
箇条書きに羅列されていた。
重要箇所を抜粋すれば、以下の通りである。
―――プレイヤーは無傷でケイブリスに勝利
―――高町恭也、意識不明の重態。薬品切れか
―――東の森、完全鎮火
―――レプリカ智機、全滅
―――魔窟堂野武彦、分機解放スイッチ他を入手
―――仁村知佳、起床間近
―――しおり、さおりの遺骸を求めて放浪中
「この短時間で、これほどの情報量とは……」
ザドゥが嘆息する。
なにしろ透子が情報収集に出発して10分程度である。
にも関わらず、レポートには全生存者の近況が網羅されている。
(これが…… 人の頭脳を脱した透子様の処理能力か……)
智機の読みは正しい。
人の身であった頃の透子の空間検索といえば、
情報一つの意味・発信者・時制を理解するのに、数秒の時間を要していた。
しかも、目を通さねば、その情報が必要なものか否かも、
既に目を通した記録か否かすらも、判別できぬものであった。
脳という記憶装置もまた、容量、記憶力共に低スペックである。
覚え違い、物忘れのリスクも常に付きまとう。
対して、今は。
機械の体を得ることで、情報処理能力が劇的に向上していた。
漂う記録を片っ端からクラス化し、パラメータを付けてリストに挿入する。
その処理にコンマゼロ一秒も掛からない。
しかも、それを自由にマージ・ソートし、アウトプットできる上に、
記録の重複判定も、クラスに登録したインデックスにて高速で行える。
機械としての長所を、徹底して生かしている。
ザドゥら三名が情報の一通りを吟味し終えたのは、
透子が収集に掛けた時間の倍にあたる20分後となった。
「高町が倒れたか……
であれば、実質戦力は、ランス、魔窟堂、広場の三人でしかない。
俺一人でも殲滅できよう」
「あーん、独り占めは駄目だよぅ、ザッちゃん」
ザドゥと芹沢、二人の口許から不敵な笑いが同時に漏れる。
一度ならず死線を潜り抜けた身ならではの覚悟が、そこにある。
共に苦難の道を歩んだ連帯感が、そこにある。
「ふん」
「えへへー」
二人は目線を交わし、拳と拳をごつりと打ち合わせる。
それは、計画に変更が無いことを確認する儀式であった。
果し合いの場への参加表明の合図であった。
そこに。
拳がもう一つ、へにょりと重ねられた。
「おー」
気合の抜けた声で唱和したのは御陵透子。
その意外な乱入者に、ザドゥは息を呑み、智機は絶句した。
「トーコちんも戦うのぉ!?」
「ん」
「まったく、どういった風の吹き回しだ?」
ザドゥの無防備な問いに、透子は答える。
己の言葉で。
焦点の合った瞳で、ザドゥと芹沢の顔をまっすぐに見つめて。
「もう」
「傍観者でいる意味は喪われた」
「勝たないと願いが叶わないなら」
「戦う」
「それだけ」
二人を包むのはさらなる驚愕であった。
透子が、これほど長く話すとは。
透子が、これほど熱く語るとは。
しかしその驚愕は二人にとって決して不快なものではなかった。
むしろ好感を持って迎え入れるべきものであった。
「そっか、そだね♪ トーコちん、一緒に頑張ろうね!」
「いえす」
「ま、良かろう」
一方。
先ほどまであれほど果し合いの却下に食い下がっていた智機であったが、
今は不気味なほどに沈黙を貫いて、傍観者に徹していた。
透子には逆らわない―――
智機の【自己保存】の本能がそう結論を下している故に。
透子が果し合いに参加するのであれば、最早智機に嘴は差し挟めぬのである。
悔しげに下唇をかみ締めつつ、三白眼でザドゥらを見つめるのみである。
「じゃあさあじゃあさあ、場所と時間、決めよっか」
「場所は学校の校庭でよかろう。 時間は……」
「明日の晩」
ザドゥの言葉に間髪入れず飛びついたのは透子であった。
透子にとってこの【明日の晩】という時間は切実に重要であった。
その時間からの開始が願望の成就に最適であると結論付けていた。
根拠となるデータと論理演算がある。
透子はザドゥに命じられた参加者動向とは別に、個人的な記録収集を行っている。
それは、撒き餌の如く散らされた、最愛のパートナーの記録ではない。
ルドラサウムとプランナーの記録/記憶を追跡・記録・分析しているのである。
そのデータから透子が判ずるに。
今、ルドラサウムは一人で楽しんでいる。
この島から回収した魂の記憶を反芻し、取り込んでは吐き出し。
おもちゃにして。
死者の魂を味わっている。
それに強く関連付けられているのが、プランナーの、この記録である。
【これであと二日――― いや、一日半程度は保ちますね】
あまり検索に引っかからないプランナーのこの思念だけは、
なぜか明瞭な形を伴って、透子の検索網に掛かっていた。
それを透子は、自分へのメッセージと読み取った。
すなわち。
(鯨神が魂いじりに飽きた頃に)
(最高の娯楽を提供する……!)
それが、『主を楽しませなさい』という金卵神の神託を全うする、
最良の選択枝であると、結論を下したのである。
「ほう、明晩か……」
ザドゥにしても、一日半の猶予とは一考に価する提案であった。
ザドゥの【正の気】による治療は、それなりに効果があった。
最低限の体力や免疫力は確保できた。
いくつかの箇所の今後来る破損を、未然に防ぐことができた。
しかし全身を覆う火傷や傷、発熱を完治させるには至っていない。
それが治せるまでの時間が一日半であるのか?
否、である。
発熱を引かせるのすらそれだけの時間では足りぬし、
そもそも火傷や傷の多くは一生治らぬ類の深度であった。
では、ザドゥは何ゆえ一日半の時間を欲するのか?
それは、馴染む為の時間であった。
急激な肉体の変化に、それまで体を動かしていた記憶というものは
即時には対応/変更しきれぬものなのである。
例えば、身長が急激に伸びた為に制球力を失う高校球児がいる。
例えば、体重が急激に減った為に打撃力を失うボクサーがいる。
それと同じである。
全く健常であった頃の過去の運動能力と、
引き攣りや炎症の上にある今の運動能力。
過去のイメージで体を動かせば、今の体は付いてこない。
ギャップに惑えば、感覚が狂う。
ザドゥは、過去と現在の肉体記憶の最低限の摺り合わせに、
少なくとも一昼夜は必要であると判じたのである。
故に、ザドゥの返答は。
「いいだろう」
こうして、果し合いの全てが、決定した。
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(ルートC・三日目 AM11:15)
「ふんふーん、らんらーん、しゅぱしゅぱ〜♪」
カモミールの能天気な鼻歌が、シェルターに響いている。
彼女が腕を振るう毎に、墨汁の雫が周囲に飛び散る。
果たし状をしたためているのである。
「ほう…… 意外と達筆なのだな」
「えへへ〜♪ これでもカモちゃんさんはモノノフの端くれだも〜ん♪」
ザドゥと芹沢との間に連帯感があることは、智機も以前から判っていた。
しかし、今やそれだけではない。
《実は儂も筆使いは上手なんですよ? 女体に対しては》
「駄剣は無駄にエロい」
その輪の中に、魔剣・カオスと御陵透子までが含まれているのである。
無生物の分際で。
智機と同じ外装の癖に。
人間の輪に入って、笑顔で軽口を叩き合っているのである。
それは、団欒であった。
それは、和気であった。
一人、離れた位置から眺める智機には、眩しすぎる光景であった。
妬ましすぎて切なすぎる光景であった。
「血判いっちゃう?」
「ふん、好きにしろ」
「困った、血が無い」
《トーコちんはオイルでええじゃろ》
智機がこれまでに幾度と無く感じてきた隔絶感。
それがこれまでより切実に智機の胸を締め付ける。
(遠い…… 彼らと自分とは、かくも遠い)
智機は人を蔑む。
時に強すぎる感情に思考を支配され、期待値を下回る行動をとる存在故に。
智機は人を羨む。
時に強すぎる意志で本能を凌駕して、期待値を上回る行動をとる存在故に。
内部処理キューの履歴を辿れば。
彼女が何度、感情的な発言や行動を取ろうとしたか判るだろう。
何度論理演算回路に否決されたか判るだろう。
(わたしなんか…… 見向きもされない)
眩しくて愚かしい矛盾する存在を見つめ、
憧れの想いを侮蔑の意思で覆い隠し、
高まる情動波形をトランキライザで相殺して。
智機は、智機であるを望まぬまま保ち続ける。
↓
(ルートC)
【現在位置:J−5地点 地下シェルター】
【刺客:椎名智機】
【所持品:スタンナックル、改造セグウェイ、グロック17(残17)×2、Dパーツ】
【スタンス:@【自己保存】
A【自己保存】の危機を脱するまで、透子には逆らわない
B【自己保存】を確保した上での願望成就可能性を探る】
【グループ:ザドゥ・芹沢・透子】
【スタンス:待機潜伏、回復専念
@プレイヤーとの果たし合いに臨む】
【主催者:ザドゥ】
【スタンス:ステルス対黒幕
@プレイヤーを叩き伏せ、優勝者をでっちあげる
A芹沢の願いを叶えさせる
B願望の授与式にてルドラサウムを殴る】
【所持品:なし】
【能力:我流の格闘術と気を操る】
【備考:体力消耗(大)、全身火傷(中)】
【刺客:カモミール・芹沢】
【スタンス:@ザドゥに従う(ステルス対黒幕とは知らない)】
【所持品:虎徹刀身(魔力発動で威力↑、ただし発動中は重量↑体力↓)
魔剣カオス(←透子)】
【能力:左腕異形化(武器にもなる)】
【備考:体力消耗(大)、腹部損傷、左足首骨折、全身火傷(中)】
【刺客:御陵透子(N−21)】
【スタンス: 願望成就の為、ルドラサウムを楽しませる】
【所持品:契約のロケット(破損)、スタンナックル、改造セグウェイ、
グロック17(残17)】
【能力:記録/記憶を読む、『世界の読み替え』(現状:自身の転移のみ)】
※ザドゥと芹沢は素敵医師のまっとうな薬品、及び、ザドゥの気による治療継続中
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