バトル・ロワイアル 【今度は本気】 第8部
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常に【sage】進行でお願いします
※ルート分岐のお知らせ
前スレ>>238「生きてこそ」以降、3ルートに分岐することとなりました。
ルートAは従来通りのリレー形式に、
ルートB、Cは其々の書き手個人による独自ルートになります。
経緯につきましては、新・総合検討会議スレの886以降をご参照ください。
ランスが生き残ってることに驚き
いつ完結するんだろな
【タイトル:ひとであり/ひとでなし】
(ルートC・三日目 PM2:30 C−6 小屋1跡)
高町恭也の眠る小屋の正確な場所を、知佳は知らぬ。
西の森、浅く。
ランスからそう聞いたのみである。
その、西の森の浅いところに、煙が立ち昇っていた。
低空を飛行する知佳が向かうのは致し方なき事であろう。
「…………っ!?」
知佳は息を呑んだ。
小屋が破壊され尽くしていた故に。
そこに佇むのは一人の童女のみであった故に。
童女が胸に燃える骸骨を抱いていた故に。
凶-マガキ-しおりである。
知佳が着地した、その振動が最後の引き金となったのか、
しおりの腕の中の頭蓋骨が、灰と崩れた。
しおりは、泣きはらした腫れぼったい瞼で茫と立ち尽くし、
空を仰ぎ見るのみであった。
さおり。愛。シャロン。
しおりは恩人達の弔いを終えて、放心していた。
知佳がみとめた煙とは、この火葬の煙であった。
「……何をしていたの?」
言葉をかけられたことで訪問者の存在に気付いたしおりは、
緩慢な動作で知佳に向き直り、静かに告げた。
「おそうしき」
透明感溢れる、虚脱した眼差しを知佳に向け、
しおりは無防備に、言葉を重ねる。
「さおりちゃんと、愛お姉ちゃん、シャロンお姉ちゃん。
みんなしおりを守って死んじゃったから……」
その言葉に、知佳の警戒心が一段階引き下げられた。
挙げられた名に知り合いの名が無き故に。
落ち着いて周囲を見渡せば、崩れている小屋には埃も煙も立っておらず、
周囲は落ち着いた泥水と、その乾いた跡が散見され。
小屋の破壊は過去に行われたものであるのだと、伺い知れた。
(良かった…… 恭也さんの眠る小屋とは別の場所なんだ)
そうして、落ち着いた心持ちで、再度しおりに目をやって。
知佳はようやく気がついた。
眼前の童女に、見覚えがあることに。
ゲームの開始前に、肩を寄せ合って震えていた双子の童女であったことに。
こんな幼い子まで……
その思いがあったからこそ、目に留まっていた。
しかし、知佳の記憶にある童女とは、幾分様相が異なっていた。
鼠の耳が生えている。
鼠の髭が生えている。
鼠の尾が生えている。
肉体改造か、魔術か。
いかな手管によってこの悲痛な変化が起こされたのか知佳は知らぬが、
それは心優しき少女の哀れ心を誘うに十分な変化であった。
故に、知佳は零した。
己の素直な心情を、極めて自然に。
「大丈夫。
どんな姿になっても、しおりちゃんはしおりちゃんだよ」
幼き頃。
知佳は己の異能故に、疎外感を強く感じていた。
鬼子として、座敷牢の如き離れに隔離されていた。
実の両親に。親族に。
恐れられ、疎まれて。
しかもそれらを全て読心して、知佳は生きてきたのである。
―――ひとでなし―――
それは知佳にとっての癒え切らぬ心の傷。
心をじくじくと蝕む悪意の溶剤。
故に、反射的に、しおりの変化を否定した。
それが相手にどんな効果を与えるのか、考慮せぬままに。
「しおりちゃんは、人間だよ!」
しおりの髭が、ピン、と立った。
しおりの耳が、ピク、と動いた。
「しおりは…… にんげん?」
抱きしめようと広げられた知佳の腕に、しおりは駆け寄らなかった。
それどころか知佳の意図とは真逆の、不機嫌で危険な気配を漂わせた。
しおりは、血の主人・アズライトを慕っている。
命を救ってもらったことを感謝している。
人ならざる存在と化したことを誇っている。
―――ひとであり―――
つまりは、禁句であった。
知佳は巧まずしてしおりの逆鱗に触れてしまったのである。
「そう、しおりちゃんはね。お姉ちゃんと同じ、人間なの」
優しい微笑で。理解者面をして。
知佳はしおりに慈雨を降り注ぐ。
しおりにとって、それら少女の挙動の全てが不快であった。
許せるものではなかった。
「ちがうもん!」
怒りの反論と共にしおりは大地を蹴り、低い弾道で跳躍。
ミサイルの勢いで、知佳に向かって。
対する知佳は、反応が一歩遅れた。
回避は間に合わなかった。
サイコバリアも間に合わなかった。
しおりの頭頂部が、知佳の鳩尾に着弾する。
知佳は数メートル吹き飛び、背を瓦礫にぶつけ。
転倒し、悶絶した。
「しおりは【まがき】だもん! にんげんじゃないもん!」
芋虫の如く転がる知佳を見下ろして、人差し指を突きつけて。
しおりは決意を表明する。
知佳へと宣戦を布告する。
「しおりは、ゆうしょうするんだから!
ゆうしょうして、マスターを生き返らせるんだから!」
漸く膝立ちとなった知佳が、えづきをこらえて向き直る。
向き直って、興奮に身を振るわせる童女の瞳を見やる。
しおりは知佳の視線を円らな瞳でまっすぐ睨み付けている。
その目線から、強い思いが伝わってくる。
【ぜったいぜったい、マスターを生き返らせるんだから!】
しおりの胸に燃えているのは、その一念のみであった。
優勝とはその願望成就の手段に過ぎぬのであると、知佳は解釈した。
ならば他の願望成就の方策を提示した上で、
その可能性の方が優勝よりも可能性が高いのであると納得させたならば、
説得し、味方に引き入れることも可能であると、知佳は判断した。
……してしまったのである。
「優勝なんてしなくてもいいの!
主催者をみんなでやっつけても、願いは叶うの!」
踏んだ。
知佳はまたしても、しおりの心の侵入しては成らぬ場所を、
そこに埋設してある地雷を、力強く踏み抜いてしまった。
「主催者を…… やっつける?」
「今、ザドゥたちは弱っている。力を合わせれば倒せるの!
優勝するなんて言わないで、お姉ちゃんと一緒に戦おう?」
ザドゥとは、今のしおりが知る唯一の生存者。
ほんの少しのふれあい。それでも。
ぶっきらぼうながらも、確かにしおりの孤独を癒してくれた、恩人。
行き詰まった彼女に優勝への思いを認識させてくれた男。
「ザドゥさんを倒す!?」
しおりは、口に出して知佳の提案を反芻する。
反芻しながら理解する。
この少女とは決して相容れないのであると。
この少女を生かしておくわけには行かないのであると。
「そう。だからお姉ちゃんと一緒に行こ?」
ああ、この慈悲深く、愛を一義に置く少女こそ、
幼きしおりにとって最良の守護者足り得るというのに。
心身の両面で、しおりを庇護できるというのに。
逆に、しおりという弱者の存在こそ。
目的を果たさんと修羅道に堕ちつつある知佳が、
本性である慈愛の精神を取り戻す契機になるというのに。
―――出会いが、遅すぎた。
「そんなのダメぇ!!」
再びのしおりの突撃に、今度は知佳のサイコバリアが間に合った。
しかし、重い。
相当の圧力として、バリアを歪ませている。
昨日の透子の体当たりの比ではない。
プロボクサーのストレート程度の威力は、十分に出ていた。
知佳はバリアの角度を変え、正面突破のしおりをいなす。
しおりは勢いのままつんのめり、知佳の後方にごろごろと転がった。
(ここは一旦引く!?)
知佳は逡巡する。
人で無いことを誇り、優勝を口にし、主催寄りの立場を匂わせる
危険な存在を放置して、果たして逃げ出しても良いものか?
この森のどこかに、身動きの取れぬ恭也が眠っているというのに。
「お姉ちゃんひどいよぅ……」
立ち上がり振り返った、泥まみれのしおりの顔を見て。
知佳の良心が、どうしようもなく、疼く。
こんな小さな子に、なんと酷いことをしているのであろうと、
後悔の念が湧き上がる。
「なんで避けるのぉ!?」
幼く庇護欲をそそられる外見に言動。
これには、惑わされる。
頭では危険な相手であると理解していても、
戦おうという意欲がごりごりと削られる。
(それが、怖い……)
知佳は知己の顔を思い浮かべる。
人の良い野武彦やまひるであれば。
心優しい恭也であれば。
必ずや説得し、保護下に加えようとするであろう。
自分以上の逡巡や躊躇を見せてしまうであろう。
「こんどこそぉっ!!」
しおりが、再び突進してくる。
知佳はサイコバリアを前面に広げつつ、
しおりに処する結論を結んでゆく。
(もう、この手は穢れてる。だったら……)
人殺しの、それも子供殺しの十字架を、
心優しい彼らに背負わせる必要は無く。
(罪を重ねるのは私だけで十分なの!)
知佳もまた、覚悟を決めた。
決めたと同時に、行動していた。
「ぎっ!?」
テレキネシス。
ランスに叩き込むのを見送った引き絞ったそれを、
透子には決して放たなかった本気のそれを、
知佳はノーリアクションで、しおりのレバーにぶち込んだ。
この上なく明確な、反撃の狼煙であった。
なんということであろうか!
主催者たちがゲームの最終決戦と想定していた戦いが、
条件を満たさぬままに、開始されてしまったのである。
「ふ………………」
凶と化したとは言え、臓器は臓器である。
肝臓とは急所である。
故に、しおりは悶絶した。
視界の外、意識の外から襲い掛かった未知の衝撃に、
しおりはお嬢様座りで、へたり込んだ。
「ふぇ……………」
そして、泣いた。あっけなく。
泣いて攻撃の手を止めた。
「……ぇえっ……」
恐ろしいほどの身体能力はあれど、やはり子供。
知佳は、そう安堵した。
その安堵が間違いであったと知佳が気づくのに、
時間はさほどかからなかった。
「ふえええええん! いたいよーーー!!」
散った涙が赤く染まっていた。
周囲の気温がにわかに高まった。
しおりの涙は炎となり。
その身を包む盾と化し。
脅威として牙を剥く。
泣いたら負け。
その法則はしおりには通用しない。
泣いてからが、本番なのである。
「!!」
警戒し身構える知佳の眼前で、
無警戒に泣きじゃくるしおりの炎密度は増してゆく。
そうして、しおりの全身が炎に包まれて。
前哨戦は終わり、本戦が幕を上げた。
「おねえちゃんなんかああ!! しんじゃえぇぇ!! しんじゃえぇぇ!!」
金切り声を上げて、しおりが知佳へと突撃する。
イジメられっ子が泣いて、キれて、踊りかかる。
ぐるぐると腕を回して、ウェイトの乗らぬ拳を打ち付けんとする。
そこかしこの公園で見られる普遍的な光景だ。
今のしおりも、ただ、それだけだ。
違うのは、しおりの全身が炎に包まれていること。
パンチは並の格闘家程度の威力があること。
拳は瞬時に皮膚を焼く温度を伴なっていること。
その三点が加点されれば、微笑ましい行為はがらりとその態を変える。
明らかな威力となり、命の危機にまで及ぶことになる。
しかし知佳は冷静だった。
昨晩の連戦に、鍛え上げられた彼女の精神に動揺は現れず、
炎の異能に怯えることなく、冷静に対処できていた。
「またぁっ!?」
炎の脅威が有れども、無けれども。
結局、知佳にとってことは同じであった。
サイコバリアでしおりの突撃を防ぎ、
バリアに角度をつけることでいなす。
いなした背中に念動波をぶつける。
やるべきことは、それだけである。
「あぐうっ!!」
なぜならば。
しおりには、工夫がない。
しおりには、戦術がない。
それを責めるのも酷な話ではある。
凶としての卓越した異能と身体能力を得たところで、
その元になっているのは、平和な現代日本に住まう、
はにかみやで内気でおしとやかな童女でしかなき故に。
「ああっ、もうっ!!」
それでも、宣戦を布告してしまった以上。
優勝を目指してゆく以上。
闘争相手に手加減や目こぼしなどがある筈も無く。
一定以上の能力を持つ相手にとっては、
しおりなどは体のいいカモでしかない。
「なんでっ! あたらないのっ!!」
廃屋という名のコロシアムに、観客は存在せずとも。
知佳とは、マタドールであった。
しおりは、闘牛であった。
華麗に捌くサイコバリアこそ真っ赤なムレタで、
無駄なく投じるテレキネシスこそジャベリンで、
優雅なステップはダンスマカブルであった。
「痛ぁぁい!!」
「酷いよー!!」
「やめてぇ!!」
それもはや、闘争などではない。
儀式である。
祭典である。
勝負の形を模した、生贄のショーでしかない。
誰の目にも勝敗の趨勢が明らかであるにも関わらず。
愚鈍な牛の幼い思考能力では、そんな当たり前の現状認識すら不可能であり。
唯ひたすらに、滑稽なほど、突撃を繰り返すのみであった。
(なんで…… なんでまだ立ち上がるの?)
何度、何十度とテレキネシスを叩き込んでも、
しおりの闘志は衰えず、突撃の手も緩まらぬ。
全身を纏う炎は度ごとに充実していく。
それでも、戦局自体に変わりない。
決して千日手に陥ったわけではない。
しおりの体力は徐々に磨り減っては来ている。
凶とて決して、不死ではないのである。
十分後か、一時間後かは判らねど。
ただ、反復するだけで。
機械的に処理するだけで。
いつかはしおりは倒れ伏し。
勝利の女神は知佳に微笑む。
その、知佳の反復の手が、はたと止まった。
(あれは……!?)
風に流された紅涙によるものなのか、
吹き飛ばされたしおりが接触したものなのか。
煙が、昇っていた。
小屋に程近い枯れ木が、燃え始めていた。
知佳はその炎から連想する。
(昨晩の、あの森林火災は……!)
連想は瞬時に解答に辿り着き、推論まで飛躍した。
(ここはどこ? ……森の中。また火災になる?
この森に、どこかの小屋に、恭也さんがいるのに?
恭也さんは動けないのに?)
「いけない!」
咄嗟の行動であった。
知佳は上半身を捻り、湾曲する念動波を燃える枯れ木の背からぶつけ、
破裂した井戸ポンプが生じさせた小屋跡の水溜りへと、吹き飛ばした。
死の舞踏が、ステップを逸した。
しおりに策は無い。
相も変わらずバカの一つ覚えの突進を繰り返しているのみである。
しかしその突進が、知佳が消火に念動を集中させた間隙を突いて。
否。隙を突こうとする意識すら無かったにも関わらず。
バリアを介さぬ知佳の柔い脇腹に衝突したのである。
血まみれの闘牛の角が、マタドールに突き刺さったのである。
「あああっ!!?」
灼熱を脇の下で感じた瞬間、サイコバリアが再発動し、
しおりは大きく側方へ弾かれた。
一秒にも満たぬ接触。
その接触が、呼び水となった。
先刻、知佳が民家から調達した上半身の着衣。
ブラウス。サマーセーター。
共に化学繊維によって織られたものであり。
化学繊維とは、燃えるより先に、溶けるのである。
「うぐっ!!」
沸騰したコーヒーの色と温度を持ったタールが、
スライムの如く知佳の体にべとりと張り付く。
肌の焦げる音。皮膚の溶ける臭い。
体の左側面から発生した熱源は、着衣を伝染し、溶かし、
溶岩流の如くその範囲を広げてゆく。
「えいえいーーっ!!」
しおりの再突撃を、知佳は転がってかわした。
さらに、二転、三転。
ごろごろと転がりながら、崩落建材に皮膚を切り裂かれながら、
知佳は、ぬた場の如き泥まみれの水溜りに、身を投じる。
煙はさほど上がらなかったが、知佳の着衣の融解伝染は収まった。
収まったがしかし、タールと泥が、知佳の脂肪や筋肉と溶け合っていた。
漸く追いついた痛みに知佳は顔をゆがめつつも、
しかし、冷静さは失っていなかった。
エンジェルブレス展開。
垂直飛翔。
高度五メートルで停止。
警戒待機。
しおりは上空の知佳に掴み掛からんと、幾度も跳躍する。
しかし、三メートル弱の高さが身体能力の限界であった。
それでも、何度も、諦めることなく。
真下の泥土から、愚直に垂直跳びを繰り返している。
知佳は待っていた。痛みと悪臭に耐えて待っていた。
しおりが泣き止み、紅涙が霧消する時を。
周囲の木々に燃え移る可能性がゼロになる時を。
その時をこうして、安全地帯で待った後に―――
(―――この子を、森から引っ張り出す)
恭也が目覚めることなく横たわるこの西の森にての、
火災の再来だけは避けねばならない。
知佳がなにより優先しているのは、それであった。
眼下の童女を屠るのは、その後でよい。
別の、もっと安全な場所で行うのがよい。
知佳は適度にしおりに意識を向けつつ、その誘導先と殺害方法を検討する。
「ずるいずるいぃ〜〜っ!!」
さすがに届かぬことを悟ったのか、
しおりが地団駄を踏んで、悔しさを露わにしていた。
その目にはもう、光るものはなかった。
纏う炎の揺らめきも、陽炎と消えていた。
状況を確認して、知佳はすかさず声をかける。
それを断られることを見越しての、偽りの講和を。
「しおりちゃん、戦うの止めにしない? このままばいばいしよ、ね?」
「そんなのダメだよ。しおりは優勝しなくちゃいけないんだから」
更に知佳は餌を撒く。
しおりに有利を感じさせ、追跡させる為の弱気なセリフを。
「じゃあ…… お姉ちゃん、逃げるね。もう疲れちゃったから」
「なんで逃げるのぉ!? しおりにやっつけられてよぅ!!」
知佳は身を翻し、偽装逃亡を開始する。
届きそうで届かない、ギリギリの高度と速度を維持しながら。
しおりは着いてくる。凶の機動力で。
獣相が表す如く、鼠のすばしこさで。
読心などを使わずとも、幼くちょっぴりトロい童女の思考を
誘導することは、知佳にとって容易いことであった。
(これでいい……)
知佳は痛みに身を震わせつつも、高度を維持。
しおりが追跡可能な速度を保ちつつ、舵を南へと取った。
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
(ルートC・三日目 PM3:00 A−6 海岸線)
しおりの耳朶を撫で摩るのは、潮騒。
しおりの鼻腔をくすぐるのは、磯の香。
島の果てが、大海原が、近づいていた。
森を脱し、道路上を西にひた走り十分余り。
しおりは未だ、知佳に追いつけないでいる。
走っても走っても、目の前を飛んでいる知佳の背中に届かない。
それでも、しおりは追い続けた。
小さな胸いっぱいに、確信を持って。
(勝てる! あのお姉ちゃんに!)
それは知佳が、ふらふらと飛行しているから。
それは知佳が、はあはあと肩で息をしているから。
左上半身を灼熱のタールに蹂躙されたダメージが、明らかであるから。
故に、しおりは確信するのである。
今すぐには捕まえられなくても、追い続けさえすれば、
いずれ知佳は力尽き、地に落ちるのだと。
「っっ…… 頭がくらくらする……」
確かに与えたダメージは大きい。
しかし知佳が見せている醜態は、聞かせている弱音は、罠である。
他の生存者であれば、すぐに感づくであろう猿芝居である。
しかししおりは、そんなあからさまな誘いに気付けない。
年相応な人を疑うを知らぬ純真さが、未だに残っている故に。
「もう限界、近いかも……」
「まてまて〜〜!」
知佳は緩やかに高度を下げながら不安定に飛び続け。
しおりはペースを落とすことなく安定して追い続け。
整然と並んだ松の防砂林を抜け。
緩やかに傾斜する砂浜に達すると。
その向こうには、一面の水平線が眩しく煌いていた。
一瞬、潮風が強く吹く。
その風圧に負けたのか、知佳の背中の羽根が、消滅した。
と同時に膝から波打ち際に落下して。
そのまま、前のめりに転倒した。
力尽きた―――
少なくともしおりの目にはそう映った。
凶の尻尾が、ピンと立つ。
「どっかーーーん!!」
これまでの突撃で、最も勢いのある、最も威力の高い突撃であった。
まともに食らえば内臓は破裂され、背骨すら粉砕されるやも知れぬ、
恐ろしき野獣のヘッドバッドであった。
しかし、飛び掛った知佳の背面には、
既にサイコバリアが張り巡らされていた。
知佳の背で、しおりが弾む。
地面に対し斜め35度程に張られたそれは、
しおりの進行ベクトルを斜め上方に変化させ。
人、ひとり分ほど空中に浮いた時点で。
「ばいばい、しおりちゃん」
バリアを展開したまま、知佳の体も宙に浮いた。
知佳の背にはどす汚れた羽根が力強く鳴動している。
その羽根を見て、漸くしおりは気付いた。
疲労の余り羽根を維持する力が失われたのではなく。
知佳の意志によって羽根を引っ込めていただけなのだと。
つまりは、ハメられたのだと。
その気付きも後悔も、次の瞬間に受けた衝撃で全て吹き飛んだ。
サイコバリアを前方に展開したままでの、知佳の下方からの突撃。
その一撃でしおりの軽い体は更に浮き上がり、半回転。
それだけでしおりは、天地左右の認識がシェイクされてしまった。
そこからは、もう。
それまでの鬱憤を晴らすが如き、知佳の空中コンボであった。
知佳はがつがつと、制御を失うしおりを弾き。
弾き。
弾き。
弾き飛ばした先は、浜辺から100メートル以上は離れた
沖合いであった。
「わぷっ!!」
空中乱舞で目を回していたしおりは海に落下し、沈み込んだ。
塩水をしこたま飲み込んだ。
目を回す。
足が付かない。
その事実が、しおりの恐慌を産んだ。
水面へ。海上へ。しおりは酸素を求め、もがく。
(いきを…… いきをしないと!)
海面は見えている。
すぐそこに見えている。
あと一かきで、届く位置である。
しかし、どれほど手でかいても、
足で蹴っても、首を伸ばしても。
その数十センチが、縮まらぬ。
(何で? 何ですすめないの!?)
そんなしおりの足掻きを、彼女が沈む海の上空低くから、
感情の篭らぬ目で見つめるのは仁村知佳。
眉間に寄せられた縦皺は、水面に向かって伸ばす両腕は、
特に集中して念動力を発揮している証である。
しかし、念動の特徴たるシャボンの泡の如き空気のうねりは、
知佳の周囲数十メートルの宙空のどこにも、見当たらぬ。
なぜならば。
知佳渾身の念動力は、海中に発動している故にである。
サイコバリア。
それを、知佳は発動させている。
四方、三メートルの正方形。
彼女の身を守るべく展開される場合に比して、凡そ倍のサイズであった。
呼吸をせんとがむしゃらにもがくしおりの浮上を阻止する為に。
防壁としてではなく、落し蓋として応用している。
海に沈め続けて、溺死させる―――
これこそが。
仁村知佳が計じた、しおりの殺害方法であった。
知佳も、非情な作戦であることは理解している。
水死とは、数ある死の中でも有数の苦しみを誇るのだと、
何かの本で目にした覚えもある。
それを、年端も行かぬ子供に用いている。
非道どころか、外道の所業である。
手を下している知佳自身が、誰よりもそう思っている。
「それでも私は、確実性を取る」
知佳は罪の意識に飲み込まれそうになる己に言い聞かせる。
してはならぬこと。油断と逡巡。
その為には。心に隙を産まぬ為には。
「心を閉ざせばいい。感受性を殺せばいい。
目的を達する為の、機械になればいい」
じゅうじゅうと音を立て、海水が蒸気を立て始めた。
おそらくは、しおりが再び紅涙を撒き散らしている。
円らな瞳から、涙をぽろぽろと零している。
それほど、苦しいのであろう。
それほど、恐ろしいのであろう。
「……」
知佳は、涙を流さない。
知佳は、耳を塞がない。
研究員が試験管を見つめる眼差しで。
サイコバリアの手を緩めず、意識を切らさず。
しおりが決して浮上せぬように、意識を凝らして。
凶の命を、削り続ける。
五分――― 水蒸気は止まるところを知らない。
十分――― しおりはもがき、苦しみ続けている。
十五分―― 知佳は、無表情のまま、じっと水面を見つめている。
二十分―― やがて、水蒸気は少しずつ勢いを減じ。
二十五分― ついに、水面は静かに凪いで。
三十分―― 知佳がサイコバリアを取り除いても。
三十五分― しおりは、浮かび上がって来なかった。
知佳は無表情のまま、それでも蒼白な顔色で、ノロノロと島へと戻って行く。
疲労感の凝縮されたしわがれた声色で、戦闘の終了を確認しつつ。
「おわ…… った……」
純白であった背中の羽根は、どす黒く穢れていた。
烏の塗れ羽の如き光沢などない。
凝固した血液の如き乾ききった黒であった。
―――しおりちゃんはね。お姉ちゃんと同じ、人間なの―――
知佳は思い出していた。
自分が今しがた殺害を終えた童女に対して吐いた台詞を。
「ふふ……」
表情を失っていた知佳の口角に、笑みが宿った。
それは自嘲なのか、心の均衡を失いつつある前駆症状なのか。
「『人間だよ』、か。 私なんかが、よくそんなこと言えたよね」
不確かな羽ばたきで、砂浜を横切ったところで、
知佳は一度だけしおりの沈む海を振り返り。
「しおりちゃん。やっぱりしおりちゃんは、人間だよ。
ひとでなしなのは、お姉ちゃんの方だもの……」
ぽそりと、呟いて。
防砂林の向こうへと、姿を消した。
=-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-= ・ =-=-=-=-=
(ルートC・三日目 PM4:00 A−6 海底)
凶の性能とは、血の主の位と作成の方法、および
ベースとなった生物の能力との乗算によって決定される。
血の主の位とは、二種類。
最上位の五人、ロード・デアボリカ。その下位の貴族階級、24デアボリカ。
作成の方法もまた、二種類。
血を吸って作られたものが、上級。爪を刺して作られたものが、下級。
凶しおりは、確かに知能身体供に未発達な童女から成っている。
その点においての力不足は否めない。
しかし、血の主は最上位のロードたる闇のアズライトであり。
しかも必要以上に血を啜られた固体である。
こと、生命力に関しては。
人間の感覚からすれば、殆ど不老不死であると言っても差し支えない。
例え、自発呼吸が止まっていたとしても。
肺胞に海水が充満していたとしても。
命が失われるには、至っていない。
しかし、回復力を発揮できるほどの余裕も無い。
明け方まで灰かぶりのシンデレラとして眠っていた童女は。
夕闇迫る今、海底に潜む人魚姫として、静かに眠っている。
均衡した仮死状態のまま、ただ、沈んでいる。
↓
【現在位置:A−6 砂浜 → D−6 西の森外れ・小屋3】
【仁村知佳(40)】
【スタンス:@小屋組に合流し、恭也に世色癌を飲ませる
A手持ちの情報を小屋組に伝える
B手帳の内容をいくつか写しながら、独自に推理を進める】
【所持品:世色癌×2、テレポストーン×2、まりなの手帳、筆記用具とメモ数枚】
【能力:超能力、飛行、光合成、読心】
【状態:疲労(大)、脇腹銃創(小)、右胸部裂傷(中)、左上半身火傷(大)】
【備考:手帳の内容はまだ半分程度しか確認していません】
【現在位置:A−6 海底】
【しおり(28)】
【スタンス:優勝マーダー
@ザドゥに会う】
【所持品:なし】
【能力:凶化、紅涙(涙が炎となる)、炎無効、
大幅に低下したが回復能力あり、肉体の重要部位の回復も可能】
【備考:獣相・鼠、両拳骨折(中)、疲労(大)、仮死状態
※このまま海底に沈んでいては回復できません
※自力脱出できる体力はありません】
(ルートC・3日目 PM2:00 J−5地点 灯台跡)
細胞が死んでいる箇所があるとしよう。
この死亡範囲が狭ければ、この表皮の下に健康な血流が確保されていれば、
新陳代謝は、正常に行われる。
しかし、この死亡範囲が広ければ、この表皮の下の血流が阻害されていれば、
手を加えてやらぬ限り、新陳代謝は行われぬ。
肉体機能は再生せぬし、下手をすれば腐食が周囲に広がってしまう。
これ即ち【死点】である。
その死点に、練った生の気をぶつける。
死をより強い生で駆逐する。
新陳代謝の強制促進。
これが生の気による治療の、おおまかな原理である。
いかにもザドゥらしい、乱暴で直裁な手法であると言えよう。
きっかけは、気による治療中に起こった小さな事故であった。
気を練るのは、基本的に神闕にて生じ、丹田にて増幅させる。
中心点に呼吸による攪拌を加え、血流で以って生命力を煥発させる。
生じた気を、経絡を通じて腰から胸、胸から腕、腕から掌へと流す。
その、腕から掌への経絡移動のプロセスの何処かで、
流れていたはずのザドゥの【生の気】が、変質したのである。
(ぬ!?)
それは、ザドゥが経験したことの無い、どす黒い気であった。
戦闘時に、破壊の意志を込めて生み出す【死の気】ともまた違った。
【死の気】が、爆裂する熱と勢いを持つものとするならば、
ここに生じた気とは、閉塞した冷たさと停滞を伴うものであった。
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