こざっぱりと拭き清めた畳に延べられた籐むしろの上を音も立てず静かに行き来する人影。

襖障子は取り払われ、代わりに簾戸を。
欄間もいつの間にか夏のものに取り替えられている。
葦簀を立てかけて強い日差しを遮った軒下には吊り忍が瑞々しい緑を見せ、その下には蚊遣りの素焼きの豚が愛嬌を添える。
南部鉄の風鈴の冴えた音に涼を感じる暑さまではまだ少し間がある。
座敷がえには少し気が早すぎたろうか。

しじら織りで縁を取った座布団にしどけなく横座りになると、
すがやかな竹の団扇立てから団扇を一本手にとり、弄びながら夏座敷に様変わりした生をぼんやりと見渡す。
せわしなく立ち働いたあとの、束の間の静寂、僅かな放心。

脳裏にはかつてこの生で夜毎繰り広げられた恋愛遊戯の談笑が蘇る。
相客に悟られないように交わすそれとない目配せ。
優しげな女同士の会話の影での恋の鞘当て。
様子のいい男がふらりと立ち寄る時、女たちの朱唇から洩れる押さえかねたため息。
茶器をやり取りするときに僅かに触れる指先の熱でさえ、ともすれば一夜の恋の火種ともなる危うさで。
此処で生まれた泡沫のような一夜の夢がいくつも結んでははじけ、また結ばれ、中にはそれが長い約束になり…。


とりとめのない追憶に気を取られて時を過ごした女は手にした団扇の露草の絵にさえ恋の儚さが宿っているような気がして、ため息をつく。
手の中で温まった丸竹の柄をくるりと回してからそっと団扇立てへ戻し、女は静かに立ち去った。


以下、静かに次の客を待つ、夏座敷の生