「しょ……翔くんっ」
 ある日の午後、春歌は思い切って翔に声をかけた。
 時刻は午後2時。ちょうど遅い昼を食べ終わり、翔の部屋で音楽を聞いていた時である。
「ん? 何?」
「えと……その……。翔くんなんて嫌いです!」
 突然の言葉に翔の頭が真っ白になる。
 春歌と付き合い始めて2年。
 それなりに上手くやっているはずだった。
 今日も新曲の打ち合わせを兼ねて、朝からふたりきりの甘い時間を過ごしていた。
 それが、いきなりのこの宣言である。
 翔は焦り、おおいに戸惑った。
「えっ、なんで? えっ? ええっ!? 俺なんかした?」
 自分では気づかぬうちに何か不快な思いをさせてしまっていたのかもしれない。
「ん?」
 翔はふと、春歌の背後の壁にかけてあるカレンダーに目を留めた。
(あれ? 今日って4月1日? ってことはもしかして……)
 翔はほっとして胸を撫で下ろす。
「は〜るか。今日、何の日だ?」
 春歌の眼前に腰掛け、瞳を覗き込みながら問いかけた。
「エイプリールフール……です」
「お前なぁ。嘘つくならもう少しマシな嘘にしろよな」
 翔はふっと顔をほころばせ、春歌の額を指でつつく。
「ごめんなさい」
「だーめ。許さない」
「えっ。えーと。それも嘘?」
「さぁ、どうだろうなぁ」
 翔が意地悪く笑ってみせる。
「ええっ!? ごめんなさい。嘘なの。エイプリールフールだからそれで……」
 春歌は必死に翔の腕にしがみついた。
「大好きなのっ。絶対嫌いになんかなったりしないから……」
「ほんとにぃ?」
「ホントに好きなのっ。翔くんが好き……」
 春歌の言葉にトキメキながらも、翔はもう少しだけ困らせたいような不思議な気持ちになっていた。
「けど、今日はエイプリールフールだろ? それも嘘かもしんねーじゃん」
「嘘じゃないもん」
「じゃあ、言葉意外で示してみろよ。そしたら信じてやる」
「えっ? えっ?」
 春歌は頬を赤らめ、ますます困惑した。
 この時、翔は頬にキスのひとつもしてくれたらラッキーくらいにしか思っていなかった。
 しかし――