2レス?お借りします
テレビ関係の仕事というものは、とにかく生活リズムが破壊されるらしい。
「……稲葉さん?」
その話をしてくれた当人が机に向かって船を漕いでいる姿に、僕は何故か息を殺して扉を閉めた。
所用で席を外していた僕を訪ねてきたらしい稲葉さんは、僕がいないとわかると「どこか空いている場所を貸してほしい」と申し出たという。
そのことを伝え聞いたときの広報室メンバーの言い分は散々だった。
「ファンデーション越しにもわかる隈の酷さ」「私でもビックリする肌荒れ」「廊下を歩き去るときに呪詛のようなものを唱えていた」……呪詛とやらは、
「原稿の締め切りが!!」と崩れ落ちそうになりながら口にしたということから、おおよそ推察できる。声に出すと考えがまとまることはよくあることだ。
「空井、コーヒーでも持っていってやりなさい。あの様子だと今ごろ潰れてるかもねー」
「はぁ……」
特別静かな部屋を貸したから。
親切なのか不親切なのか判断が難しい言葉を背に向かった先には、冒頭に述べた状態の稲葉さんがいた。
半開きのブラインドから差し込む夕陽に横顔を照らされながら、稲葉さんはその小さな頭を揺らしている。
思わず足音を殺して傍に近付くと、机の上に置かれた取材用らしきノートや紙に書かれたたくさんのメモ書き。紙の端に頭の揺れに合わせて短いへにゃへにゃした線が引かれていて、学生時代を思いだし、吹き出しかける。
知り合って間もないころの稲葉さんは、なんというか、隙のないキャリアウーマンのような印象を受けた。けれど一歩踏み込んでみればなんてことはない、少し意地っ張りがすぎるだけの、普通の女の人で。
……いや、普通というか、スッゴク可愛い女の人で。
持ってきたコーヒーを音を立てないようディスクに置き、彼女の隣の椅子を引く。疲れているのだろう彼女を起こすのは気が引けて、僕はこれも音を立てないように椅子に腰掛け、彼女の顔を見つめた。
(……疲れてても、ちゃんと化粧はするんだなぁ)