「貴龍様、朝ですよ。起きてください」
「ん、んっ……?」
 揺れてる。柚葉が私を起こそうとしてるんだ。
 ……ああ、そっか。
「おはよ、柚葉」
「ふふっ、おはようございます。貴龍様」
 昨日あのまま夜中まで絵に係りきりになって、どうも寝落ちしちゃったみたいね。
 覚えてないけど、最後の力を振り絞って下絵を避難させることには成功したみたい。
 寝てるうちに下敷きにして大惨事って事態は免れてる。
「昨夜は随分と張り切ってたみたいですね。貫井くんにプレゼントする絵ですか?」
 絵を描くのに夢中になってるのがバレて一瞬ハズかしくなるけど、柚葉相手なら今更だった。
「描ける時は一気に描かないと気が済まないの。それだけよ」
 それでも今回は、素直には言えない。『ひびきに褒められて、頭を撫でてもらいたいから気合入れて描いた』なんて。
 
 
 
「ひびき。ちょっとこれ、見てもらっていい?」
 練習が終わった後、今日も見学に来ていた霧夢から一枚の紙を受け取る。
 なんだろうと思って四つ折りにされたその紙を開いてみると、現れたのは一枚の線画だった。
「霧夢、これってもしかしてっ……!」
 見た瞬間覚えた興奮を必死に押さえ込みつつ、霧夢に訊ねる。この絵は、きっと。
「ほ、ほら。せっかく二人の距離が縮まったんだし、こうやって線画を手渡しで見てもらうのもいいんじゃないかって思って。ひびきがあの子達と一緒に作った曲をイメージして描いてみたんだけど。その……どう?」
 上目遣いで僕の反応を伺う霧夢。いつも自信に満ち溢れた彼女にしては珍しい。
 年上の男に面と向かって絵を手渡して、感想を聞く。さすがの霧夢でも初めての経験だと緊張するのかもしれない。
 もちろん、僕が霧夢に送りたい言葉なんて決まっている。
「すごく良い絵だよ。ありがとう、霧夢!」
「そ、そう? まぁこの私が描いたんだから当然よね。はじめから出来については心配してなかったけど」
 僕の感想を聞いて、わずかにあった不安も消えたのか、いつもの自信満々な霧夢の表情に戻る。
 それにしても、そっか。これからは霧夢の描いた絵を、こうして直に見せてもらうことが出来るんだ。大袈裟かもしれないけど、ちょっと感動する。
「気に入ってくれたんだったら、このまま着色までやって完成させるけど、どうする?」
「ぜひお願いします」
「ふふ。そう言うと思ったわ。ひびきってホント、私の虜になっちゃってるわね」
「うん。霧夢の絵に、ね」
 霧夢の言い方だと色々と誤解を招くことになる。
「それで、さ。ひびき」
「ん、なに?」
 急に霧夢がもじもじと身体をくねらせ始める。どうしたんだろう、と見ていると少しだけこっちに距離を詰めてくる。
 心なしか、頭をこっちに向けてるような。そらが撫でてほしいとねだる時にずいっと頭をこっちに向けてくる姿を連想した。
「……ほら、えっと」
 ひょっとして、霧夢も頭を撫でて欲しい、とか?
 ……どうなんだろう。正直、こっちに引っ越してきてから霧夢の挙動が読めないでいるからとても難しい。
 ただもし勘違いだったら、勝手に霧夢の頭を撫でたことになるわけで。非常に申し訳ない事態になってしまう。
「わにゃっ……!?」
「うわぁ、やっちゃった。響、ちょっとこっち手伝ってもらってもいい?」
「あ、うん。今行くよ!」
 悩んでいると、希美に呼ばれる。なにか困ったことが起きたみたいだ。
「ごめん、霧夢。ちょっと様子見てくる」
「うぅ〜……」
 不満顔。罪悪感。
 僕に会うために引っ越してきてくれたらしいのに、僕の方があまり霧夢に構ってやれてないからなぁ。
 なにか、してあげられればいいんだけど。