だってはずかしいもん、うんちがおなかにいっぱいある、なんて。
 声にならない羞恥を胸に仕舞ったまま、ペンを持つ手には力がこもる。

 ぎゅ、ぎゅるるぅ……っ

「うっ……ぁ」
 そのとき、ひかりの下腹部が盛大に悲鳴を上げた。
 咄嗟に身をかがめた拍子に、握りこむようにしていたシャープペンの芯がばきりとはじけた。
 ついに長い間鳴りを潜めていたひかりの腸が活動を始めたのである。それも、まったくの不意打ちで。
 思い出したかのように高まっていく内圧に、ひかりは為すすべなくガタリと椅子を引いて勢いよく立ち上がった。
 授業が終わった今なら、誰にも知られずに、悟られずに抱え込んだ汚物を排泄できるかもしれない。
 その思いが、腹痛に苛まれているひかりの足をゆっくりと女子トイレに向かわせる。
「ぅ……ぃたぁ、ぃ」
 しかし、五日分の質量が移動しようとしているのだ。その痛みは、小学五年生のひかりにはいまだ経験のないものであった。
 だからこそ彼女の思っているよりもずっと、彼女の足取りは重いものだった。

 ぶっ、ぷすっ

「ぁう……」
 そして彼女が進むよりもずっと、排泄物の進行は早いものだった。早く出せと言わんばかりに、ちいさな肛門からはガスが漏れだす。

 ──ぐるるぅっ

「──っっ!!」
 ひときわ大きい便意の波がひかりを責め立てる。
 耐えなければ。そう考える心に反して身体は内股に、しゃがみこもうと動く。
「だめぇ……っ!」
 
 ぶうぅぅううっっ!!
 
 もしスカートを履いていようものなら靡くのではないかというほどの大きな空砲が、誰もいない教室にこだまする。
 かわりに襲い掛かっていた便意は薄らいで、その隙にひかりは教室から飛び出した。
「はぁ……はぁっ」
 トイレまでの廊下が、あまりにも長い長いものにみえる。
 それでも漏らすわけにはと、肛門をきゅうと締めて歩き出そうとした、そのとき。
「──でさぁ! そうそう──」
「っっ!」
 階段から聞こえたのは、男子生徒たちの談笑だった。
 切迫したひかりの脳内はもはや、ほとんどのキャパシティを排泄のことに割り振っていた。
 残されたほんの少しの理性と思考能力がひかりに絶望的な事実を思い出させた。
「早く着替えちまおうぜ! 次理科室だろー?」
 ひかりが先ほどまで便意に悶え、大音量のおならを鳴らしていた教室は、男子の更衣室にあてられていたのだ。