「──ひぅっ!」
 咄嗟に足を動かして三歩あとずさる。もう考えている暇なんてなかった。正常な判断力を失ったひかりは、自らを追い詰めているとも知らずに掃除用具入れのロッカーに飛び込んだ。
「たっだいまぁーー!!」
 瞬間、教室の引き戸が開け放たれる音と共に、クラスのおちゃらけた男子の大きな声がひびいた。
 視界もろとも小さな箱の中に閉じ込められたひかりは、突如聞こえた声にびくりと肩を震わせたが、間一髪と安堵した。

 ぶぅっ!……ぷす、ぷすぅう……
「ぁんっ……っ!」
 それがいけなかった。安心と共に筋肉が緩み、弛緩した尻穴からは屁が漏れる。
 閉鎖空間にいるひかりにはそれが相当大きな音に聞こえて、外まで漏れてはいないかと不安と羞恥に駆られる。
 ロッカーは上と下とにちいさい通気口があるだけで、実際そこまでの換気能力を持ってはいないのだが、
自分の鼻に届く強烈な臭気が万一男子に嗅がれてしまったらと思うと、ひかりは生きた心地がしなかった。
 ぎゅるるぅ……ぐるるるううっ!!
(もう……もうだめ、でてきちゃう、よぉ)
 わいわいと楽しそうな男子の話し声は一向に止む気配がない。しかしひかりの肛門は限界をむかえようとしていた。
 ぶぶっ、ぶぅ、すぅぅぅう
 ガスだけを通り抜けさせて誤魔化してみるが、時間がないことは明白だった。
 どうしよう、どうしよう、どうしよう。
 頭のなかで、我慢と諦めに揺れるシーソーはもうすでに諦めに傾ききっている。ロッカーの中を見渡して目についたものは……
(ほうき、ちりとり、モップ──バケツ?)
 バケツ、水を入れる、おおきいからはみ出すこともない……
 ひかりには迷う時間なんて与えられていなかった。ショートパンツとショーツをまとめて手にかけた。
「おーいまだかよ、はやくきがえていこうぜー?」
 ガタっと勢いよく、一人の男子がロッカーに寄りかかってきた。
「ひぃんっっ!!」
 ぶうぅぅううっ! ミチチッ
 突然の衝撃に、ひかりは腹に力を込めてしまう。情けない声と同時に、とうとう質量を伴った感触が白いショーツに広がった。
 幸いなことに目の前にいるであろう彼には、彼自身が声を上げていたこともあり気づかれなかったようだが、そんなことはもはやひかりには知ったことではなかった。
 こんなに周りに人がいるのに。そんな一抹の理性は、解放されかけた排泄欲にあっという間に塗りつぶされた。
 本能のままに下半身を覆う煩わしい布をずり下ろし、いたいけな局部すらもあらわにする。最後に残された直観が、尿は外に流れてしまうと叫んだのか。
ひかりはぎゅうと尿道付近に左手をあてがった。
 そこで、ぷつりとどこかで糸が切れた。

 ミチミチミチッ!! ぼるるっ、ぶりりりぃッ!!
(ぅ、そぉっ、こんなの、おおきすぎ……ッ)
 
 むりゅっ、ぶりぃ、ぶりゅりゅっ……!! ブボッ!
 盛大に排泄音をはじけさせて、一本目の排泄が終わる。
 悪臭をまき散らしながらうまれた大便は、重力のままに真下に落ちて、バケツの底にべちゃりとたたきつけられる。
「まだッ、でるぅッ!」
 中腰で尻を後ろに突き出すような格好で、片手を扉につけて、ひかりは二本目を打ち出す。
 とっくに周りの音などは脳まで届かず、耳の奥では心音だけが煩い。

 ──むりゅりゅ、ぶりゅりゅりゅっ
 長いながいうんこが、ひかりの肛門からしっぽのように垂れ下がる。

 ズルルルルッッ!! どさっ!!
「……ぁあッ!」
 自重に耐え切れずに、腸のなかに残っているうんこまでもを、ひかりの意思とは別に引っ張り出していく。
 プシィッ! プシュゥッ!!

 不意打ちの快感にこらえ切れず、抑えた尿道から手のひらに尿が噴き出す。それがばたっ、ばたたっと床を打つ。
 「────んぅぅッ!」

 ぶりゅうっ! べちゃぁッッ!!
 最後にひときわ大きくいきむと、残っていたちいさめの便塊が勢いよく飛び出し、後ろの壁に思い切り飛び散った。

 ぼぶぅっ!!ぼすっ!ぶぶふぅうぅ──ッ
 終わりの合図のように盛大な空砲を惜しげもなくかまして、ようやく長い排泄が終わった。