532 名前:5話[sage] 投稿日:2007/07/19(木) 01:56:22 ID:ug9QU1uq0

 僕の中で一番記憶に残っている吉沢さんの姿は、コミケのTacticsブースでるざりんと一緒に“夕焼け”をピアニカで弾いていた時の事だ。
 るざりんに強引に引き込まれ、ホースを口に加える直前までゲンナリとした顔をしていたが、
 いざ演奏を始めると隣のコスプレを前面に出しまくったブースや、声優のサイン会で客を集めていたブースから、一気に注目を奪った。
 その時の感想は、今でも上手く説明する事が出来ない。
 「よく少女マンガにあるじゃないですか。学園際のライブでのかっこよさに、
今まで異性として意識していなかったのに恋に目覚めてしまうってパターンが。それじゃないですかね?」
 笑い話の中で出たコタの感想が、認めたくは無いけど、もっとも近いのかもしれない。
 ホースに対して煙草を吸うかのごとく自然に息を吹き込み、最初の鍵盤を叩くと同時に汗だくの参加者は足を止め、
みんな真剣な眼差しで演奏を見た。
 ずるかった。
 るざりんは普段マクドナルドの事をマックというと烈火の如く怒りだすくせに。
 吉沢さんは仕事中唐突に刺身パーティーを開催して、挙句の果て自分で選んだ刺身が糞まずいと文句言うくせに。
 演奏が終るとみんなから心からの拍手を受け取り、ヒーローになるんだから。
 ずるい程かっこよかった。自慢の同僚と先輩だった。
 
 僕はるざりんも、コタも、吉沢さんも裏切った。
 裏切ってまで手に入れたRasenは無くなった。
 
 みんな僕の事を裏切ってなんかいないと言う。
 るざりんはCDを出すたびに僕に送ってくれている。
 コタはこの前一般紙にマンガが載った事を嬉しそうに語っていた。
 吉沢さんも「飯くってっか」なんてお袋みたいな事ばっか言う。
 
 だけど、僕が吉沢さんに業界引退の原因を作った事は間違いなかった。
 目を瞑り、あの日の事を思い出す。